私だけの世界
気がつけば白い空間の中にいた。その横では日野が体育座りをして膝に顔を埋めている。なによ、この重苦しい空気は。もしかして大きな事件でも起こるのかしら? 声をかけようとしたら日野は真剣なまなざしで私のほうを見た。そして口を開く。
「……かける君が魔法を使えるようになった」
「嘘でしょ? あいつも悪魔を呼び出したの」
「君の人差し指が顔に触れた瞬間に、悪魔のアンが力を分け与えたんだ」
そういえば、あいつを懲らしめている時に魔法の力も見せたし、頬に爪が触れた。もしかしたら、この魔法の力は私の爪を通じて人から人へと感染していくのかもしれない。
「このまま放っておくと卒業式の日に大惨事が起こる未来が見えたんだ」
「だからあの時、浮かない顔をしてたのね」
「それまでにも様々な災いを起こすみたいだ。ボクの打消しの力だけじゃどうにもならない」
「じゃあ消せばいいじゃない」
「かける君も同じ事を考えるだろうね。消せないのは天士だけだから。もしかしたらもう消されているかもしれないよ」
「どういうこと」
日野が言うには、天使のメイって奴が現れて、かけるが私の存在を消そうと目論んでいると告げたらしい。でもこうして夢の中で会話をしているのだから私、生きているはずじゃない。何を馬鹿げたことを……
「とにかく目が覚めたら直ぐにかける君が消える魔法を使うんだ。いいね」
そこで目が覚めた。とにかく言われたとおりにしてみる。するとまた私は白い空間の中にいた。なにこれ、二度寝? 今度は誰もいなかった。ただただ白い空間の中に私が一人で突っ立っているだけ。冗談でしょ。もしかして私本当に消されたの。
「日野! 言われたとおりにしたけどなんなのこれ」
――誰も答えない。爪に目をやると、☆の模様が薄くなっている。もしかして魔力が減退したのかしら。先手を打たれた私は、かけるに魔力を奪われたのかもしれない。私があいつだったならそうするもの。それはそれとして、私が消えた世界はどう変わるのかしら。今頃かけると日野の平和をかけた密かな戦いが繰り広げられているのだろうけれど、もうどうでもいいわ。”あっちの世界は”面白くなかったもの。今度はこの夢の世界を残った魔力で楽しいものに作り変えていきましょう。
「あっちの世界でかけるが魔王になるなら、私はこっちの世界を創造する神になるわ」
日野には悪いけれど、あんたが来ないなら好き勝手にやらせてもらうわ。まずは……そうね、この白い空間に私の家を造るの。とても大きなね。そして背景は私の大好きな夜に。部屋の中には大きなベッドを置いて、ずっとずっと眠るの。もうこれで何も考えずにすむ。面倒な人間関係も、正義のヒーローごっこも、これから先のことも、とにかく面倒ごとから全ておさらばできる。魔法って便利ね。ありがとう、アン。私を永遠の眠りにつかせてくれて。
「まぁきっとあっちの世界は日野がなんとかするでしょ」
私は魔法を使って自分の世界を創造した。創造神って、本当にいたとしたらきっと気分がよかったでしょうね。アバターみたいに自分の思ったような世界を創れるんですもの。もう誰一人私の世界に入ってきたりさせない。私は私の魔法の力で”自分”というものを手に入れたのよ。
「おやすみなさい。そしてさよーなら、あっちの世界」
時間という概念もないこの世界の中で、私は大きなベッドの上で深い眠りについた――




