かけるを説得しよう!
日野と私の存在に気付いたのか、かけるは少し慌てた様子でこちらを見てくる。そしてその場から逃げようとしたから、魔法で動けないようにしてやったわ。このまま変な道を通ってあいつが厄介ごとに巻き込まれようが私には関係ないけれど、日野があいつのことを心配してるから、今回は仕方なくよ。
追いついた私は、動けないでいるかけるに「あら、ずいぶん見た目が変わったわねー」と意地悪な口調で言った。みかこ、これがあんたの惚れた化け物の正体よ。怯えた目でこちらを見ながら歯軋りしてる。ちゃんと説得するために口だけは動かせるようにしといたわ。
「なんだお前ら。もし俺に何かしたら父親が黙ってないぞ!」
「確かあなたのお父様ってこの街の議員さんなんだっけ? もしそのお父様が消えちゃったらどうする。あなた本当に全部失っちゃうわよー」
「で、できるもんならやってみろ!」
「……月野さん、ボクたち脅迫しに来たわけじゃないんだよ」
日野が私の肩に手をやる。それを払いのけて、かけるの説得を始めた。日野はひたすら非行はやめろと言うばかりで、人の心を動かす力を使おうとはしなかった。面倒くさい。せっかく便利な力があるのだからそれでこいつのうっとおしい性格を正せばいいのに。菩薩のように清廉潔白な人柄にでもしたら? それはそれで気持ち悪いだろうけれど。
「日野、もういいわ。私がやる」
眠たさと胸につっかえるイライラ感が最高潮に達した私は、かけるの前に立った。
「この世界から消えたくなければ、私たちの言うことに従いなさい」
かけるの頬に人差し指を這わせて、満足そうに言う。すると、怯えたように「わかった。言われたようにする。金か? コネか?」と返してきた。残念だけれど私はそんなものに興味はない。すでに「ある」のだから。やっぱり人は人。こいつも周りの人間にちやほやされて勘違いして育った愚か者。こいつ”も”? 私の場合はちゃんと自覚しているから違うか。
「かける君。違法ドラッグなんてやめて家に帰るんだ」
「どうして俺の体は動かない。それに薬のことも……もしかして、お前ら超能力者か」
「違うよ。正義のヒーローさ」
「日野、本気で殴るわよ」
「なぁ、俺も仲間に入れてくれないか」
「冗談はその面だけにしてよね、”パパ”」
「! みかこのことか。出来心だったんだ。もしかしてお前らがチクったのか」
「それはみかこちゃんの意思だよ。こども、産むんだって」
「そんな……」
私たちはみかこが自殺しようとした経緯を話し、どれだけこいつが馬鹿で最低な奴かを自覚させた。さすがに堪えたらしく、目からじんわりと涙が溢れてきている。日野は「改心したんだね」って言ってるけれど、絶対に違う。かけるの自尊心が粉々に砕け散ったから悔しくて泣いているだけよ。みかこのことだって、「手を出さなきゃこんなことにはならなかった」程度にしか思ってない。それに私が許さない。
許さない? ……別に誰かのためを思ったわけじゃないのにどうしてそう考えるのかしら。これ、何に対して怒ってるの。わからない。
「とにかく、魔法は解いてやるから帰りなさい」
「魔法? お前ら魔法使えるのか?」
「……抵抗したら月野さんに悪戯されるよ、ボクの言ったとおりに帰るんだ。道順は――」
日野が私の魔法を打消したら、かけるはリードを外した犬のように駆け出して逃げるように帰って行った。チラッと日野のほうを見ると、どこか浮かない顔をしている。どうかしたのかしら? また予知?
「月野さん……ボクたちもしかしたら」
「なに?」
しばらく沈黙していると、突然「用事を思い出したから帰るね!」と言い、走り去った。もう、なんなのよ。続きは夢の中ってわけ? まぁこんな寂れた場所で話す内容じゃなかったのかも。
私は自室にワープして、一目散にベッドに飛び込んだ。




