災いの始まり
時は満ちた――なんちゃって。
深夜の1時30分に△□通りに来てみたけれど、ここは街灯が一本しかない閑散としていて寂れた印象の住宅地。出来ることなら早く帰りたい所だわ。まぁ私は魔法の力があるから、何かされそうになったら反撃することも出来るけど、問題は日野ね。無事に私の隠れている場所までたどり着けるかしら?
「やぁ、月野さん」
……聞き覚えのある声と口癖。こいつ、ある意味おばけより怖いわ。暗闇から片手を振って足音もなくフッと現れた日野を見てそう思った。暗くて見えないけれど、声の感じからして笑顔なのだろう。
「ここは危ないね。通り道を間違えたら厄介ごとに巻き込まれるところだよ」
「全部予知の力で回避したわけ? 結構便利な力ね」
「君がこれからしようとしている事もわかっているよ」
「……気持ち悪い」
日野は「ははは」と小さく笑うと、街灯のほうを指さした。目をやると、かけるがいてそこに黒服の男が近づいてくるのが見える。間違いなくドラッグの売買が始まる瞬間。あいつ、きっと学校を退学させられたからって、やけになってるのね。やっぱりレールからそれたらおしまい。髪の毛も金色に染めて鼻にピアスもあけている。真面目で優しい印象でモテてたのに。本当ならこのままとことん堕ちていって欲しいところだけれど、今回だけはチャンスをくれてやる。まぁあの男には消えてもらうけれど。その前に確認を……
「ねぇ日野。黒服の男、この世界から消してもいい?」
「うん、いいよ」
「意外にあっさり許すのね。冗談で言ってるんじゃないのよ」
「ボクたちは正義のヒーロー。悪は滅ぼさなきゃ」
「またそれ? 本当に消しちゃうからね。責任取らないわよ」
私は男を消した。かけるはずっと街灯の下で、消えた男が来るのを待っているのか、その場から動かない。懲らしめるためにこのまま放置していようとしたけれど、日野が「かける君が危険だ」って言うものだから、私たちはあいつの説得まですることになった。強盗にでもあって殴られれば目が覚めるだろうに。本当に平和ボケね。所詮人は人。誰だって自分が一番可愛くて仕方ない。自分の存在が否定されたあいつは、今まで積み上げてきた”自分”を全否定することによって全てをリセットしようとしているのよ。そしてどうにも出来なくなったら周りを巻き込んで自滅する。わかりやすいナルシズム。本当なら男ごと消し去ってやりたかった。別にみかこのためではないけれどね。
あれこれ考えていると、日野は私より先に街灯の方へと走っていった。……もう、殴られても知らないわよ。今のあいつは牙をむき出しにした獣のような奴なんだから。プライドも何もかも捨て去ろうとしている、レールからそれまくった人間をどう正すって言うのよ? 正直言ってあいつがこの世界にいて役に立つことなんて何もないじゃない。――まぁ私もそうなんだろうけれど。昔から「無いもの」なんてなかった。それは両親や親戚、友達やお金の力なんだろうな。私がいて何かが変わったというよりは、私の周りが”私”を作っている。そんな感じだ。それも不快で仕方ない。
まぁとにかく今はかけるを説得するとしますか。何かあったら魔法で消してやる。




