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鏡の中の…

作者:toshi9
 俺の名前は各務あきら。目標にしていた都内の某国立大学に合格して、この4月から初めての一人暮らしを始めたところだ。親はごく普通のサラリーマンなので、ワンルームマンションを借りるとはいかなかったものの、母親の知り合いが大学の近くで不動産を営んでいたので、新しくて小奇麗なアパートを見つけることができたんだ。

 入学式までに必要な家具を揃えようと、俺は何日かかけて色々と家財道具を探し回っていた。不動産屋のおばちゃんが紹介してくれた中古雑貨屋を何軒か巡り、机にクローゼット、それにまだ程度の良いテレビなど見つけては買い揃えていったので、大分部屋の中も充実してきた。でも一つだけまだ買っていないものがあった。それは姿見だ。人一倍身だしなみに気を使う性質の俺は、自分の姿を鏡に映して見るのが大好きだ。高校時代、校舎の手洗い場の鏡をじっと見詰めている俺をクラスの仲間は時々馬鹿にしたものの、そんなことは気にしなかった。鏡に映る自分を見ながら髪の乱れとか直していると、何だか気分が落ち着くんだ。そんな俺にとって姿見こそは一人暮らしの必需品と言えるのかもしれない。

「うーん、なかなかこれといったものが見つからないな」
 その日も何軒も中古家具屋やリサイクルショップを探し回ってちょっと疲れ気味だった俺は、道端の自動販売機で買った缶コーヒーをぐびっと飲みながら軽いため息と付いていた。
 いくつかはまあまあかなっと思えるものもあったのだが、何となくしっくりこない。

「よし、もう少しがんばってみるか、ん、これは?」
 その時俺は目の前に掲げられている看板に気が付いた。
「こんなところに看板?ああ、ここも汚いけれど雑貨屋なんだな」
 看板に書かれている文句を読むと、そこにはこう書かれていた。

『骨董品から生活用品まで何でも取り揃えております。きっとお客様がお探しの物が見つかります。お気軽にお訪ねください。 天寶堂』

「ふーん、天寶堂っていうんだ。しかしきったない店だな」
「汚くて悪うございましたね。でも品揃えはどこにも負けませんよ」
「うわっ!おじさんいつからそこに?」

 急に声をかけられて、思わず手に持っていた缶コーヒーを落っことしそうになった。そう、俺の隣には、何時からそこに居たのか、色眼鏡をかけた初老の男が手を後ろ手に組んで立っていた。

「お客様、看板を熱心に読まれていたようですね。私はさっきからここにいましたよ」
「そうだっけ?」
「何かお探しでしたら、是非うちの品物を見て行ってください。必ずお求めのものが見つかりますから」

 おやじさんの言葉と、何でも取り揃えてありますという看板の文言に惹かれた俺は、その店の暖簾をくぐって中に入っていった。そこには色々な品物が混ぜこぜに置かれていた。でもその数の多さは確かにびっくりするくらいだった。何でこんな小さな店にこんなに置けるんだ。
 俺はとにかく好みの姿見がないかと店の中を探し回った。そして奥の壁に立てかけられている大きな姿見を見つけた。自分の全身がそっくり映せる大きさといい、しっとりと落ち着いたその佇まいといい、その鏡をひと目見て、俺はこれだと直感した。

「どうですか、お気に入りのものが見つかりましたか?」
「え、ええ、これいい鏡ですね」
「はい、今は手前の店で取り扱っておりますが、その昔にはヨーロッパのさる王族が使われていたとか。他では手に入らないお値打ち物ですよ」
 おやじさんの説明に俺は眉に唾をつけたくなったものの、その鏡を気に入ったのは確かだ。
「でもすごく高そうですよね。いくら位するんですか」
「はい、これ位で如何でしょう」
 おやじさんが電卓を叩いて見せてくれた額はびっくりする位安かった。
「ええ?そんなに安くて良いんですか」
「こういう品物は気に入られた方に使われるのが一番。鏡もそれを望んでいるでしょう。是非お客様がこの鏡をお使いください」
「その値段なら確かに俺にでも買える。うーん、よし買った」
「ありがとうございます。鏡もきっと喜ぶことでしょう。では、この大きさですから後ほどご自宅にお届けいたします。ただし……」
「ただし?」
「一つだけご注意ください。もし鏡に映るはずのないものが映ったら、絶対にそれを見ないように視線を外してください」
「なんだいそれ、いわくつきなのかい。まあ何か無いとこんなに安いわけないだろうけどな。うん、わかったよ」
「はい、それでは後ほどお届け致します」
「うん、じゃあお願いします」


 俺は遂に念願の姿見を買ってしまった。それもこれ以上ない位に気に入ったものを驚くような安さで。うれしさに舞い上がるような気分でアパートに戻った俺はそこで驚くべき光景を目にした。
 うちの部屋の中にあの鏡が置かれているじゃないか。もう届けてくれたのか??
 それにしてもどうやって中に入れたんだ。……まあいいか、とにかく見てみよう。
 店ではじっくりと自分の姿を映すことができなかったので、俺は早速鏡の前に立つとじっと鏡に映った自分の姿をじーっと見入ってしまった。

 うん、やっぱりこの鏡良いよ。本当に手に入れられて良かったな。あ、あれ?
 俺は鏡の中に小さな扉を見つけた。
 あれ? うちの部屋にはこんな扉無いのに……何でこんなものが映っているんだろう。
 不思議に思った俺は、店のおやじさんの忠告も忘れて鏡の中の小さな扉にじっと見入ってしまった。すると、やがて鏡の中のその扉は少しずつ開いていった。扉の向こうから出てきたのは、青いドレスを着た金髪の少女だった。
 向こうも俺の姿が目に入ったようだ。その少女は俺のほうを見てびっくりしたように両手を口に当てている。そしてまたドアの向こうに駆けていくと、バタンとドアを閉じてしまった。

 今のは何だったんだろうか。不思議に思いながらも、俺の脳裏にはそのかわいい少女の姿がしっかりと焼きついていた。
 ただでさえ鏡を見るのが好きな俺は、それからまたその少女が出てこないかと鏡の中のドアをじっと見詰める毎日が続いた。そして何日か経ったある日、再びその扉が開くと、少女が姿を現した。今度は何となく前よりも落ち着いているように見える。
 ゆっくりと鏡の向こうの少女はこちらに近づいてくる。俺も思わず鏡に近寄っていた。この間は俺のことを恐がっていたように見えた少女は、今度は好奇心に満ちたまなざしでこちらを見つめていた。
 俺はそんな彼女の姿からもう目を離すことが出来なくなっていた。
 彼女はもう鏡のすぐ向こうに立っていた。まるでガラス越しに向かい合っているようだ。小さく見えた背丈は、向かい合わせに立ってみると俺とほとんど変わらなかった。
 彼女が左手を鏡に向かって差し出す。俺もそれにつられて自分の右手を鏡に向かって差し出していた。そして彼女がペタリと鏡に手の平つけたその場所に俺も自分の手の平をつけていた。
 鏡越しに暖かいものが伝わってくるような気がする。俺はその心地よい感触にぼーっとなっていた。

 どれ位の時間が経ったのだろう。いやほんの数秒のことだったのかもしれない。心地よさに浸っていた俺は目の前の彼女が手の平を離しているのに気が付いた。そして、俺もいつの間にか自分の手の平をそこから離していた。
……全く意識しないのに、いつの間にか……

 彼女が胸に手をやる。俺の手も同じように胸に手をやる。
 なんだ、手が勝手に……何かおかしい。
 そして胸にある違和感に気が付いた。

 ふかっ

 何だこの感触?
 鏡に俺の姿は映っていない。映っているのは彼女の姿だけ。
 胸に手をやった彼女はぽっと頬を赤く染めていた。
 鏡の彼女が胸から手を離すと俺も同じように手を離す。俺の体はさっきから勝手に動いている。

 いったいどうしちゃったんだ。

 頭の中が混乱でいっぱいになった次の瞬間、彼女は俺に向かってにやりと笑いかけてきた。その瞬間、鏡の向こうの彼女の姿がぼんやりとぼやけていった。そして気が付くと、鏡に映っているのは俺の姿になっていた。
 鏡の向こうの俺が再び胸に手をやると、それに合わせて俺も胸に手をやってしまう。

 ふかっ

 またさっきの違和感が。
 鏡の向こうの俺が自分の体を見下ろすように顔を下に向ける。それに合わせて俺も顔を下に向ける。その俺の目に飛び込んできたものは大きく膨らんだ胸だった。はらりと金色の長い髪が俺の頬にかかる。俺は青いドレスを着ていた。これってさっき彼女が着ていたドレスじゃないか。

 俺は誰だ。

 鏡の向こうの俺が顔を上げると、またしてもにやりと笑った。
 ふと気が付くと、周りの様子は全く変わっていた。さっきまでの狭いアパートの部屋じゃなくてもっと広い、調度品も見たことの無いような立派なものに変わっていた。

「ありがとう、やっとそこから出られた。長かったな。じゃああたしの代わりをよろしく頼むわね」

 鏡の向こうには俺のアパートの部屋があった。鏡の中の俺が鏡から離れていく。その時俺は両手を自由に動かせるようになっていることに気が付いた。
 髪に手をやると、金色のさらさらとした長いものがおれの指に触れる。その指は細くて白かった。股間に手を当てると、そこに今まで慣れ親しんできた感触は無くなっていた。
 何が起きたのか理解できない俺は、ただ呆然とそこに立ち尽くしているしかなかった。

 やがてもう一人の俺が鏡の前に戻ってくると、手に持っていた毛布を鏡に向かって被してしまった。もう鏡の向こうには何も見えない。気が付くと俺の足は勝手に鏡から離れて後の扉に向かって歩き始めていた。

 ここから離れちゃいけない。
 そう思いながらも俺の足は扉をくぐってしまう。振り返るとその大きな扉はゆっくりと閉じ始めていた。
 あ、待ってくれ。俺は必死でそれを止めようとするが、ほっそりした今の腕には全く力が入らない。やがて、バタンと大きな音をたてて扉は閉まってしまった。

 少女の姿になって立ちすくむ俺は、閉じた扉をただ見つめていることしかできなかった。
 どうして、どうしてこんなことに……


「おやじさん、この鏡やっぱり返すよ」
「おやお客さん、あんた」
「俺の部屋には大きすぎるようだしね」
「それだけじゃないね。そうか……見てしまったんだね」
「さあね。代金は返さなくてもいいから、とにかくこの鏡は置いていくよ。ああ、久しぶりの街。どこに行こうかしら」

(終わり)

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