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ひとりぼっちの少女


 まだ、人々に「魔女」の存在が浸透していた時代に、その惨劇は幾度となく行われていた。絶対的な組織として存在していた教会は唯一神以外を認めず、自然を操る者や唯一神以外を信仰する者は異端とした。

 教皇の配下である異端審問官は異端と判断した者を処罰するようになり、それはやがて「魔女狩り」と呼ばれるようになったのである。

 都市部では異端者を排除しようとする動きが強かったが、田舎などの辺境では、魔女が薬師としての役割を担っていたことから、存在を畏怖し、嫌悪しつつも関わりを持つ村もあった。それでも人々の目と言葉は魔の力を持つ者を苦しめていたのが現状だった。



 エイレーンは古くなった麻袋を担ぎながら、深い森の道を一人で歩いていた。

 獣道の横に並ぶように生えている木々達は光を遮るため、昼間でもこの森は薄暗く、それに同調するように気持ちも暗かったが、日々の暮らしの糧を得るためには行かなければならない場所があった。

 目的地はこの道の先にある小さな村、トリエ村だ。アリフォシア王国の都から大きく離れたこの村は、人口も少なく、村人達は作物を作り、家畜を育てて暮らしている。自分の目から見てもあまり発展しているとは言い難い村だ。

「――ふぅ……」

 思わず溜息が漏れる程、行くのは億劫だが、行かなければ生活用品を買う事は出来ない。

 この背負った麻袋には薬草を煮込んで作った薬を小瓶に小分けされたものが入っている。生活の糧のためにこれを売り、わずかなお金を得て暮らしていた。

 だが、進む足を止めてしまいたくなるほど、行きたくない理由はあった。そろそろ、森の出口なのだろう。木々が並ぶ道を抜けた前方が明るい。

「……頑張らないと、ね」

 首に下げているお守りの小袋を握り締め、深く息を吐いてから、足を強く踏み出した。


 

 この村の唯一の雑貨店だと言える店に、数週間に一度、自分で作った薬を売っていた。そこには、鍋や桶、古布や糸、鋏など生活をする上での必需品が陳列棚に無造作に並べられている。

 店の店主が座る目の前の台の上に持ってきた小瓶を五つ置く。

「……じゃあ、いつも通りに銀貨五枚と銅貨三枚で」

 無愛想なのか、もしくは自分の事を嫌悪しているのか店主の表情はいつも暗く、そしてどこか自分を探っているように見える。渡されたお金を確かに受け取り、エイレーンは頷いた。

「ありがとう。また、今度作ったら持って来るから、その時は頼むわ」

 返事は無いが、了承の意だろう。これもいつもの事だ。

「……さて、食料を買わないとね」

 店から出て、食料を専門に売っている店の方へと歩く。村を行き来する人はまばらだが、それでも彼らは自分の姿を見つけるとすぐに顔を顰めて、逃げるように離れていった。

 その仕草はまるで、害虫に触りたくない子どものようだ。

「おい、魔女が居るぞ……」

「えぇ? また来ていたのね。嫌だわ……。不吉な事が起きなきゃいいんだけどねぇ……」

「この前、魔女を見た後にうちの子が熱出しちゃってねぇ。多分、何か力でも持ってるのよ」

「まぁ、怖い……」

 仕事で疲れた農夫も、おしゃべりをしていた女達も、買い物をしていた親子も全ての視線がエイレーンのもとへと集まる。


 ……相変わらずね、ここの人々は。


 努めて気にしない素振りをしつつ、彼らの前をすたすたと通り過ぎていく。歩みを進めるたびに、彼らは恐れるように後ずさりし、家の中へと逃げ込む者も見えた。森から自分がやって来るだけで、彼らはいつもこうだった。自分を恐れ、「魔女」と呼び蔑んだ目で見てくる。

 

 ……でも、いつになっても慣れないわ。


 何も彼らに害になるような事はしていないというのに、この村の人々は自分を恐れる。あの怯えたような表情を見る度に、胸の奥が何かに押しつぶされそうになる。

 視線を無視しつつ、店へと急いだ。食料を取り扱っているこの店自体は壁の色が剥がれて古い佇まいだが、品揃えとしては十分であった。陳列棚にはこの村で収穫された野菜や果物、今朝、釣られたであろう魚の束が置かれていた。

 その中から、芋と豆、干し肉、小麦粉、チーズなどを選び、お金を支払う。この時も、店主は何も言わずに黙ったままで接客をする。買った品物を麻袋へと詰め込み、外へと出た。

 

 このような日々をどれ程過ごしてきただろうか。この日常が変わる事はあるのだろうか。親しい者など、この村には一人もいない。

 いや、この世界で自分にとって、心許せる者は誰も居ない。今までも、この先も。

 それを何度、実感してきただろうか。そして、その度に思い知るのだ。善と悪で分けられるこの世界の標準で、自分がこの村人達にとって、何者であるかを。


 歩いていると突然、頭に何か硬いものが当たった。

「痛っ……」

 足元に転がるのは掌に収まるくらいの小さな石。それが、右目の上辺りに当たったのだ。

「やーいっ、薄汚れた魔女めっ! この村から出て行けーっ!」

 前方から、自分をからかうような声に顔を上げてみると、そこには自分よりも年下の少年が三人居た。

「穢れ者は出て行けーっ!」

「そうだ、そうだっ! お前なんか、出ていけーっ!」

 彼らはふざけて自分に向けて石を投げたのか、それとも本当に自分の事が憎くて石を投げたのか。でも、そんな事はどうでもいい。ただ、それに耐えるように黙るしかなかった。

 

 何をしたというのだ。生きている、それさえも、許されないというのか。


「………」

 無表情のまま、虚空を見つめる瞳で、彼らの方へと足を進める。

「う、おっ……」

「な、なんだよ! やり返すのかっ!」

 少年達は途端に構え始めるが、それすらも気に留めず、黙ったままその横をすっと通り過ぎる。それに驚いた彼らは一体どうしたのか、と言わんばかりの表情をしていた。

 だが、次にはもう、何事もなかったかのように騒ぎ立て始める。

「やったぜっ! 悪い魔女を退治してやったぜー!」

 少年達のはしゃぐ声を後に、重い足取りのまま森へと向かう。

 普段、人が通らない道は草が生え放題で、足元がたまに掬われそうになる。それでも、進み続けた。気が付くと、森への入口に着いており、そこで引っ張られるように立ち止まった。

 いつの間にか耐えるように握り締めていた拳は、爪が指に食い込んでいた。その痛みさえ、何度経験したことか。

 ふと、地面に何かが垂れる。何気なく、頭を触ってみると右手にはぬるり、とした感触が付いた。血だ。 先ほど投げられた石が頭に当たった事で少し出血してしまったのだろう。金を薄めたような色の髪が、血によって赤く染まっていた。

 これがこの先も続くのだ。誰にも押し付けられない痛みと孤独は自分が死ぬまで味わうのだ。

「……どうして、っ……」

 その瞬間にぶわり、と強い風が森の奥から体を襲うように吹き付ける。大風は周りの木々や葉を巻き添えにしながら、エイレーンの周りを纏うように回り始める。

 風の囁きが、様々な音とともに自分に問いかけてくるのが聞こえた。

『……やろうか、やろうか……この力……小さきものなど、一瞬で消え去るぞ……』

 曇った声が耳の横を掠めていく。自分に纏わりついている風が、静かに囁いていた。

 ざわり、と胸の奥が揺らぐ。

「……駄目よ。人に害をなしてはいけないわ」

 それでも、極めて冷静に答えた。森に住まう風とは普段の話し相手のような関係で、いつも自分の身を案じてくれるが、それ故に自分の心をまるで具現化するような事を口走ってしまう。

「傷付けてしまえば……私は本当の意味で『悪い魔女』になってしまうわ」

『……傷付くのはお前だろう……痛いだろう……辛いだろう……』

 冷たいような、温かいような風はただ、自分の周りをぐるぐると守るように囲っている。

「平気よ。……だから、あなたも手出ししちゃ駄目よ」

『…………』

 そう告げると風はふわりとその場に散り去るように消えていった。

 彼はいつも自分が村から戻ると出迎えるように話しかけてくれる。風だけではない。この森の全てが自分にとっての友人だった。木々も住まう動物、水や土も、言葉を交わせないものもいるが、それさえも心地良かった。この森の皆は誰も自分を責めて、傷付けることはないのだ。

 

 荷物の入った麻袋を抱え直して、森の奥へと歩みを再び進める。家へと帰ったら出血の痕を水で濡らした布で拭き取って、作った薬を塗ればいいだけだ。

 何かを諦めたような表情で、エイレーンは家へと向かった。


   

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