初めての家出
その日の夜、約束通りシャルロットの誕生日を祝って両親がケーキをつくり、いつもより豪華な食卓を囲んだ。毎年同じ誕生日会だが、今年はより楽しく過ごしたせいか、家でも終始興奮が冷めずにいた。
「どうしたのシャルロット?変な顔しちゃって」
ケーキを食べ終え、楽しそうというよりはニヤニヤと上の空になる娘を心配そうに見つめる母親。
「実はね、森で王子様に会ったの。しかもこのタイクーン王国の王子様よ。町に行ったことがないから初めて見たんだけど、小さい頃読んだ絵本に出てきた王子様そのものだったわ!」
それを聞いた両親、特に父親は驚きのあまり持っていた飲みかけのコーヒーをこぼしてしまった。
「シャルロット、それは本当なのか?」
「ええ、そうよ。名前はノエルって言ってたんだけど合ってるわよね?私と1つ違いで17才って言ってたわ」
ノエル……その名を聞いて両親は絶望にも似た表情を浮かべる。先ほどの楽しい誕生日会の雰囲気が一変した。
「よりによって第2王子のノエル王子に出会ってしまうとは……」
「タイクーン国王に知られてしまうかしら……」
何やらひそひそと2人で話し合っている。内容も気になるが、両親のその姿に今まで抱いたことの無い不信感が芽生える。
「ねぇ、何か悪い事したの私。何かしちゃったんだったら教えて」
上がる心拍数を抑えられず、両親の表情を伺う。しかし2人は何事もなかったかのように元の穏やかな顔に戻り、シャルロットに微笑む。
「何でもないわ。……ただね、これからは森の中で誰かに会っても、すぐ家に戻って来なさい。悪い事をする人かもしれないわ。あなたが襲われたりでもしたら……」
「そうだ。例え王子だったとしてもだ」
シャルロットは思い返した。
生まれてから1度も森の外へ出たことがなく、友達もいなくて、両親に守られながら15年間育ってきたことを。同年代の子たちと違い、自分は普通ではないことを。
なぜ今まで気づかなかったのだろう。
今日ノエルと出会って気づかせてもらったのだ。
「私今までパパとママに守られて今日まで過ごしてきたけど、やっと気づいたの。それっておかしいよね?なんで町の子たちみたいに生活できないの?どうして森に…人がいないところにいなきゃいけないの?パパとママは時々町に出かけるよね?どうして私は行ってはいけないのよ!」
自分でも理解できないくらい、今までの疑問が次々と浮かび、言葉となって口からこぼれる。
「教えて、その理由……」
「それは……」
頑なに口をつぐむ両親。それを見たシャルロットは1つため息をつくと玄関のドアに手をかける。
「シャルロット!どこへ行くの!?」
「待ちなさい!」
親の静止も厭わずに、行くあてもなく夜の森の中へ飛び出した。
「(何で答えてくれないの。ひどいわ……!)」
疑問に答えてくれない両親に対する怒りなのか、自分の置かれる環境に対しての悲しみなのか分からない涙があふれてくる。
シャルロットが両親に反抗するのは生まれて初めてだった。
ずっと森の中を走り続けて一際大きな木を見つけて立ち止まる。乱れた息を整え、吸い込まれるようにその木に近づいた。
シャルロットはなぜか不思議な気持ちになった。
その木はこの森のすべてを知っているような、この森の神のような出で立ちをしている。以前にもこんな風景を見たことがある気がしていた。
「なんかデジャヴみたい。いつだったかな、前に見たのは……」
思い出そうと目を瞑った瞬間だった。
「うっ……頭が……っ」
突然激しい頭痛に襲われ、その場に倒れ込む。
すると脳裏に、ある記憶が流れ込んできた。
この大木の根本で小さな赤ん坊が泣いていた。
もう辺りも暗い。夜のようだ。
「(かわいそうな赤ちゃん……。パパとママはどこへ行ってしまったのかしら)」
しばらくすると若い夫婦らしき人が赤ん坊へ近づく。
「(よかった。パパとママ見つかったのね)」
若い夫婦は赤ん坊を優しく抱き上げると嬉しそうに笑い、その場から去って行ったのだった。
「う……ん……?」
夢を見ていたのか何なのかゆっくり目を開けてボーッと一点を見つめる。頭痛からは解放されるが、すっきりしないようだ。
「(どうしてこんな時に夢なんか……)」
あまりにもリアルな夢だった。少し怖くなり、大木から離れ、また歩みを進める。
暗くて鬱蒼とした森から逃れるように、明かりを求めて無意識に辿り着いたのは王都だった。
町は家の明かりがついているが、外の明かりはノエルと別れた時より暗く、静まり返っていた。
シャルロットは迷わずに町へ入っていく。夜も遅いので段々と家の明かりもなくなってきている。慌てて明かりのある方へ、ある方へ進んで行くと辿り着いた先は……。
「ここ、お城……?」
偶然なのか運がいいのか、広い町を抜けると川が流れる橋の奥に重厚な造りのタイクーン城があった。
夜の警備兵があちこちに見える。
すると1人の警備兵がシャルロットに気付き、声を掛けてきた。
「おい、そこの者!こんな夜更けに怪しいな」
警備兵の声にもう1人の兵もシャルロットに気付いた。
「女か。こんな時間に城に何用か」
確かに女1人で夜道を歩いて、ましてや城の前で立ち止まっているなんて不審者以外の何者でもない。
「えっと……用というか、ここに辿り着いたっていうか……」
しどろもどろで苦笑いを浮かべる。シャルロットの言動に兵もますます怪しんでいく。
「何を言っているんだ。早く家に帰りなさい」
「……家には帰りたくないんです」
俯きながら小声で声を出す。意地を張って森には帰りたくなかった。
親と喧嘩して家出してきた子どもだろうと警備兵2人は思い、目を見合わせてため息をつく。
「家に送ってあげるから帰るんだ。場所は?」
「家は、あの森にあります」
シャルロットは人差し指を森に向ける。
当然人が住まない森だと認知されているので、兵たちは更にシャルロットを怪しんだ。
「嘘をつくな!これ以上侮辱するようだと牢屋に入れるぞ」
我慢の限界がきたのか兵は声を荒らげて脅した。
「ほ、本当です!私の家はあの森の中にあるんです!」
弁解してもシャルロットの言葉は信じてもらえないようだ。
「……もういい。明日また詳しく話は聞こう。ひとまずこっちへ来い!」
「ちょっと、痛いわよ!」
腕を強く掴まれ、シャルロットは必死に抵抗する。
「ねえ!女の子にそんな扱いどうかと思うな」
城の中から聞き覚えのある声がした。城の中央にある窓際に人影が映る。
ノエルだった。
「ノ、ノエル王子!怪しい人物がいたので……」
「あーその子は俺の知り合い。中に通してあげて。すぐそっちに向かうから」
そう言うと窓際を離れて行った。
「(助かった……)」
ホッと胸を撫で下ろすと、掴まれた腕を解かれる。怪しい眼差しのままだったが、城の中へ丁寧に通してもらえたのだった。




