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忘れられた姫の冒険  作者: こと
第2章 リディネイラ王国
19/21

弓と矢と想いと

早朝、まだ陽も上がりきっていない頃、森の方からガサガサと物音が聞こえる。その音で目が覚めたノエルは寝起きの視界で遠くに陽の光を浴びる女のシルエットを見かけた。丁度日陰で誰なのかはっきり分からないので、気づかれないように恐る恐る近づいてみることにする。


「(こんな朝に誰だ……?)」


足音をなるべく立てずにシルエットに近づく。


木の影からこっそり覗くと、ノエルは驚きで目を見開いた。1本の木に向かって弓を構え、真剣な眼差しで矢を射るのは紛れもなくシャルロットだった。

無数の矢が地面に突き刺さっている。その数からして何度も何度も矢を射ているのだろう。ノエルはシャルロットに声を掛けようとしたが、あまりにも集中しているのでためらい、少しの間その光景を見つめていた。


しかし初めて弓を扱っているだろうに筋がいい。誰かが夜中に教えた訳でもないのにどうしたもんかと考えているとシャルロットの方がノエルに気づいたようだ。



「おはよ、ノエル。悪いけど弓と矢、借りちゃってたわ」

ニコッと微笑むシャルロットだったが、よく見ると手には無数の細かい傷があった。

「ちゃんと教えると言ったのに気が早いな。……それに無理するな。手……こんなになって」


か弱い少女の小さな手がボロボロになっているのに耐えられず、優しくその手を自身の手で包み込む。手から伝わる温もりに、シャルロットはトクンと心臓が高鳴るのを感じた。


「ごめんなさい。早く目覚めちゃって自分なりに練習してたの。ノエルの弓を撃つ姿を見よう見まねでやってみたんだけど……」

「そうなのか。教わってもいないのに結構いい腕してる」

ノエルは自分の姿をよく見ていると思った。見るのと実際にやるのでは感覚が違うからだ。

昨夜まで教えないつもりでいたが、シャルロットの腕に興味が湧いてきた。ノエルはシャルロットの背後に回り、彼女の手に自分の手を重ねる。



「ちょちょちょちょっと、いきなり何!?」


急に距離が近くなった状況にシャルロットは焦った声をあげた。先ほどとは倍以上に心臓がうるさく鳴っている。

そんなシャルロットは反対にノエルは真剣な表情で弓を引き始めた。



「いいか、めいいっぱい弓を引いて、矢の先に狙いを定める。定まったら……こう!」



シュパッ……!



矢は木に真っ直ぐに突き刺さった。

シャルロットが放った矢とは格段にスピードがあり、正確だ。ノエルがせっかく説明してくれた言葉は緊張で頭に入って来なかったが、矢が木に突き刺さる爽快感で心がスッキリする。


「すごい……」


思わず感嘆の声を漏らした。こんなに綺麗な弓を撃てるノエルに尊敬の眼差しを向ける。

「今日からノエルのことは師匠と呼ばせていただきます!」

シャルロットのやる気スイッチが押されたようだ。ノエルはしまったと嘆くが、もう遅い。やれやれと地面に座り込むノエルをよそに、シャルロットは再び練習を始めた。





しばらくの間シャルロットを眺めるノエル。

1日で上達するなんてやはり無理があるようで、何度矢を放っても失敗するばかりだ。それに手も切り傷が増え、所々血が滲んでいる。それでもやる気は充分なようで決して手を休めようとはしなかった。


「シャルロット、そろそろやめよう。手も傷だらけじゃないか」


「もう少しだけやらせて!もう少しで感覚が掴めそうなの」


口ではそう言うが、弓を引く力も矢の刺さる正確さも段々と弱くなっていた。




「……そこまでしなくていいじゃないか。というか俺はシャルロットに戦う力を身につけてほしくない……」



突然声色が小さくなったノエルに驚いてようやくシャルロットは手を止めた。


「どうして?女だから?それともお姫様がこんな事しちゃだめ?」


「違う……!」






一瞬で身体が包み込まれる。


温かい温もり。


力強い腕はノエルのもの。


ここでようやく、ノエルに抱きしめられているんだと気づいた。




「シャルロットに武器を取ってほしくない、戦ってほしくないんだ。傷つくのは俺1人で十分。……あの時、シャルロットの頬から血が流れた時、俺は心臓が止まるかと思った。俺がもっと強ければあんなざまにはならなかったのに……!」



後悔の念からシャルロットを抱きしめる腕に、より力が加わる。


「ノエルはちゃんと私を守ってくれたわ。本当にありがとう。……でもこの旅は私の勝手で始めたこと。私だけが守られるだけじゃ嫌なの。分かってくれる……?」


ノエルはシャルロットの目を見つめる。微笑んではいるが、とても真剣な目つきをしていた。シャルロットの覚悟、それがにじみ出ているように見える。



「(これがシャルロットの覚悟だとしても……俺は……)」




「俺はシャルロットが……」




大きな手のひらが頬に触れ、端正な顔が近づく。




「……っいや……!」





シャルロットは勢いよくノエルの胸を押して突き放す。そして真っ赤になった顔を隠すように背を向けた。



「ご、ごめん……」



胸を押されて正気に戻ったノエルは何してるんだという後悔の表情で顔に手をあてた。



お互いに黙り込んだまま木々が揺れる音が森に響く。その気まずい雰囲気を取り直したのはシャルロットの方だった。



「そ、そろそろ戻らないとデュークとジョシュアが心配するわね!」


そう言って散らばった矢を素早く片付け始めた。




「シャルロット、俺の気持ちは変わらないから」




シャルロットの動きが一瞬止まる。そして自分の横を通り過ぎるノエルの背中を見つめて胸が締めつけられた。この胸の痛みが何なのか分からない。



戦うことを許してくれない怒りからなのか。


それとも……



先ゆくノエルをしばらく見つめながら、自分の中の気持ちに疑問を持つのだった。

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