令嬢
令嬢は幸せなのだった。
どんなに周囲に血がまみれていても。昨日言葉を交わした魔人の首が吹き飛ぼうとも、戦場にでようとも幸せだった。令嬢にとって幸せになるのは、ひどく簡単なことだったのだ。
たとえ、魔王が令嬢を見ていなくても、令嬢は魔王の事を見つめていた。
貴族の父親の元で暮らしていた時は、自分に下った予言にたしかに戦慄もすれば、恐怖におののいたりもしたのだけど。ただ、自分の運命ならばしかたがない、という寛容さを持って令嬢は受け入れていた。それだけだったはずなのに。
魔王に一目会った瞬間、魔王以外には視界にはいらなくなってしまった。どうしても、この人を手に入れたい、そう願ったのだ。予言も、運命も関係がなかった。
令嬢は心のうちに歓喜したものだ。
この人がわたくしの相手でよかったわ。
魔王の元で人間の令嬢が暮らすのはけして簡単な事ではなかった。
とつぜん現れて、力もないくせに、ルンベのすぐ下についた令嬢は好意的に見られたものではなかったのだ。なかには、人間ぎらいを隠さずにあからさまに侮辱をしてくる魔人達もいた。特に女の嫉妬となるとひどいものだ。令嬢以外には気付かれないように、こっそりと陰湿な嫌がらせをされたりもした。
ルンベは嫌がらせに気がつくと、なぜ報告しない、と令嬢を叱った。思えばそれは、戦いにしか能がないようなルンベの小さな思いやりだったのかもしれない。
しかし、あえて令嬢はすべてを耐え抜いた。
いつか、みていらっしゃい。
そんな負けん気も働いたのも事実だ。
でも、そんな嫌がらせは令嬢にとって些細なことでしかなかったのだ。だって、—————————。
——魔王を手に入れるのは、令嬢なのだから。
別に、魔物の王でなくてもいいのだ。
魔王は、魔王であると言うだけで、令嬢にとっては完璧な存在なのだった。




