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令嬢の視界

 どこか靄がかった視界。

 令嬢は目の前にいるルンベの肩越しに、一心に、椅子に座ってくつろぐ魔王を盗み見ている。

 そのルンベとても魔王の向いの椅子に腰を下ろしているのだが、いかんせん体が大きすぎる。背後でお付きとして突っ立っている令嬢には、肩越しに魔王の姿を眺めるのがやっとだ。

 令嬢はルンベの片腕として働いていたらしい。人間なのに、随分と認められていたものだ。それもやはり、予言のせいだろうか。

 鮮明でない視界の中、魔王の姿だけが浮かび上がるようにして光り輝いている。令嬢のフィルターを通してみると、元から人形のようなその姿はまるでミューズのように神々しい。  

 ミューズはまるで天使のように無邪気な笑みを浮かべると、ルンベに頷いた。


『人間界を侵略する必要はないよ』


 その声はどこまでも滑らかで、令嬢はそれだけで体が震えそうになる。


『僕はそんなものに興味はない』

『————————』

『ただ、知りたいんだ』

『——————————』

『彼らと、僕ら。なにが違うのか。それだけだよ』

『——————————————』

『そう。勇者は興味深い。こんなにも興味をそそられる人間がいるなんて。それだけでも生きてきた甲斐があったというものだ』

『————————————』

『そうだなあ。それが済んだら、どうしようか』


(わたくしと、幸せに暮らしましょう。なんでもしてあげますわ)


 令嬢の思念が聞こえる。

 あえて吹き込んだのか、それとも感情が強すぎてはいってしまったのか。

 少女は少し、ほんの少しだけ、呆れてしまった。

 令嬢が魔王の事が好きなのは分かる。分かるのだが、ルンベの言葉さえ聞こえていないというのはどういうことなのだろうか。少女に魔王の話している内容がやっと分かるのだって、それを話しているのが魔王だからだ。これが他の人物だったならまず間違いなく、記憶の欠片に残っていなかっただろう。

 確かに、令嬢の目を通してみる魔王は荘厳だ。

 けれど、それほどまでに、誰かを異性として慕えるものか。

 少女にはその感覚を知らない。


『おい、女。なにをしているのだ、退出するぞ』


 ルンベの恫喝のような叱咤に、令嬢はあわてて我に返ったのか、視界が急に鮮明になった。

 少女は初めて、彼らが話をしていたのが、魔王城の王の間なのだと悟る。さらに、見れば、魔王はともかく、ルンベも令嬢も魔王軍の軍服らしき統一性をもった服を着ている。令嬢はその金の髪の毛を綺麗にまとめあげていた。

 ルンベはごわごわとした口でわざとらしく令嬢に向けて舌打ちをすると、部屋から退出してしまった。令嬢は慌てて魔王に頭を下げると、ルンベの後を追う。

 令嬢は、思い出してほほ笑んだ。

 頭を上げた瞬間。

 魔王の微笑みが再び視界に入ったからだ。

 そこだけは、やけにあざやかに記憶に染み付いている。


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