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少女と放逐

 少女が居間に戻ると、魔王はあいかわらずの姿勢で、今度は本を読んでいた。ぱらぱらと頁をめくっている。どうやら知恵の輪は諦めたようで、たき火跡の横に置いてあった玉座にまとめて置かれている。しかし、少女が手にとると、つながっているように見えた二つのパーツはするするとほどけていって、少女の手に残ったのは片方のみだった。


「きみのその一手で、パズルは完成だ」


 魔王が本から目を離さずに言う。少女は欠片を握りしめる。


「…勇者は帰ったわ」

「らしいね。気配が消えた」


 床に腰をおろした少女をちらりと見遣る魔王。


「どうしたの。そんなにしょげかえって」

「なんでもないわ」


 それきり黙り込む少女。おしゃべりが好きな少女はよくたわいもない事を話す。その分賑やかだが、その少女がめずらしく黙り込んでしまったことで、沈黙がおとずれた。

 魔王は、ためらいがちに口を開く。


「…それにしても、勇者はかわいそうだな。僕を殺せなかったせいで、苦しんでいるんだ。…でもまあ、まさかその程度だったのは残念だけど」


 もっと気骨のあるヤツかと思った、と話す魔王。


「あのね、だれもがみんな、あなたみたいになれるワケじゃないのよ」

「そうかな。でも、たしかに勇者は僕を殺したがっていて、僕はそれを受け入れてた瞬間があったはずなんだ。正直、期待はずれだよ」


 少女はさらに落ち込んだ。

 この魔王は、そんなに勇者に期待していた癖に、少女が彼になにかをしてやれるとは微塵も考えていないのだろう。

 そりゃ、たしかに、できることは少ないけどもさ。


「…ねえ、本当にパレードに参加するの?」

「そんなに、気になるかい?」


 魔王は知恵の輪を魔法で地面に落とすと、ふわりと少女を持ち上げて玉座に座らせる。少女は膝を抱えたままの姿で椅子の上に座る形となった。

 そして、自身は少女の向かいに舞い降りると、膝を折って、少女の顔をのぞきこむ。


 「べつに、殺されるわけじゃない」


 べつにそうなってもかまわない、そんな心の声が聞こえてきそうだ。少女は顔を持ち上げて、魔王と目を合わせた。


「どうして、そう言い切れるの。きっと、王は、人は、必要になればあなたを殺してしまえるのに」


 涙が唐突にこぼれそうになるのをこらえながら、きっぱりと告げた。


「…パレードに出るべきじゃないわ」

「それは、僕の決める事じゃないんだよ」


 どうして分からないの、といいたげだ。その表情はいら立ちを含んだものというよりは、あくまでも不思議そうだ。


「きみは、なんでそんなに辛そうなの」

「…なんでって。気に食わないからよ」


 そう、少女は気に食わないのだ。

 王に命令されたからと言って、魔王を拘束して、自分たちの国で見世物にしようという魂胆に従う勇者も。それにまったく反抗しない魔王も。


「でも、きみにはどうすることもできない」


 少女は気がついた。

 だから、いやだいやだと言っているのは、ただだだをこねているだけで、まるで自分勝手な子供のようだと。

 魔王、すべて分かっているのだ。分かっていて、あえて試すような事を言う。

 きみは、力がない。

 それに、きみが動いてもなんらきみ自身の利益にはならない。

 きみのすることは、まるで無意味だ。 

 魔王は、その混沌とした瞳で、そう語っている。


「決めつけないで!」


 少女はイヤイヤとするように、首を横にふった。その拍子に涙が一粒、こぼれ落ちる。

 魔王はふう、と呆れたようにため息をつくと、立ち上がった。


「分からないな。きみは鎖につながれる僕がいやなの?」

「ちがう!」

「……」


 魔王は、ふと、顎に手をあてると、ああ、と思い至ったように言った。その様子は困ったようでも、どこか傷ついたようでもある。


「なるほど、僕としたことが。君は自由民だった」

「…どういうこと?」

「どういうことも、なにも、そういうことだろう?」


 なんだかイヤな予感がして少女は魔王の顔を見上げる。

 魔王は背筋がすうっとするような笑みを浮かべていた。なぜか、片手を少女に向けてかざしている。


「なにをするつもり?」

「そんなにイヤなら、ここから出て行けばいい。そろそろ、きみにも飽きた頃だったんだ」


 まるで芝居の台本でも読んでいるかのような口調。


「ちょっと!」


 そんなこと言ってないわよ!

 少女がそう叫ぼうとしたのと、同時に魔王の魔法が発動した。少女の体全体が青い炎に包まれる。恐怖から悲鳴をあげようとした少女だが、すぐにその炎が熱をもたないことに気がついた。

 目を見開いたまま、慌てて魔王を見る。


「特別にころさないであげる」


 その言葉を最後に、魔王は少女の前から姿を消した。

 ちがう。

 少女の方が、移動したのだ。

 周囲が歪んだと思った、一瞬の後。気がついたら少女は見知らぬ土地で座り込んでいた。

周辺には森が広がり、下の方には小さな村が見える。しかし、どこを見渡しても魔王城は見えない。


「どこ、ここ…」


 それは、久しぶりに手にした自由だった。だというのに、少女はたまらなく心細くなった。

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