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魔王の昼寝

「ねえ、ヒマだわ」


  少女がそう呟いたのは、必然だった。

 やや幼さの残る高めの声は、居間の空洞に響いてわたるだけで、答える声は聞こえてこない。

 風邪から回復した少女は、今までのように、いや、今まで以上に元気になって城の中をかけずり回っていた。

 しかし、畑仕事も、掃除も、縫い物も、最近使う機会がとんとないとはいえ、仕事道具の手入れも済んでしまうと、なにもすることが無くなってしまう。一日だけならまだしも、それが毎日続くとなるとなおさらだ。

 ここのところ、都合が合わないのかドラゴンも城を訪ねてこない。


「なにかしましょうよ」


 つまらない、というようにじたばたする少女。

 いっそ、勇者でもやってくればいいのに。

 いやいや、勇者がやってきても、魔王が動かない。

 少女は体を動かしたくて仕方がない、そんな衝動に駆られていた。その衝動のままに、宙に浮かぶ魔王の服の裾をひっぱる。

 魔王は怠惰を隠そうともせず、うっすら瞳をあけた。


「いやだよ。僕は寝ようとしているんだから」


 それが耳に入った少女は、たまらない、といったように叫ぶ。


「もう一週間も眠り続けているじゃない!」


 そう。

 もうすでに魔王は一週間も眠り続けていた。

 少女や他の大勢の人間とは違い、魔王の眠り方は特殊だ。元から、何をしても服が汚れない、など、特殊なことばかりであるのは置いておいて。魔王は、魔力で宙に浮かんだまま眠るのだ。宙に浮かぶには魔力を消費するはずだが、寝台に身をおこうともしない。宙に浮かぶその姿は、見慣れたとはいえ、滑稽なことはなはだしい。

 なにも言わずに突然眠り始めた魔王を前に、最初は少女の方でも体調が悪いのかと心配してみたり、眠いのならそっとしておこうと親切心を働かせたりもしたのだが。

 三日…、五日…。

 そんなふうに、ただただ眠り続ける魔王を前に少女は音を上げた。


「今まで、ぜんぜん寝ていなかったのになんなの!」


 同居人がいるというのに、まるで一人ぐらしでもしているかのようだ。

 城に居る居候で、畑仕事をするのが好きで、することが多少あるとしても。誰とも喋らず淡々と過ごすには、あまりにも退屈だった。これは、なにかをしたいという衝動以上にタチが悪い。

 少女は、寂しくなっていたのだった。

 がくがくと力一杯ゆさぶるが、魔王は一向に覚醒しようとしない。


「せっかく、眠りが、…なったんだから、…」


 ねぼけているのか、口から言葉の断片しか溢れてこない。

 少女は、いっそ涙目になりながら、叫び続けた。

 半刻ほどして。


「まったく、きみは強引なんだから」


 根負けして目を覚ました魔王を前に、少女は拗ねていた。体育座りで石の床に座り、魔王に背を向けている。

 魔王はあくまでもマイペースに、上品にあくびを一つする。


「どうして、僕を起こしたのさ」

「……べつに」

「………」

「………」

「………」

「……なんでもないわよ」


 なんでもない訳はないだろう、と眉をひそめた魔王。意味が分からないというふうに少女を見つめていたが、やがて、その背中に向かって呼びかけた。


「もし、きみが望むのなら」

「……わたしが望むなら?」


 くぐもった声で少女が応える。


「外にでかけるかい?」


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