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魔王が寝る

 廃墟じみた居間のいちばん日当りのいいところに、収穫した夏野菜が連ねるようにして干してある。多すぎて食べきれない野菜をなんとか活用しようとして少女が編み出した方法だ。

 その奥の、何もない空間には、たき火の黒ずんだ跡と、まばらに顔をのぞかせる雑草の芽、玉座、そして木製の盤が置いてある。がらんどうな空間は、寂しい限りだ。その盤を囲むようにして、二人の人間が対峙していた。

 一人は身を乗り出すようにして盤を睨みつけ、もう一方はあぐらをかいている。

 盤の上には、黒と白の碁がところ狭しと並んでいる。

 その隙間をぬうように、細かいマス目の盤に少女が白い碁を置く。そして、そのよこの列に並ぶ黒い碁を二個ひっくり返し、得意げな顔をした。


「ふふ、どう? もうすぐわたしが勝っちゃうわよ」


 魔王もかたなしね。

 そう言いたげだ。

 対して、魔王は、ふんと鼻を鳴らすと、自分側の四角のうちの一つに黒い碁を置いた。途端によこの列も、たての列も、そしてななめの列さえも黒く染めていく。


「あー、ずるい!」

「僕は、きみが教えてくれたルールのとおりにしただけだけど」


 少女が地たんだを踏む。


「うそよ、これで、オセロがはじめてなんて…」


 今にも歯ぎしりをしそうだ。


「簡単なんだね、オセロって」

「今回はたまたま運がよかっただけよ」


 次は勝つからね、少女が宣言した。


「何回やっても結果は変わらないと思うけど。気付かなかったかい? 勝つタイミングを調整してみたんだ」


 やなやつ!少女がふてくされて、地面に寝転ぶ。赤い髪の毛にほこりがまとわりつくが、知ったことかとばかりにゴロゴロする。

 それを見た魔王が珍しいことを言った。


「あーあ、ねむくなってきちゃった」


 少女が驚いて、飛び起きる。

 大あくびをしても、それなりに見れた顔なのはさすがだ。少女は妙なところで感心する。


「あれ、眠るの?」

「そりゃ、ねむるよ。ねむれば、体力が回復するし、なにより気持ちいいもの」

「食事はしないのに?」


 ていうか、いままで寝ていなかったじゃない、少女は目を見開いてかたまる。もしかして、いままでも少女の知らないうちに寝ていたのだろうか?


「それとこれとは別でしょ」


 ふと、魔王は顔をしかめる。


「でも、これはイヤだなあ。強制的にねむらされるんだ」

「何それ」

「勇者がくるんだよ」

「え」


 勇者というのは、魔王をここに閉じ込めた張本人だろうか。あいにく、それ以外の勇者を少女は知らない。


「じゃあ、おやすみ」


 そのまま、少女がさきほどしたように、床の上でねころんでしまう。少女が顔をのぞきこんでも目を覚ましそうな気配がない。ながい睫毛はぴくりともしない。

 その後、どんなにゆすっても、叫んでも、魔王が目を覚ます事はなかった。


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