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ルンベと令嬢

 ルンベは部屋を出て行った令嬢がいなくなると、少女のことを睨みつけた。


「魔王様は、この人間にうつつを抜かされているのですか?」

「ちがうわよ!」


 少女がとばっちりはごめんだ、と即答する。


「ならば、なぜ、この人間はよくて、あれは駄目なのですか?」


 ルンベの問いに魔王が応えた。


「あれこそ、まさに、対象はだれでもよかったんじゃないのかい。それに、それは僕の客人だよ。さあ。きみも帰るといい」


 ルンベはしばらく黙って、直立すると、やがて、一回頭を垂れて、それから、居間を出て行った。



✳︎


「ねえ。わたくしの思いは間違っていたのかしら?」


 城の門の手前で、令嬢が呆然と立っている。どうやらルンベは令嬢を置いて帰ってしまったらしい。薄情なことだ。

 数時間もしないうちに、日は暮れ始めてしまう。ここから彼女は一人で、歩いていけるのだろうか。少女は他人事ながら不安になった。


「…そうは思わないわ」


 門の様子を確認にきた少女が遠慮がちに応える。


「でも、受け入れて貰えなかった…」

「人が抱く感情をどうやったって否定することはできないもの。ただ、それを受け取るほうだって、自由に感情をもっていいはずよ。…それを思い知ったわ」


 令嬢は、さみしそうな笑みを浮かべた。

 そして、大きくため息をつくと、少女になにやら差し出す。


「これ、差し上げます」

「…記憶の欠片?」


 それは、親指の爪ほどの大きさの青いキューブだった。

 記憶の欠片とよばれるそれを、本体に設置することで、物語を再現するのだ。


「ええ、わたくしが見た魔王さまの記憶です」


 差し出されたものを、少女が受け取る。


「わたくしだけの記憶よ。いつか必要だと思ったらみてくださいな」


 いっぽ、門から足を踏み出す。

 そこから先は、少女はまだ進めない。


「どこに行くの?」

「さあ。どこに行こうかしら。国を捨てたわたくしには行くところがないわ。せっかく魔王さまの運命の相手だったのだけれども」


 令嬢は一回、後ろをふりかえって少女の顔を確認したきり、二度と振り返らなかった。


「ごきげんよう。もう二度と会うことはないでしょうけれど」


 少女は境界線のふちで、令嬢のすがたが見えなくなるまで手をふりつづけた。




✳︎

少女が居間に戻ると、魔王はまだ椅子に座って、肘をついていた。なにか、考えごとをしていたようだ。

少女の姿を認めると、


「みんな、しつこいなあ」


 椅子から立ち上がり、伸びをして、やれやれ、といった風に首をふる。

 少女は、すくなくともあの可憐な少女については、分かる気がした。


「あなた、いかにも不幸そうなのよ」

「不幸? ぼくが?」


 心外、そんな感じだ。


「それが、女心をくすぐるんだわ」


 魔王には珍しく、ふてくされたような顔をした。まるでそれは、僕はそんなこと望んでないのに、といいたげだと少女には映った。


「まったく、きみはズルいな」


 ふいに魔王は宙に浮かび上がると、ぎりぎりまで少女に顔を近づける。少女は引くことなく、それを受け止めた。緑の瞳をもつ少女の両目がしっかりと、泥沼のような瞳をいぬく。


「きみには、ぜひとも謝罪をしてもらいたいね」

「どうしてよ」

「きみがここに来たせいで、始末ができなかったじゃないか」


 なるほど、と少女は魔王の口癖を真似る。


「わたしが二人と関係をもったせいで、殺せなかったのね」


 案外、律儀なのね、少女はふふんと笑った。


「なら、なおさら、よかったわ」


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