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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

愛してほしい

作者: 鴉城カホリ

 芙由子のことが好きだと思ったとき、頭のなかに、ぱっと浮かぶのは、彼女の絵のことだ。

 彼女の才能を表すように爪の先はいつも鮮やか。爪のなかは黒に似た色をしている。絵の具を使っているからだという。それはごくたまにのことだから余計にひどく目立つ。絵描きの彼女は、ときどき手を使う。基本はパソコンなんだけどね、と口にする。私にはその絵描きのマナーとか、方法とか、その他いろいろがいまいちわからない、ただ芙由子の作品がとても好き、ということだけ。


 合コンで出会った芙由子はすました顔に黒縁眼鏡をしていた。静かな百合みたい。ちょっと遠慮がちで、はしゃぐよりも、みんなに合せて楽しそうに笑う。可愛いと思ったから素直にそう告げた。嬉しそうなのに、びっくりとした姿がますます私の胸をかき立てた。けど、それは恋じゃなかった。私は可愛い女が好きだけど、いつも心から愛したのは才能だった。

 私は、いつも才能を嗅ぎ分けた――それも猛犬のように、はっきりと。甘かったり、酸っぱかったり、辛かったりするけども、私は私の好みをはっきりと理解していた。少しだけ甘い味が好き。それも私に似合う味が、とっても大好きで、それを愛することに私の才能はあった。だから、芙由子が絵を仕事のなりわいにしていると聞いて私は歓び盛んに見に行った。その絵の甘ったるさに私はワインに酔ったみたいにうっとりとした。食べたい、とすら思った。私の才能の愛し方は、相手をまず食べ物のように扱うところからはじまる。口にいれて、舌で舐めて、味わって、そのあと、噛み砕いて、自分のなかに取り込む。私のなかにはいってきてほしい。私のものにしたい。


 三十歳になって、毎日深夜まで安月給で働くことに嫌気を覚えた私は新天地に行こうと決め、三か月ほど夜に教室に通い詰め、職場に辞表を叩きつけた。自由になって、ゆっくりしようと決めた。けど、それが甘かった。

ネイルサロン運営をはじめて、にっちもさっちもいかない日々。まずお金がかかる、資金繰りに頭を悩ませて、道具をそろえて、人がいい気持ちになれる空間と日々の顧客確保に勤しむ。好きなことをやっていこうと決めたから、これぐらいは覚悟していた。一年目は雑誌に広告を出してもなかなか人が集まらないし、儲けにならない。日々、無駄という言葉が浮かんでは沈んだ。それでもぽつぽつと来るお客さんに差をつけはじめると波に乗った。まずは自分のネイルを大切にしてくれるお客さんを見つけて、自分の全身全霊をかけて愛した。愛することは楽しいと知ってる私にとって、これは、とっても簡単なことだった。目についた素敵な色を褒めて、ささいなことを陳腐な言葉で千切るように花を咲かせればいい。褒められていやな人間はいない。それと同じ。自分が欲しいと思ったものはまず相手に差し出さなくちゃいけない。そうしたら、その分だけ、人は返したくなる。知ってる。

 だからこそ、私は才能を愛した。

 芙由子の才能に惚れこんで口説くことを決めた。誰に手を出されたとしても才能を欲しがることは罪じゃない。愛にはいろんな形があるんだから。そして生き抜くためには、人の才能に憧れて、愛して、齧っていくしかない。人づてにメールをして、デートに誘った。ささやかなランチ。年上らしく奢って、おいしく食べて、おしゃべりは言葉少なく、けれど目につくところを褒め続けた。

「あなたの絵、好き」

「ありがとう」

「仕事まわすわ」

「え、本当」

「私の知り合い、けっこう多彩なのよ」

 手帳を取り出すと、芙由子の目が、期待に溢れた。

「何かをものにするのはあなた次第よ」

 そうした取引的な友好関係から、じわじわと、私は芙由子を取り込んで、食べていった。

 何度目かの食事は、夜だった。ワインと日本酒、それにおいしいチーズを味わった。

私はチーズが好きで、ちょっとしゃれた雰囲気がいいイタリアンに行くと、チーズの盛り合わせがあったのに、それを注文した。二人とも少しばかり酔っ払っていたのに、ワインとチーズをあれでもない、これでもないと文句をたらし、蜂蜜チーズの甘さに声をあげて笑いながら過ごした。

「このまま帰る?」

「え」

「ごめん、終電なくなったけど、ホテルとらないといけないんだけど」

「う、ん?」

 眼鏡の奥の瞳が、ワインに酔っ払ってとろんとしていてきれいだった。才能を愛するみたいに相手を愛するのは、とても簡単。だって、もう相手が愛しくてたまらないって私の頭のなかに叩き込まれているから。

「私、レズなんだけど」

「……っ」

 びくり、と肩を震わせる。

「変なことしたら、ごめんね?」

「う、うん、わかった」

 あ、これは脈ありだ。

 そう感じたら、愛しているという気持ちと酔っ払い根性でおいしくいただかないわけにはいかない。なんだか使命感みたいなものを覚えた。息を吸って、吐くみたいに、歯をたてる。そんなかんじに私は芙由子とお付き合いをはじめてしまった。絵描きはキャンバスに向かうものだと思ったら大間違いであることをそれから知った。パソコンと会社――データ持ち帰って仕事をしていたりもする。私はそれが嫌いでたまらない。だらだらすることが嫌いで、しゃかしゃかと動く私は、芙由子が家で仕事をするのを心から憎んだ。げっそりとやつれた顔をしたらブスよ、とも罵った。それに、仕事が終わらないから、これは楽しみなの、オタクをなめるな、と反論に、キスの反撃をしたこともある。

 私とは芙由子はまったく真逆のタイプだった。暇さえあれば外に出ていこうとする私に対して、芙由子は家にいて、パソコンに向かう。ゲームをしたり、アニメを見たり、絵を描くときが楽しい。ちなみに絵の仕事も芸術溢れるものもあればアニメ系もある。男のちんこを必死に一週間塗り続けているときは、ピンクのものがすべてちんこに見えると泣かれて心配もした。それでも辞めないので本当に好きなのだと私は寛容した。私は才能を愛しているから。基本料理を作るのは個人経営の私の仕事で、いつもパスタやパンやごはんと自分の好きなものを好きに作った。それを芙由子はおいしい、と囁くように告げる。仕事がつらすぎるときは差し入れをして、泣かれたこともある。何で泣くの、というと、よくわからないけど、涙が出てきたとも言われた。不器用でも、一生懸命な彼女に私はなんとなく、尽くすことも悪くないと思えてしまった。それに芙由子はいろいろと迷った末に、ネイルのデザインをしてみると口にした。アニメとかそういうのとぜんぜん方向性違うよ、とデザイン集を差し出した。けれどデザインも絵も、根本的には同じかもねと口にして、芙由子はあれこれと頭を悩ませ、ときにはオーバーワークして頭から湯気をたてて、あれやこれやと私にいろんなきれいなものを差し出してくれた。彼女の色と作り出した線。それを私は舐めるように愛する。実際にそれらが使えるかというと悩むところだが、それでも彼女の心を私は受け止めた。才能を愛するとき、私はそれを食べる。

 けれど、才能には、いつか飽きが来る。何かを愛でて、何かを欲して、夢中になったところで、一人の人間が持つ才能は一つだけで、それには底がある。どれだけ深いのかは個々にして違う。

 私は新しい刺激欲しさに合コンに向かった。若いアーティスト気取りとの楽しげな話は、退屈ったらない。酸味のないワインと同じ。自分の愛する才能に出会うのは本当に稀のことなんだと心から思う。けれどそうして一つのところに留まっていては自分が沈殿するのもわかる。もがくみたいに生きていきたい。私の悪い癖。

 その日ははずれにうんざりしたまま家に帰って、芙由子がテレビを見ていた。

「ただいまー」

 返事なし。

 後ろから抱き着いて腕を払われた。そのあと、いきなりぎゅうと握りしめられた。

「どっちよ」

「どっちも」

 かたい声。私は酔っ払ったまま身を芙由子の頭に載せる。

「なぁに」

「あのさ、前から言おうと思っていたの」

 真剣な声。テレビに混じっているけれど、じわりと胸に来る。これは別れの挨拶かな、と身構える。

「才能じゃなくて、私に恋してよ」

 睨まれて目を瞬かせる。

「え」

「才能、私、ないけど、それでも杏は好きだって言ってくれて、嬉しかったよ。けど、なに、飽きたの? そら、底は低いけどさ、けどさ」

 怒涛の訴えに私は心底、驚いてあわあわしていると腕をひっぱられてソファに座らされた。その上に芙由子がのしかかってきた。

「才能じゃなくて、私に恋してよ」

「私の悪いくせ、もう知ってたんだ」

「うん、それは、まぁね。私は、けど、そういうきらきらした杏、見ていて、きゅんとしたよ。ちゃんと恋をしたよ」

「う、ん」

「私に恋してよ、才能なくて、スランプになって、それで、それで」

「スランプなんて才能をうまく活かせないときの言い訳だと私は思ってるんだけど、え、なに、スランプ? わ、それは大変だ」

「そうだけど! 話をずらさないの! ず、ずらさないでください」

 震える声に言われて私は下に敷かれたままもぞもぞと居心地悪く唸った。

「私に恋してよ」

「今ね、胸がどきどきしてるんだけど」

「う、ん」

「なんか、すごいね。また芙由子に恋出来るって、私、役得かも」

 あー、もう、ばか! と言いながら芙由子がキスしてきたのに私はその頭を撫でた。芙由子には才能がある。私を愛する才能が。それは甘いし、酸っぱい、私を溶かしてくれる。



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