光の中で 敏也 5
熊五郎が体育館から提案をする!ざわめく生徒たち。
体育館はガヤガヤ声で一杯だった。
今日は朝から朝会などという今までにない集まりだ。
「遠足だ~!」
檀上から大きな声が響いた。
(なんか面白い事始めるみたいよ)
(今度は何するのかな)
(驚かされるのくせになりそう)
そこここから、声が聞こえてくる。
体育館は静かになった。
今までこれほど、檀上の声に耳を傾ける生徒の姿を見た事がない。
「生徒会長の熊五郎だ!普通はさ、親睦会って意味も兼ねて遠足、みたいな事するだろ?」
「くまちゃ~ん、みんなふつうなんてわっかんないんじゃぁ~ん」
今日は頭の天辺に近いところでポニーテールを揺らしている副会長の美奈香。
「遠足って小学生の時以来だな~」
黒に金銀のロゴの入ったTシャツの書記、高松翔。
壇上で話している姿を生徒は静かに聞いている状態は、まさに青天の霹靂に近い。
静かに前を向いている全生徒。
「日程なんかを決めるとして週末の金曜日に決行というのは、どう?」
さらりと肩までの髪を撫でながら会計の新城陽介。
「好きなとこに好きなように行けばいいじゃん」
美奈香が口をとがらせる。
「それじゃ遊びに行くのと変わりないじゃんか、班割りと行く場所だけ決めてやろうよ」
と翔。
「じゃ、場所は投票とするから、投票箱に入れといて!放課後までな。班はホームルームで決めといて!」
熊五郎の言葉に檀上から声が上がる。
「ふぁ~い」
「了解」
「オーケー」
ざわつく体育館。
(どこ行きたい?)
(だれと班くむ?)
(意外に楽しそうじゃん)
とにかく、何の行事もない学校だった。何の変化もない学生生活。毎日が同じように始まり同じように過ぎてゆく。一年はつまらないまま、なんの楽しみもないまま過ぎてゆく。そうして、いつの間にか卒業を迎えてゆくのだ。そんな学校生活にならされた生徒たち。
普通だったら(だるい)とか(めんどくさい)とか声が上がりそうな事でも、どこかわくわくするのはなぜだろう。
生徒の眼差しに光が見えていた。
「以上!解散!」
がやがやが始まって生徒が各教室に戻ってゆく。
来る時までのがやがやよりも浮かれているように見える。
熊五郎は体育館から出ながら古典の先生の須田にウィンクをする。
「わかってる、わかってる」
嬉しそうに頷く須田先生。
手には白い紙を握りしめている。そしてそれを投票箱に入れた。
「くまちゃん~~須田せんせぇとラブラブだよねぇ~~」
美奈香が口をとがらせてほほを膨らませる。
「当たり前だろが!好き勝手に場所書かれても行けるとこと行けないとことあるでしょ?」
「一応、他の場所も書かれていれば検討するんだから正当だと思うけどね」
翔と陽介が口々に言いながら美奈香を見る。
「じゃ~あたし、ディズニーランドって書こうかなぁ~」
先を歩いている熊五郎が大きな声で言う。
「いいんじゃないの?」
風は五月のからっとした乾いた空気を乗せて吹いてきた。
熊五郎が転校してきたのは四月の半ばだった。
来てからあれよあれよという間に、いろんな事が始まったもんだ。
心の中で思いながら空を仰いだ。