光の中で 敏也 15
敏也の想いでと家族の気持ちがよみがえる
風が木漏れ日を乗せて吹いてくる。
もう夏みたいだな。
敏也は学校に行く道を歩きながら、胸が踊っている自分に少し恥ずかしいような気持ちを抱いた。
朝の日差しは夏を思わせて、歩くと汗ばんだ身体がいつもの自分と違う気さえする。
お日様の香りがするな。
どこか懐かしくて少しだけ悲しい。
まだ、梅雨も来ないのに夏みたいだ。
こんなに晴れているのにまた、もう少しすると雨の毎日がやってくるのかな。
学校が見えてきた。
「とっしちゃ~ん、おっはよ~~」
今日は前髪を天辺で結んでおでこを出し、両耳の横から束ねたくりんくりんの髪を弾ませた美奈香。
隣には熊五郎と高松翔がこちらに向かって手を振る。
「よっ!」
「お前、元気な顔してんじゃん!」
敏也の顔を覗き込んで派手なロゴのティーシャツ、翔が笑う。
背の高い熊が敏也を見下ろして、口元をにっと引き上げる。
「ほんとだ、心配して損したわ」
教室に入ると、メガネがインテリみたいで大人っぽい新城陽介が声をかける。
「敏也君はもう元通りの顔になりましたね」
翔が肩をすくめる。
「頭突きの敏也って呼んでもいいぜ~、な!」
お腹をよじって笑う美奈香が突然、思い出したように
「みなか、としちゃんちまた行ってもいい~~?としちゃんのママ気に入っちゃったもんね~~」
熊が美奈香をはたく真似をする。
「おめぇ~、菓子食いたいだけだろが!」
「やっだ~~、熊ちゃんそんな訳、あ、あるかも?」
陽介が笑う。
「スウィーツ、食べ放題ってね、女子には受けるかもね。これから、女子がたくさん来るよ、君んち」
熊がポツリとつぶやくように言った。
「あの後、大丈夫だったか?」
その一言で敏也は昨日の夜に引き戻された。
昨晩、母はおやすみを言いに敏也の部屋をのぞいた。
「としちゃん、母さん一緒に生きて行ってもいいのかしらね」
情けないくらいに、縮こまっているみたいだった。
何を気にしているのかな。
僕は母さんと一緒じゃなくちゃいやだって、答えたのに。
振り向いた敏也の目に映った母の顔は、不安で押しつぶされそうに見える。
「母さん、何をやるのにも自信がないの。父さんはもう、わたしの事なんて忘れちゃったみたいだったものね」
忘れちゃった?
本当に父さんは、母さんを忘れちゃったのかな?
敏也は熊たちを送り出した時、玄関の下駄箱の上に置いてあった包みを思い出していた。
今さっき、自分の部屋で包みを開けて目頭が熱くなったから。
「母さん、父さんって昔っから照れ屋だったの。覚えてる?」
母は遠い昔を思い出すように目を細めて、首を傾げた。
小さい頃、敏也はよく父に聞いた事があった。
(パパはママの事好き?)
(パパは僕の事大好き?)
いつでも、父はう~んとうなって空を見上げる。
そして、必ずこう言った。
(好きだけど、ちゃんとママに言ってあげられないんだよな)
(敏也の事は大好きにきまってるよ、ママと同じくらいね)
敏也は笑いながら言う。
(僕はママもパパも大好き!言えるよ僕、好きだって言えるよ!)
僕が受験に体調不良で落ちた時、母さんはすべてを自分のせいだと言って嘆いたんだ。
はしかにかかったのは、母さんのせいなんかじゃないのに。
あの時から僕は東大に入るって決心したし、父さんも母さんもそれが目的の生活になって行ったんだ。
母さんはその為に一生懸命塾の先生と話たり、健康管理の本や料理の研究が始まった。
そうして、どんどん僕の家は暗く沈んでいった。
父さんは忙しい仕事にかこつけて、家に帰らなくなった。
もしかしたら。
もしかして、僕らはまだ昔に戻れるんじゃないのかな。
「父さん、こんなもの置いていったよ」
包みの中には、可愛らしい四角い箱が入っていた。
箱のふたを開けると、懐かしさで涙がこぼれた。
「それ」
母が驚くように、覗き込んだ。
「そう、小さい頃僕が大好きだった」
箱の中には、まん丸のソフトボールみたいなパイが入っていた。
黄金色に焼けたパイ生地は、香ばしい匂いを振りまいた。
そこには懐かしい笑い声と匂い、そして、たくさんの家族の会話が耳に聞こえているみたいだった。
「りんご?」
母はまつげを伏せて、何かを思い出しているみたいだ。
「そう、このパイ、丸ごとリンゴが入ったパイだよ」
珍しいこの菓子は、芯をくりぬいたリンゴを丸ごとパイに包んで焼いた物だ。
甘くて香り良く、サクッとして柔らかくてジューシー。
パパが知ってる特別の店でしか手に入らないりんごパイ。
幸せがたくさん詰まっている、大好きなりんごパイ。
敏也は朝日に背中を押されているような気がしていた。
「これからの事って、敏也にかかってんじゃねぇの?」
熊五郎の声が、頭の中で膨らんでいた。
次話 6月14日 1時 アップします




