事件
いよいよ事件です。
お願いします。
02
翌朝大雪の中、ことはらさんが言った通り朝早く……生徒玄関解放ちょうどの七時半を少し過ぎた三十五分ごろに学校へ向かった僕を出迎えてくれたのはクラスメイトの奥川俊の叫び声だった。
長い一本の廊下の端から叫びながら走り、その曲がり角で僕とぶつかりそうになる姿はシュールだった。しかしそれですますわけにはいかない。
「どうした奥川。」
「みっ…宮間先生が、し………んでる」
「は?」
「宮間先生が、殺されてる」
…………は?
「は?こ、殺されてるだって? 」
彼の取り乱しようから嘘ではないとわかる。
「お、奥川は先生を呼んできてくれ。僕も確認しに行く。」
「あ、ああ。わかった。」
泣きそうな顔で頷き、彼は走っていった。
僕も全力疾走で廊下の一番端の、僕たちのクラスに駆け込む。
「……」
壮絶な光景だった。
教室のドアを開けたら目の前に飛び込んできたのは、吊るされた先生だった。
その胸には赤い花が咲いている。
「これは……」
扉を開けたら一番初めに目に飛び込む位置、ちょうど扉の反対側の窓に宮間先生はぶら下がっていた。首から縄が出ており、その縄のもう片方の端はハンガーのようなものにくくりつけられ、そのハンガーのようなものは窓の桟にかかっていた。
「…………」
少しだけ教室を徘徊する。
花瓶が倒れていて、掃除箱があいていた。おそらく宮間先生が毎朝やっている教室清掃を行っている途中に殺されたのだろう。
窓はすべて鍵がかかっていた。あいていたのは教室の前の扉…出入り口だけ。きっと、雪がすごいので宮間先生も窓を開けなかったのだろうが、しかし。
「これ、密室殺人というやつじゃないのか? 」
普通に考えたら、犯人は奥川である。
七時半より前に学校に入れる生徒はおらず、おそらく奥川が一番乗り、そして僕が二番手だっただろう。
「しかしあの奥川の焦り様からして、あいつが犯人だとは思えないんだよな……」
可能性としては、ほかの先生が殺した。
「だけれど、ほかの先生って、この時間何人くらいいるんだ? まだ七時四十分だぞ…」
と僕は学ランのポケットから携帯電話を取り出し時間を確認する。
七時四十分? 僕がここに来てからすでに五分がたっている、だって?
「先生、遅くないか? 」
ここから職員室まで走れば往復で三分くらいのはずだ。
なぜだ。
「み、宮間…先生。」
教室の扉があいた。
「は、早く警察に電話を!」
見ると、奥川のほかに先生が三人いた。
田所先生、福山先生、小島先生だった。
「く、久我山、お前も早くそこから出てこい。」
「は、はい。」
僕の名を呼び、教室から出させた小島先生の体にはうっすらと雪が積もっていた。今来たのだろうか。
奥川は言うまでもなく、三人の先生もそれぞれ半狂乱になっている。
特に女性の田所先生は大変で、いつもはクールなのにとても取り乱していた。
二分ほどたち、全員が静かになる。
「……小島先生。」
「なんですか、福山先生。」
「本日は雪のため、休校にしませんか。」
福山先生が告げる。
「わかりました、手配します。」
そういって、小島先生は消える。そして五分ほどたったのちに帰ってきた。
「連絡網を回しました。それと、生徒玄関を閉鎖し、貼り紙もしておきました。もう今日ここにこれ以上生徒がくることはありません。」
よっぽどのモノ好きでない限り、こんな大雪の日に七時半から来る生徒などいない。奥川はたまたまだろう。
そして僕は。…………僕は?
「ことはら…さん? 」
「どうした久我山。」
「あ、いえ、なにもないです。」
ことはらさんは今日ここで何が起きるのか知っていたのか? 僕は彼に朝早くに行けと言われなかったら、雪で休校ラッキー程度にしかこの事件にかかわれなかっただろう。
そう考えてみたら面白い点がいくつもある。
僕が昨日ことはらさんに告げた自作小説のプロット。確か、主人公の友人が死体を発見するが、状況を調べていくうちに、犯行を行うことができるのは第一発見者の友人だけということがわかる。そして主人公が、状況を覆していく話だった。
酷似している。
つまり、僕が主人公で、奥川を救え、ということなのか?
ことはらさんが何者かはわからないが、僕のやるべきことはわかった。
小説家志望の血が騒いできた。
「先生。」僕は気になっていることを尋ねる。
「なんだ? 」
「今この学校にいる先生って、あなたたち三人だけですか? 」
「あ、ああそうだ。小島先生なんてついさっき来られて。」
「なるほど、わかりました。警察には連絡しましたか? 」
「今からする。えーと、久我山。なんでお前はそんなに落ち着いているんだ。」
「目の前からヒステリーを起こしている奥川が走ってきたんです。ある程度の心構えはできたんで。」
「そうか……もうここには入るな。」
「はい。」
僕は考える。先生は三人だけ、小島先生は今さっき来た。
「ところで田所先生。」
「なにかしら? 」
「ちょっと気を紛らわさせてください。すごい雪ですね。」
「そうね。数年に一度の大雪らしいわよ。車走らすのも大変だったわ。」
「そうそう、僕はね、今日もいつも通り駅から歩こうとしていたんだけど心が折れてね。あれは歩けるものじゃない。普段は駅から十五分でここにつくけど、今日だったら三十分はかかったんじゃないかな。まったく、僕以外の先生はみんな車かバイクだから、うらやましいよ…そこに田所先生の車が通りかかってきたから乗せてもらったんだよ。車も全然進まなかったけどね……」
「それから学校までずっと一緒でしたか? 」
二人は顔を合わせる。
「そうよ。車からここまでずっと一緒にいたわ。もしかして久我山君、先生が犯人じゃないか、って疑っているの? その気持ちはわからなくないけど……それはないと思うわ。先生と福山先生のアリバイ、っていうんだっけ?現場不在証明はできるわ。」
そのようである。
今、この学校にいるのはおそらくここにいる五人と死んだ宮間先生だけ。
頭を冷やすために廊下の窓を開ける。横にスライドするだけで簡単に開いた。
「見事に積もっているなあ。」
廊下の窓からは中庭につながっており、そこは真っ白な更地だった。一面の銀世界、というのはこういうことを言うのだろう。
「どう考えても、奥川が犯人なんだよな……」
しかしそう考えても不自然な点がいくつかある。
考えろ。何が不自然で何が自然だ?
「まず一つ。犯行を行うことができるのは、状況的に見て奥川だけ。いや、待て。肝心なことを確認し忘れていた。奥川。」
僕は下を向いて黙りこくっている奥川に声をかけた。
「お前がここに来たとき、鍵はどうなっていた? 」
「か、鍵は、しまっていたよ。いつもは宮間先生が開けているからおかしいとは思ったんだけど、俺が職員室に取りに行った。」
「その時職員室には誰がいた? 」
「田所先生と福山先生。」
「なるほど……えーと、田所先生。誰が生徒玄関を解放したんですか? 」
「私たちが来た時間が七時二十五分くらいだったから、ふたりで開けにいったわ。」
つまり現場は本格的に密室だということだ。
鍵を開けたのは奥川。窓もすべてしまっていたから、犯人はどこからも出て行けない。
「現場からわかること、犯人は奥川以外ありえない。」
そう結論付けてみたが、それだと話が進まない。
「あ、でも久我山。」と、田所先生が僕に話しかける。
「私たちの職員玄関は既にあいていたわ。」
な、なんだと。
「ということは、この学校内に僕たち五人以外で犯人がまだいる可能性は全然あるというのか? 」
「いや、久我山。そこは普通に宮間先生が職員玄関を開けた、ということでいいんじゃないか? 」
福山先生に言われる。その通りだった。
若干頭がこんがらがってきた。少し状況を整理しよう。
「七時二十五分より前、宮間先生が学校に到着、職員玄関を解放。」
「七時二十五分、田所先生と福山先生が学校に到着。生徒玄関を解放する。」
「そしておそらくそれと同時刻に宮間先生が何者かに殺害される。」
「七時三十分頃、奥川が学校に到着。死体を発見する。」
「七時三十五分ごろ、絶叫しながら廊下を走ってくる奥川と僕が出会う。」
「そして小島先生も学校に到着。」
「七時四十分、五人がここに集まり、警察に連絡、生徒に休校連絡を回した。」
時系列を並べ替え、整理するとこのようになる。
「次は現場の状況整理だ。」
僕は考える。
「この高校には五人の人間がいる。車などの交通手段が田所先生の車以外に停まっていないことから、ほぼ確実にそうと言える。徒歩でここまでくる先生は福山先生以外にいないから。」
まあ百パーセントではないが。
「奥川が教室のカギを開けると、目の前にあの光景が広がった。その教室はどの窓もすべて鍵がかかっており、密室と呼ばれる状態だった。」
ダメだ、今のままでは犯人は奥川になってしまう。
「そして、宮間先生は、胸をナイフで一突きされ、窓につるし上げられた。確かに花瓶は倒れていたが、しかし争った形跡がほとんどないことから後ろから近付いてほぼ一撃で殺したんだと思われる。」
ここで生じる疑問はひとつ。どうして殺した後につるし上げる、などといった余計な行為を行ったのか。
「現場の状況整理はこのくらいか。」
「警察、あと十五分はかかるって。それまで高校に誰も入れないでください、誰も高校から出ないでください、ですって。」
田所先生が告げる。
あと十五分か。僕が自由に動けるのも。
きっとこのままだと奥川が犯人になってしまう。しかしこれが昨日、僕がことはらさんに話した通りの事件ならば、きっと犯人は奥川ではないはずだ。
うん。このまま犯人が奥川だと面白くないよな。
「考えろ。思考しろ。頭を止めるな。何かある。何か抜け道があるはずだ。」
奥川以外に犯行ができると実証する方法が。
ありがとうございました。
次でおしまいです。




