所詮、抱きつくための毛布にしか過ぎない(3)
「…。」
わかっている。
真っ黒に塗りつぶされたこの女の目を見れば、こいつは結局自分すら見ていないことを。
こいつは、虚空を、ないしは彼岸を見ている。
本当に求めている女は、もう此岸にはいないから。
こうやって必死にすがりつくのも、しょせんは…絡まる何かがなければ、ぐずぐずと砕けていってしまうから、それだけだ。
本当は誰だっていいんだろう?
無様な。
「ラグナを守る」「ラグナのため」とか言いながらまとわりついてくる、鬱陶しい女。
誰だっていいんだろう、結局は、
自分がもたれかかれるモノなら、何でも。
「…。」
「あ、っ、」
びくっ、と、背中に這わされた指の感覚に、身体が跳ねる。
すっ、と、伸ばされた腕が、細い少女をすっぽりと包み込む。
寄る辺ない娘の身体を抱きしめ、ラグナは自分の身体の熱を、あたたかい肌の感覚を分け与えてやる。
その愛情の入り交じらない、機械的で冷淡な抱擁。
それでも少女は、安堵に頬をゆるめ、なおも身体をすり寄せてくる。
「…。」
舌打ちしたいほどの不快感が湧いてきたが、かろうじてそれは耐えた。
くったりと全身の力を抜き、全身全霊でラグナに絡みつくエルレーン。
「…らぐなぁ」
甘ったるい声で名前を呼ばれても、無視した。
そうして、しばらく、無音。
アパートの小さく区切られた空間は、奇妙に静かで。
その中に、立ち尽くしている。
一人の青年が。
中途半端な存在を、その腕の中に抱えて。
「…。」
どのくらいの間、そうしていたのだろう。
胸元のそれは、じっと目を閉じて静かに安らっているようだった。
…もう、慈悲をくれてやるのも、十分だろう。
「…。」
エルレーンにしなだれかかられたまま、ベッドに歩み寄る。
右腕を伸ばし、上掛けと毛布をひっぺがえし。
「…。」
「ふぁ、っ」
そうして、それをベッドの上に放り出した。
それが腑抜けた甘い声を漏らしたが、無視した。
「…今の貴様は、私が始末するにも値しない」
見下す自分の顔は、おそらく完全に無感情なのだろう。
自分の喉から漏れる罵倒が、その言葉のとげとげしさとは相反して淡々としている。
実感しながら、ラグナは続けた。
「その情けない面をこれ以上私に見せるな。…落ち着いたら、出て行け」
最後に、そう言い放って。
ばさり、と、毛布を奴の頭の上からかぶせた。
それの顔など、もう見ていたくもなかったから。
驚いたのか、何事かそのかたまりはもにゅもにゅと呟いていたが…やがて、ぐるり、と、幼虫のように身を丸める。
そして、ラグナの匂いのする柔らかい毛布に身体ごとすっぽりくるみ込み、エルレーンは何も言わなくなった。
「…。」
ちっ、と。
苛立ちがあふれ、今度は舌打ちを押さえられなかった。
ほらな、思った通り…だ。
ただの毛布と、変わらない反応。
自分は、この女にとって、ただの毛布に過ぎないのだ。
そのことがやけに腹立たしく。
これ以上それと同じ空間にいることに耐えかねた青年は、ばたん、と外へ出て行った…
扉の鍵も、閉めないで。