褒めることしか出来ない無能が嫌いだ
「褒めることしか出来ない無能が嫌いだ」
先輩にそう言われて私は頭を抱える。
また始まった。
きっと、とても嫌な事があったのだろう。
付き合いはぼちぼち二年ほどだろうか。
それでも確実に言えることがある。
つまり、先輩にとって褒めるという行為全般が地雷と化しているのだ。
自身が障害を持っていると話してくれたことがある。
そのせいで人よりも遥かに物覚えが悪く、学校ではいつも置いてきぼりだったと。
思考が遅い。
声を出すのが遅い。
動き出すのだって遅い。
――挙句に馬鹿にされたことに気づくのにだって。
幸か不幸か、先輩は障害はあれど人並みの生活が送れる程度の能力はあった。
努力をすればだが。
その過程で先輩は優しい人に幾人にも会ってきたことだろう。
学びや動きが遅いのを辛抱強く待ち続け、どうにか達成できたら共に喜んでくれる。
そして口にされるのだ。
『すごいすごい! 出来たじゃないか!』
その一言がまた傷つける。
出来て当然のことを苦労する自分が惨めで仕方ないのに、そこでさらに赤子をあやすように褒められることがより自分を惨めにさせるのだとそう語っていた。
そんな惨めさが嫌で嫌で仕方なく、褒められる度に馬鹿にするなと言わんばかりに無口となって独りで籠りきり二度と馬鹿にされないよう勉学に励む。
つまり、この人は褒められることを極端に嫌うのだ。
「出来て当然。そんなことを何故褒めるんだ」
皮肉なことに先輩は心からそう思っている。
励み続けた勉学の成果が今や人類の最先端を行っていると言うのに。
おまけにこの状態になってしまってはこちらが何を言っても聞きはしない。
「コーヒーでもいかがですか。少し休憩をしましょう」
返事を待たずにコーヒーを入れる。
二人分。
先輩のは砂糖とミルクを入れて。
「馬鹿にしやがって」
先輩の相手を必要としていない小言を聞きながら。
私は自分が天才と褒められ、自惚れ、世界を変えるのだと息巻いていた事を思い出す。
――いつか先輩に言える日が来るだろうか?
自分より遥かに劣る後輩である私が『世間的には』天才と呼ばれていたことを。
教えを請い続け、どうにかこうにか先輩のフォローが出来る私こそが天才だと呼ばれていたことを。
努力は天才を超えはしない。
これは持論だ。
何せ、天才だって努力をするのだから。
――だが、執念は努力だって天才だって超えてしまう。
少なくとも私はそう思う。
「苦いな」
先輩に持っていく前に自分のコーヒーを一口啜る。
腹立たしいこの苦みを先輩は私よりずっと詳しく知っている。
それが不愉快で仕方ない。
だけど、今は。
「コーヒーが入りましたよ」
先輩をなだめることにしよう。




