第8話 possession<ポゼッション>
「初めての学校はどうだった?」
下校途中、太地は月人に話しかける。
『内容は俺には簡単というか、わかっていることだからなぁ。そりゃつまんね〜よ』
「まぁ、セカンドブレインにとって授業は簡単過ぎることだよね」
『でもあの教室の雰囲気は気に入ったぜ。まさに「学校」って感じだったな』
少し嬉しくなる太地。
(……ん? ひょっとして……)
「AIがもつそういった知識もシンクロ率が高ければ共有できるの? アイドルからローダーへ。」
『う〜ん。太地が何を考えているかはよくわかるけど……まず、その質問に対する答えは「イエス」だ。だが、たとえできるようになったとしても、学校のそれはやめておけ。わかるだろ?』
「……ですよね……はい。」
残念がる太地。
『ただ、自然と知識が頭に入ってしまったらそれは仕方ない。その時は自分がより天才になったと思えばいいさ。』
太地の学業の成績はかなり優秀だ。体育は中の中くらいのいわゆる普通程度。しかし他の科目はトップの成績だった。
天才科学者六条勝規の血を引いているだけのことはある。
『太地は将来何になりたいとか、何がしたいとかあるのか?』
軽快に歩いていた太地の足がピタッと止まる。笑顔が無くなり、真剣な表情を浮かべて月人に言う。
「……高校を卒業したら、父さんを探す。前から決めていたことで……」
意を決して太地は話を切り出した。
これまで月人に話すのを意識して避けていた重要な事を。
「月人……、父さんは……六条勝規は生きているの? 月人は何か知ってる?」
……
月人は視線を逸らさずに太地に一言返す。
『……お前の父さんは生きている』
時間が止まったかのような感覚……アイドルから出た一言。
それは他のどの人間が話すそれより信頼できると思えた。
ホッとした太地は安堵の笑みを浮かべる。
「そっか……よかった……」
『ただ、あくまで予想だ。事故で突然ポックリとか可能性を考え始めたらキリがねぇからな。俺が言っているのは、太地の父さんは失踪したのであって、殺されていなくなったということではないという意味な』
『特にセカンドブレインからの情報規制もないし、現時点ではっきりわかっている事を話してやるよ』
「うん。助かるよ」
『六条勝規は自身で開発したこの特殊生成AI 【セカンドブレイン】が誰かに悪用される事を恐れていた。もともと目的があって太地に託す事を決めていたが、襲撃されて奪われるリスクもあった。まぁ、お前の父さんはその「誰か」っていうのもある程度わかっているみたいだったから対処方法はあったみたいだけど。アイドルの俺はそれについての詳細を知らない。』
月人の話を集中して聞く太地。
『一つ問題だったのは「17歳以上のBloody Codeを読み込まないとアイドルが生成できない」という事実だった。それがセカンドブレインがアイドルを生み出す条件。だから太地が17歳になるまで秘密裏に研究を重ねていたが、危険を察知してお前が7歳になる直前に行方をくらませるしか方法がなかった……』
「誰かに襲われるリスク……やはりどこかの組織に……」
「どうして17歳なんだろう?」
『いや〜詳しいことは情報規制されているから答えられない』
「そうだよね。簡単に模倣品が作られても困るしね」
『とにかく、お前の父さんを探すことは俺も興味があるし、できる限り手伝ってやるよ!公務員とか花屋とかが将来の夢だって言われたら、どうしようかと思ったぜ!
俺の存在が全く役に立たないからな』
「アハハ。そうだね。確かに!」
「そうなると……探偵とかになるの?」
『いや、特に職業決めなくていいんじゃね? 偏見だろうけど、探偵って浮気調査しかイメージないぞ』
(それは偏見すぎるだろ……)
『!!』
月人の表情が真顔になる。
『……太地、あの建物の道路脇で人が絡まれているぞ。多分小柄の女の子だ。相手は男三人だな。赤い制服の高校生だな……』
「え? そんなことわかるの?」
『まあな。もうすぐお前もできると思うぞ。それよりどうする? 助けに行くか?』
「え? 僕が? ……ちょっと面倒だな。」
『…… 』
「行ったところで三人相手じゃ助けられないし。なんとかしてあげたいけど……」
ブツブツぼやく太地。
正義感が強くない。腰抜けではないが、面倒くさがり。月人が嫌いなタイプが右目に映っている。
そしてアナウンスが響く。
『シンクロ率が18%になりました』
「なんで! 数値下がってるんですけど! 」
『太地……、今後のことを考えるとこれはいい訓練だ。行くぞ!』
「へ? あれ……うわっ!」
太地の身体が宙に浮く。
『ちょっと俺に任せろ』
月人が太地の襟を持って軽く引っ張る。太地の体は猛烈な速度で風をきって路地裏へ。息もできないほどの向かい風が太地の顔面を襲う。
「ウグァー」
『はい、到着と』
ドスン! 投げ落とされる太地。
「ちくしょ〜覚えてろよ!月人!」
『ケケケッ』
嬉しそうな月人。そして目の前の赤い制服の男たちがこっちを見ている。
「おい! お前、青三高だよな。今取り込み中だからどっかいけ」
典型的な「モブA」って感じだ。
「こっちは今、大事な話し合いの最中なんだよ。消えろ!」
モブBが吠える。
「そうだそうだ!俺たちの――」
「あなた達は万引きをしたのですわ! よくないことだからお店に返して謝るべきなのですわ! 話し合いなんかしていないのですわ! これは『注意』なのですわ!」
モブCのセリフをかき消すように、奥に凛とした姿勢で挑んでいる女の子が独特な言いまわしで訴える。 もはや「のですわ」しか頭に入ってこない太地。
「やかましいぞ、チビ! 黙ってろ! 蹴り飛ばすぞ!」
「ワタクシはチビではないのですわ! あなた達は早くお店に戻って盗んだ物を返すのですわ!」
「えっと、お前ら万引きはダメだろ。早く戻してこいって。 多分許してもらえるからさ」
……仕方なく割って入る太地。
「アァぁぁ? なんだとぉ?」
イキるモブたち。腹を抱えて転がって笑う月人。腰に手を当てて仁王立ちしている女子。 唯一このカオスな状況が全て見えている太地はドン引きしている。
近寄ってきたモブBが太地に殴りかかる。
「オラァ! どっか消えろ!」
それを不恰好だがうまくかわす太地。以外に喧嘩慣れしているのか?軽く驚く月人。
更に、いかにもモブキャラっぽいパンチとキックも何とか避ける太地。
『やるね〜』
「いやいや、この状況どう収めるの? やりあうしかないの?」
『いや、いい方法がある』
『ちょっと借りるぜ、太地』
ニヤリと笑みを浮かべる月人。
フワリと太地に重なるように位置を移動する。
『possession (憑依)』
ブワっと太地の意識が一瞬飛ぶ。何かが入って自分が押し出されるような不思議な気分だ。まるで自分が幽体離脱しているかのような……
丸くて穏やかな太地の目がキリッと鋭く輝く。 直毛で重い頑固な髪もふわふわ浮いてなびいている。制服の裾もヒラヒラとめくれ上がって……
「おい、三馬鹿。早くかかってこい」
『ん?僕が喋ってる? あれ? この口調……』
「なんだとコラァ!」
モブAが襲いかかる。
太地がスッとモブAの身体に右手をかざす。触れたかどうかくらいの距離感でモブAの身体が急に真後ろへ吹っ飛んで建物外壁にぶち当たる。
バーーン!
路地裏によくありそうなゴミ捨て場によくありそうな吹っ飛び方で突っ込んで、ゴミまみれになって気絶するモブA。
『よくある漫画のワンシーン……ギャグみたいだ……』
違うところで感心する太地。
「お、お、男が吹っ飛んだのですわ! すごいのですわ!」
ちびっこ女子がキラキラしている。
「……」
顎が外れそうなくらい、口をあんぐり開けている赤い制服のモブ達。
「おい……吹っ飛んだぞ……」
ビビるモブBとCに別人格の太地が一言。
「カスが。早く消えろ」
「お、おぼえてろよ〜」
Aを抱えて逃げていくモブ達。これは何かのフラグが立った様な気がすると不安になる太地(本人)だった。
「そろそろやべぇな……うっ、ぐっ、はぁ〜〜!」
太地と月人が元の関係に戻る。
『こりゃヤベェな。かなりダルさが残っちまった』
「いや、お前何言って––」
ガクンと太地の膝が折れる。
(重い……何だこの身体は……さっきと全然違うぞ。動かせない)
「うぬおおおおお〜」
頑張って立ち上がって帰ろうとする太地。フワフワ浮いて寝ている月人。
「おい!これどうなってんだよ!」
『後で説明するって。ま、とりあえず、帰って飯食べようぜ〜』
(クッソ〜。わけがわからなくて悔しい……)
「何をブツブツ一人で喋っているのですわ?」
「あ……君まだいたの」
「私はずっとここにいたのですわ! 失礼しちゃうのですわ」
「あ、ごめんごめん。 じゃぁ、お家には帰れるよね? 気をつけてね。
あまり正義感に駆られて無謀なことしないほうがいいと思うよ」
とにかく帰りたい太地。
「あなたさっきの人と違う人みたいなのですわ」
(やばっ……僕もどうしたらいいかわからんし)
「あれはなんですの? 人が触れるだけで吹っ飛びましたわ! 魔術なのですわ!」
(……助けなければよかった)
「じゃぁ、僕はこれで……」
帰ろうとする太地の裾を引っ張るチビッコ女子。
「助けてくれてありがとうなのですわ! お礼をさせて欲しいのですわ!」
「いや……お礼とか別にいらないのですわ……」
「私は権田クルミですわ。よろしくなのですわ! あなたのお名前を教えて欲しいのですわ」
「いや……本当にお礼とかいいから。もう大丈夫なら早くおうちに帰ったほうが……」
表の通りに出たところで一台のリムジンが猛スピードで突っ込んできて急ブレーキで太地の目の前で停車した。車体が長〜いストレッチリムジンだ。
『なんだなんだ?』
月人が起き上がる。
ガチャ! バタン!
扉が開く。
黒のタキシードを着た如何にも執事という風貌の年配男性が権田クルミのもとへ駆け寄る。
「クルミお嬢様!」
「おお!爺や!来てくれたのか」
「お嬢様ご無事ですか? お怪我は?」
(このご時世にまだいたのか……貴族令嬢)
「大丈夫なのですわ。怪我もありませんわ」
「突然いなくなられて、探しましたぞ」
「申し訳なかったのですわ」
「危ないところをこちらの紳士が助けてくださったのですわ」
「こちら……と言いますと……」
「イヤですわ、この方ですわ」
権田クルミが振り向いて右手を差し出す。
しかし、その先には誰もいなかった……




