第59話 様々な『黒』
ファシリティ stellaに到着し、社員食堂で昼食をとることにした小松部長と太地。想像はしていたがやはり広い。
カフェラウンジ的な空間と隣り合っていて、正面にはガラス張りの奥にひらけた中庭が広がっている。まさに憩いの場所といった雰囲気だ。
「ここのとんかつ定食がうまいんだよなぁ! メニューも豊富だし、いやぁほんと最高だわ。 おい、太地。奢ってやるから好きなの食え」
「ありがとうございます! じゃぁ、僕はチキン南蛮定食で!」
『太地! カニクリームコロッケも頼む!』
「なんだ? 月人も味わかるのか? どういうことだ?」
『太地とのシンクロ率が高いとそれだけ俺にも感覚が正確に伝わってくるぜ。感覚共有をカットすることもできるから、死ぬほどやばいダメージを太地が負ったときは共有しなければいいってことよ!』
「おい! なんだよそれ〜」
「ハハハ! そりゃいいなぁ〜」
窓側に座って食事しながら小松部長が語り始める。
「お前に一つ伝えておくわ。さっきの羽生のオッサンの話の続きなんだが、お前の父さんが俺に言ってたことだ」
真剣な表情で頷く太地。
「太地、お前『色相環』って知っているか?」
「はい。マンセル色相環とか12色相環とかの円形状に色を配置して体系化したものですよね?」
「あぁ、そうだ。俺はその辺り詳しくねぇから、六条から聞いた話をそのままお前に伝えるぜ」
そういうと小松部長は5秒ほど何かを考えてからまた話し出した。
「色相環の中心には何の色が当てはまると思う?」
まるでクイズを出す様なノリで太地に問う。太地も一瞬迷ったが、冷静に回答する。
「黒、ですかね……」
「そう、正解だ。ただ、黒っていう色は一色じゃねぇってのが重要なんだ」
(え? 黒が一つの色ではない? どういうことだ?)
疑問に思う太地の表情を見て話を続ける小松部長。
「つまり……黒って言ってもそこには様々な『黒』があるって話だ」
『……』
「 例えば色の三原色の青色、赤色、黄色を混ぜたら黒ができるし、補色関係にあるマゼンタと緑を混ぜても黒ができるよな?」
「そうですね。要は色相環の中心を通る直線上の二色、もし三色混ぜるならそれぞれの色を結んだ三角形の中心が色相環の中心と重なれば黒ができるってことですね」
「そうだ。そして、今話した二種類の『黒』はそれぞれ違う色彩が混ざった『黒』なんだ。ちょっと青みがかっている黒とか、ちょっと暗い黒とか……って感じだな。」
『あぁ、つまり構成された色彩によって表現される黒にも特徴が出るってことだな』
「そういうことだ」
頷く小松部長。
「そして、人間が持つBloody Codeもそれと同じ様なものだと六条は言っていた」
「それって、赤っぽい黒を持つ人、青っぽい黒を持つ人がいるってことですか?」
「あぁ、そうなんだが……ちょっと待て……もう少しあいつは何か説明していたような……」
小松部長が必死で記憶の引き出しを開けて、太地のために何かを取り出そうとしている。
「その『黒』つまり『Bloody Code』がどれくらいの種類の色を混ぜて作った黒なのかでその質というか、能力が変わるってことだ。そして『本当の黒』ってのは、全ての色を混ぜてできたものだと言っていたな……そしてそれがDeep Amazo-nightなんだってアイツが嬉しそうに話していたぞ 」
「……なるほど。そうか。多分、父さんの意図は理解できたと思います。 」
『 今更だが……セカンドブレインにも無い情報だわ。「Deep Amazo-night」ってワードは。名前があるなんて俺は知らなかった。本当に小松のおっちゃん、羽生のおっちゃんと太地の父親が、会話の中でのみ明かした貴重な情報なんだろうな』
小松部長も頷いている。トンカツを食べながら。
「これは僕の予想だけど、Bloody Codeに含まれている要素(ここで言う色)、その種類が多い人間は究極的にはロードした時に、漆黒の黒に近いアイドルを創り出せるってことだと思うんだ」
『つまり、最強のアイドルの俺様ってことだな?』
「……」
「自分で最強とかよく言うよな〜。まぁ、実際そうなんだが」
最後の一切れのトンカツを口に入れる小松部長。
『まぁ、要するに太地のBloody Codeが何色もの色が混ぜられた黒だってことだろ? でもって、その太地がディープアマゾナイトから作られたエンドサーフェイスを使ってロードした場合、その黒に含まれる全ての色の特徴を引き出せるようにアイドル(俺様)が出来上がるってことだな』
「よくよく思い出してみると、月人を始めてロードしたときもものすごい色彩がぶっ飛ぶように光を解き放っていた気がする。僕も家の壁に吹っ飛ばされてたからそれどころではなかったけど」
大笑いする月人と苦笑いする太地。
「そして、探索課のローダーにも渡されているってことはそれぞれのBloody Codeの特徴にマッチしたアイドルが創り出されるってことだね。
つまり、他のエンドサーフェイスを使っている場合はそのローダーの能力をうまく引き出せるとは限らないってことか」
「そういうこった。実際に機動課のエンドサーフェイスはDeep Amazo-nightで製造されたわけじゃねえからな」
「どうして、父さんは探索課にだけ、Deep Amazo-night製のものを渡したんですか? 同じGSDなのに、機動課は違うんですね」
「それは……六条と機動課部長の獅子王郡司と、ウマが合わなかったからだろうなぁ。あと、大量生産できるものじゃねーから、今太地が持っているのが最後だ」
太地のそれを指差して笑う小松部長。太地もその重みを徐々に理解する。
「GSDに来たらお前に渡せって言われてたから、研究課で保管していたんだ。10年もの間、ずっとな。そしてそれだけの月日が経ってもGSDの技術は六条勝規の過去に追いつくことができねえ。今後もGSDでは作れねえよ。」
話を何となく締めたところで、お茶を飲む小松部長。
「ほんじゃ、まぁ、執務室に戻って太地と月人の新しい相棒のお披露目と行いくか! もう時間は随分経過したから問題ねえしな!」
『おう!』
「了解です!」
「「「ごちそうさまでした」」」
* * *
「今戻ったぞ〜」
執務室に戻ってきた太地たち。
探索課のメンバーが全員集まっていた。
「小松部長、無事に終わりましたか?」
「おう! 順調だ」
宝生が確認し、部長が返事をする。それに合わせて四人のローダーの視線が太地へ向けられる。
「あっ、もしかして天月さんの右手の指輪ってエンドサーフェイスですか?」
太地が真っ先に見に入ったものが天月千鶴の指輪だった。全員が首に掛けているわけではないようだ。
「そうです……気になりますか?」
「……あ、いえ……なんかすみません」
「……」
「太地! 俺はこのヘアバンドのおでこ部分に埋め込んでるっス! かっこいいっしょ?」
沢田トンボが割って入ってくる。何となく助かる太地。
「おぉ、確かに! こういうこともできるんですね」
「太地君のは……首輪? イカついチェーンがついてるね」
高杉壮一郎が笑いながら太地をいじる。
「「「ププッ……」」」
天月も片瀬片奈も笑いを堪えられない。ツボにハマったみたいだ。
「ブァ~ハッハッハ! それいいなぁ!」
部長の大爆笑をきっかけにみんなが大笑いする。
「ぶ、部長そんなに笑うと失礼ですから……ププッ」
『ププッ。太地……いいじゃね〜か……その「首輪」! プッ……ブハッ! ダメだ〜耐えられね〜ハハハ〜』
「た、高杉さん! ヒドイ! このチェーンは後で換えるんですよ! 今は志の輔さんから仮でこれをつけているだけで……」
「ごめん、ごめん。 今日のチェーンもなかなかイカしてると思うよ」
「そうだぜ、明日は数珠をつける予定だもんな? ププッ」
小松部長がくだらない追い討ちをかける。17歳の年頃の太地にとってこのイジリは堪える。ここまで恥ずかしい思いをしたのは初めてだ。黒般若の一撃よりも辛い。
止まらない……笑いの連鎖が止まらない。太地から説明されればされるほど、ツボにハマっていく探索課だった。
* * *
気を取り直して執務室を離れトレーニングルームへ来た。探索課全員が興味津々で見守る。
「よ〜し。太地〜、思い切りやっていいぞ! 広いし壊れないから安心しろ!」
太地から距離をとって見守る探索課。そう、太地のBloody Codeの力でどんなアイドルが生み出されるか想像できないのだ。巨大なもの、破壊的な何かを想像する小松部長。手に汗をかいているのがわかる。
「了解しました! それでは始めます!」
「月人、僕と一緒にこれ握って声をかけてくれないか? 僕らの相棒だから」
『……いいぜ』
二人で首輪のエンドサーフェイスをグッと握る。そして一言声を発する。
「「ロード!」」
その瞬間、Deep Amazo-nightがまばゆい光を解き放つ。ものすごい光と様々な色彩がブワッと舞う風と共に空間全体に広がっていく。
「うわ〜なんだこれ! すげ〜っスよ!」
「ちょっ、これじゃ、眩しくて何にも見えないわ」
「風で吹っ飛びそう!」
《フロースキャニング開始》
(……なんか懐かしいなぁ。あの時と同じだ……)
暴風、暴《《輝》》、暴《《彩》》で荒れるトレーニングルーム。その中心にいて、むしろ落ち着いている太地。この状況を楽しんでいるようだ。月人も同じ表情で太地の側で見守っている。
《……10%……20%……40%……》
聞こえてくるあのアナウンス。耳からというよりもその斜め前方的な位置から。
《……60%……70%……80%……》
光も風もそして色もゆっくりとおさまっていく。そして太地を中心に不透明な煙が緩やかに舞う。
《100% スキャニング完了》
《セカンドブレインとのリンク完了》
『ッ!! 何か感じるぜ!太地』
「あぁ、そうみたいだね」
「太地! 大丈夫か〜」
「六条さん、生きてますか?」
部長たちも少しだけ、心配しているようだ。
「私たちの時ってこんなに激しくなかった。ものすごく強い生命力を感じるわ」
片瀬が感心している。隣にいる天月が頷いている。
煙が徐々に薄れていく。次第に見え始める太地と月人のシルエット。そして新たに生み出された『あれ』が、ついに姿を現した。
「ワン!」
小さな子犬がオスワリして尻尾を振っていた。




