第47話 GSDへ
「すみません。せっかくみなさんと楽しくお話できればと思って招待させていただいたのに、話題が暗くなってしまいましたね」
涙を拭いて笑顔で振る舞うアズマ都知事。
「いえ、むしろワタクシは都知事からこのお話を聞けてよかったと思いますわ」
「そうだね。僕も無事に助けることができてよかったと改めて思えましたし」
二人の笑顔に安堵する都知事。そこからしばらく三人でテーブルを囲んで穏やかな時間を過ごす。ハンモックで昼寝しているクルミは起きる気配が全くない。
そして都知事がお茶を淹れながら口を開く。
「お二人はGSDをご存知ですよね」
『……』
「「……はい」」
深く頷く太地と成美。そして都知事が話を続ける。
「単刀直入にお聞きします。六条太地さん、GSDへ入る気持ちはありませんか?」
『そう来たか……』
月人の反応に戸惑う太地。
『いや、深い意味はない。もちろん好きなように答えて大丈夫だぜ』
「わかった」
決意した太地が都知事の目を見て返答する。
「実はGSDへの関心はありました。チャンスがもしあればと考えています」
頷きながら都知事が言う。
「わかりました」
太地の返答に複雑な表情を見せる権田成美が何かを吹っ切るように話に加わる。
「アズマ都知事。ワタクシ権田成美もGSDへの就職を希望しますわ!」
「「えっ⁈」」
驚く太地と月人と微笑んでいるが冷静な都知事。
「権田さん、GSDは大変な危険を伴う特務機関です。そこはご理解いただいた上でのお話ですか?」
都知事の質問にゆっくりと自分の考えを伝える権田成美。
「今回の色祭りでの一件、ワタクシは……許せません。観客をはじめ、参加した選手や六条さんや都知事を巻き込んだテロリストに対して、そして何もできなかったワタクシ自身に対しても……絶対に許せないのですわ」
黙って成美の話を聞く都知事と太地。
「ワタクシは卒業後は大学へ進学予定でしたわ。ですが、今回の一件であまりにも無力だったワタクシ自身のことや、あんな危険な存在のNFNFが野放しになっていることを見て見ぬ振りして、無関係であるかのような顔して進学の道へ進むなんて考えられないのですわ!」
「だから……アズマミヤコ都知事。どうかこのワタクシ権田成美にも、GSDへの入隊を認めていただけないでしょうか? お願いします!」
『ですわをつけてない。思うままの……お嬢の今の気持ちなんだろうな』
「……」
『太地、お前フォローしてやれよ。前にも言ったがお嬢はローダーになる素質があるぜ。きっとお前の助けにもなってくれるはずだ』
月人が他人に興味を示したことに驚く太地。勿論、太地も同じ考えではあるのだが、危険なことに権田成美を巻き込みたいとは思えないという感情があることも事実だった。
複雑な感情を一旦リセットするかのように、落ち着いた表情で都知事に掛け合う太地。
「アズマ都知事、成美先輩にはローダーの素質があります」
驚いた表情を見せた後、微笑む都知事。
「なるほど……それは貴重な人材ですね」
成美は話を理解できていない。太地に説明を求めるが笑顔ではぐらかされる。
「わかりました。それではお二人をGSDへ入隊できるように都知事推薦として書類を提出しておきますね。後日またご連絡を差し上げます」
* * *
「成美先輩、本当によかったんですか?」
帰りの道中、リムジンの中で太地が成美に問いかける。
「何がですわ?」
「先輩ご自身の意思はいいとして、ご両親とかは反対されませんか?」
「その点に関しては問題ありませんわ。もうすでにワタクシの意思は伝えておりましたの」
『なんだ。じゃぁもうお嬢の中では一択だったんだな……根性あるよな……』
頷きながら月人が褒める。
「そういえば……都知事は特例で家族に話をしていいと言っていましたね。本当はGSDは国家機密だからダメらしいけど。まぁ、すでに権田財閥にはバレてるから気にすることではないのか……」
「ワタクシには考えがあるのですわ」
「考え……と言いますと?」
「権田財閥でジスドの支部を設置できるように上層部と掛け合いますわ!」
『こいつ無茶苦茶だな〜 お嬢まじで好きだわ〜』
月人が喜んでいる。太地はびっくりしてはいるが、冷静に考えるとGSD
にとっても悪い話ではないようにも聞こえる。
「それは楽しみですね。朗報をお待ちしています!」
* * *
――ガチャ
「ただいま〜」
「おかえり〜。ご飯もうすぐできるよ!」
早紀子が夕飯の準備をしている。リビングのソファーに座ってぼんやりする太地。壁いっぱいに重なっていたハイボールの箱の山が、いつの間にか三分の一ほど減っている。
(すごいスピードで消費している……)
「できたよ!」
テーブルに座る太地の前に早紀子特製魚介たっぷりパエリアが出される。
「うまそ〜!」
「いや、だから美味いんだって!」
「「「いただきます!」」」
「魚介と炭酸水がやばいくらいに相性バッチリだなぁ。いくらでも食べられるわ〜」
プシュ〜!!
早速ハイボールの一缶目を開ける早紀子。
「ウメ〜!」
ガツガツ無言で食べる太地。少し落ち着いたタイミングで早紀子が話をする。
「太地今日退院したんだよね? 傷の方はもう大丈夫なの?」
「そうだね。歩くことは問題ないね。走るのは一週間くらい様子見てからかな。今日、都庁に行ったけど、特に痛みはなかったよ」
「都庁に? あんなところに何しに行ったの?」
「えっと、色祭りの賞与があって、それで行ってきた。後、都知事とゆっくり話をしてたよ」
「ヘェ〜、あのアンドロイドの都知事とね〜。 ん? 賞与?」
「うん。優勝チームは賞金一億円だって。五人で分けることになったよ」
サラッと話す太地。金額の大きさに動じないのはそれほどお金に執着がないからだろう。
「……い、い、一億円……」
スプーンを落とす早紀子。
「あ、いや、僕には2000万円だよ。あ、そうそう。僕がMVPに選ばれて、それで賞金2000万円だって。だから合計4000万円……ん? 母さん?」
プルプル震えている早紀子。ハイボールの缶を一旦テーブルに置く。
「よ、よ、4000万……」
『……なんかフリーズしてるな。おい、太地、そこのエビ食べてくれよ!』
「わかった。皮むくからちょっと待って」
パクパク食べる太地たちの前で気絶寸前の早紀子。
「……4000万円……ハッ!!」
「あぶね〜、落ちるところだった! よくやった! 太地」
再びハイボールの缶を握りしめる。
「うおぉ〜乾杯だ〜〜!」
今日ほど笑顔が弾ける母親を見たことは無いと思う太地であった。
落ち着いた後、太地は早紀子に今後のことを相談する。
「母さん、僕は政府特務機関に就職しようと思ってるんだ。どういう機関か今度案内してもらえるから、それで決めようと思っていて」
「特務機関なんて聞いたことないね……まぁ、お父さんを探すのに適してる場所ってことなんでしょ?」
「実はそうなんだ。おそらくだけどね。色々と情報が入りそうかなって」
3缶目のハイボールを飲みながら早紀子が微笑む。
「あんたが思うようにやってみなよ! ダメだったらやめたらいいしさ!」
「探偵やるとか言い出しそうでどうしようかと思ってたけど、まぁなんでもやってみたらいいんじゃない?」
ハッとする太地。爆笑する月人。
『本当になんでもわかるんだな……母親って』
「あ、あとね、来週飛び級の学力試験を受けて学年を1学年あげて3年生になる予定。そこから青一高に特別編入することになりそうなんだ。都知事の方から特例として手配してくれることになって」
「どうしたの急に。遠いから面倒臭いな〜みたいな顔してたじゃない」
己の堕落さに反省する太地。親にここまでバレているとは。
「いや……実は政府特務機関に就職するには第一高校を卒業しないとダメでさ。仕方がないから苦渋の決断ってやつです」
「なるほどね。 だったらついでに第一高校に行ったあと、特別試験受けて卒業しちゃいなよ」
「へ? どういうこと?」
「どうせ、ろくに学校も行かずに何かする予定なんでしょ? だったら先に試験受けて学力証明してから自由に動いたほうが良くない?って思ったわけよ。面倒だ〜って言って学校行かずに出席率で落とされるリスク高そうじゃない太地。ハハハ!」
(笑いながらズバリ言い当ててそうで恐いなぁ)
『いや〜母親はなんでもわかるんだなぁ〜。感心するぜ』
「うん。正直恥ずかしいけど、物凄くいいアイデアだと思う。今度都知事に相談しよう。編入後に青一高の卒業試験を受けさせてもらおう!」
「いや〜それにしてもすごいね〜太地! 編入資金とか自分で稼いじゃったよ〜。さすが我が息子だ!」
ご機嫌にプシュッと4缶目を開ける音が部屋中に響き渡った気がした。




