第2話 リングの秘密
17歳の誕生日に受け取った父親からの謎のメッセージ。母親には17歳になってから見せないと意味がないと伝えていたそうだ。
紙には【Bloody Code】という言葉が書き記されている。そしてその脇に謎のメッセージも添えられている。
「道で切り拓け」
「小松栄一」
(たったこれだけ……)
父親失踪の唯一の手掛かりとなり得るメッセージが謎過ぎて困る。念のために母親にも確認したが、この文字は紛れもない父さんの筆跡だと断言している。
「お父さん、字がすごくヘタッピだったからすぐわかるのよ」
家族だからか、説得力はすごくある。
ちなみに我が父、勝規は書道の筆は初段で鉛筆は一級を持っているらしい。どうでもいいがそこも謎だ。何故字がこんなにヘタなんだろう。
「この、小松栄一って人は誰か知ってる?」
「う〜ん、渋沢栄一なら知ってるけどね。お父さんの知り合いかな」
(なるほど。得られた情報が全部謎だった場合、どうすればいいんだろう)
* * *
誕生日から一週間が過ぎたが特に何も起こらない。まぁ、当たり前だが。
あれからブレスレットとしてずっと左手首につけているのだが、特に色や形の変化は無し。水に濡れても何も変わらなかった。
何かの刺激で音声メッセージが流れる仕掛けかもと、期待していたがそういうものではないらしい。
一応、この一週間は就寝時も入浴時も付けたままだった。そこから考えるにこのリングを身に付けている時間によって何かが発動するという仕掛けではないようだ。
いや、そもそも何も起こらないただの黒いリング説も否めない。
(時間の無駄か。)
自称天才科学者という父親像にかなり引っ張られた思考になっていることに気づいた太地は改めて部屋に戻って謎メッセージを見てみることにした。
改めて状況を整理してみる。
10年前に失踪した父さんがその直前に母さんに渡した黒いケース。
17歳になったら渡すように指示。
黒ケースの中身は漆黒のリング。
隠すように黒ケースの二重底に詰め込まれたクシャクシャの紙きれ。
紙きれには三つのメモが書かれていた。
【Bloody Code】 【道で切り拓け】 【小松栄一】
(大体こんな感じかな。メッセージを3つに分けるべきか、あるいは2つかもしれない。例えば、道で切り拓けと小松さんが話しているのかもしれない。
これに関して母さんは何もわからないと言っていた。あの時の表情は僕と同じ様な『意味不明』という感じだったし、おそらく嘘はついていないだろう)
「ブラッディコードってなんだろう……」
太地はその言葉の意味を考えてみる。左手首に付けていた漆黒のリングを無意識のうちにふれながら。
「血の暗号? もしくはもっと単純に血のコードかな。」
右手で優しく撫でながら様々な思考を巡らすが、当然ながらその間リングは一向に反応がない。
太地の興味は次のキーワードへと移る。
「道で切り拓け……」
(……クラーク博士の名言でも意識したのかな。ここまでくると父さんのいろいろなセンスを疑うよ。黒のケース、二重底の仕掛けやメモの内容まで……なんていうか、見せ方がダサいよなぁ。)
「一番の《《手がかり》》かもしれないのは小松栄一さんだ。」
(間違いなく探す必要がある。父さんが残したメッセージに書かれた人物だから父さんと近い年齢層かそれより上の人、研究所の同僚や上司辺りかな?
とにかく、キーパーソンであることに変わりはない。東京都内に住んでくれていたら嬉しいけど。moogle 検索してもそれっぽい小松さんが引っかからないからちょっと考えないとなぁ。)
太地はもう一度、道について考えてみる。
「そもそもなんで道『で』切り拓けなんだろう。道『を』ならわかるんだけど。」
太地の疑問がさらに深まっていく。
「あと、どうして開くではなくて拓くなんだろう。
何か新しいことへ挑戦しなさいという意味とか……」
相変わらず、漆黒のリングを無意識で撫でる太地。
ブツブツと独り言を言っていることに本人は気づいていない。
「道。道で、何をひらく」
「道。道路で切りひらく?」
「あ!」
「道具の道か!道具を使って前に進めってことなのか⁉︎」
「道具って、このリングのこと?」
「いや、だからどうやって使うんだよ!」
人生で初めて自分自身にツッコミを入れる。
「やっぱり、道具でもないのか……」
あまりにも手掛かりが無さ過ぎる。
父親が残したお粗末過ぎるB級ミステリーを前に途方に暮れる太地。
一旦頭をリセットするために部屋を出る。階段を降りてキッチンへ。
冷蔵庫から炭酸水を取り出し、プシュッと蓋を開ける。オープンキッチンから見える広めのリビングダイニングでテレビを観ながらくつろぐ母親をぼんやり眺めながらゆっくりと喉越しを楽しむ。
(やっぱり自分もビールかハイボールにハマるだろうなぁ)
バラエティー番組を観て笑いながら早紀子が美味そうにハイボールを飲んでいる。
母子家庭とはいえ、六条家はそれなりにいい暮らしをしている。
太地は詳しく知らないが、これも父親の研究成果なのか、両親の実家が裕福だったのか、そういった理由だろうと勝手に思っている。
以前、早紀子が珍しく生ビールを飲みながら、父方の家系である六条家は由緒正しい家柄だったと話していたことを太地はふと思い出す。
(やっぱり気になってはいるのかな)
実は太地は両親の実家に行ったことがない。両親からは「もう縁を切ったから」とだけ説明されていて、詳しい事情は知らされていなかった。
当時は『あ〜そうなんだね』としか思わなかったが、中学、高校と周囲の状況がわかるにつれて、自分の家が特殊だという事に気が付く。
(ただでさえ親戚がいないのに、父さんまで居なくなって。)
心地よかった喉越しが急に過敏にしみわたる。
構わずグッと飲み切ってしまう。何かを振り払うかのように。
(よし。リセットした)
再び自分の部屋へ。
ふと、冷静に考えてみる。
(何故、父さんは直接母さんに必要なことを全て伝えなかったのか。
それは十中八九、父さんの研究内容を母さんが知ることで事件に巻き込まれるリスクが高いと考えたからだろう。しかしながら頼れる人が母さんしかいなかった?
確かに実家とは絶縁しているし。父さんの性格的に友人がいないなんてことは考えられない。でもメモに有った小松さんではなくて《《母さん》》に渡したということは……)
「どうしても僕だけにあのリングとメッセージを渡したかったということか?」
(あと、何故こんな中途半端な仕掛けを施したんだ?
おそらく敵対する何らかの組織から秘密を隠すために仕掛けたミスリード?
もしくはリングを奪われて、メッセージを発見されても構わないように?
だったら最初から隠さずに見せればいいでしょ……)
父さんが失踪した際に警察は何回か自宅を訪れて母さんに事情聴取をしていたし、何度か父さんの書斎にも立ち入っていた。
仮に、テレビでよくある悪の組織の諜報員が警察にも潜り込んで、我が家を調査していた的な状況だとしたら?
きっと黒いケースもリングも見つかっているはずだ。
(妄想が過ぎるかもしれないが、あながち間違ってもいないような気もする)
真実は当然今ここに出てきやしない。
しかしながら徐々に霧が晴れそうな予感がする。
まるで、頭の中で描いたパズルのピースが一部分だけ組み上がっていき、少し絵柄が見えてくるような手応え……
「……! 木を隠すなら森の中ということか!」
六条家はお金持ちとは違うが、少し広めのシンプルモダンな現代住宅だ。
そこに違和感がないように高級感のある合成皮革のケースを選ぶことで空間の雰囲気に悪目立ちすることなくとけ込める。
更に父親自身の書斎ではなく母親に持たせたのは、きっと母親早紀子の性格を考えてのことだ。
訳のわからない映えない黒のリングを突然渡されても貴重品とは思えないだろう。ましてやその数日後に失踪するなんて想像もしないだろうし。
預かった当初は適当に寝室の化粧品とアクセサリーが乱雑に置かれた化粧台の上に新しい仲間同然に放置していたに違いない。
その状況で警察(組織)の人間がリングを見つけても、黒一色で魅力を感じない『単なるダサいブレスレット』としかみられず、回収されずに済むと踏んだからではないだろうか。
そもそも、最も怪しい書斎を中心に捜索していただろうし。
つまり、組織(すでに太地の中では存在確定)も父親勝規が残したモノがどのような形か知らなかったということだ。
そして興味がない黒のケースの二重底の秘密を早紀子が懸命に解こうとは思わないし、組織もそこまでじっくりと全ての小物をチェックできない。
そう勝規は考えたのではないだろうか。
「ただ、息子の僕にはどうしても発見してもらう必要があったからそこまで難解ではない仕掛けを用意した。という感じかな」
そう考えると、用意されたあの雑過ぎるB級ミステリーにも納得がいく。
……考え過ぎか。
それから一時間ほど経過する。
「あ〜、疲れた」
どすんと倒れ込むようにベッドに寝転がる太地。絵に描いたような大の字スタイルだ。
(考え過ぎて疲れた)
現在太地は思考50%、睡魔50%という割合だ。
改めて、残されたメッセージ 『道で切り拓け』 を深掘しようとしていた。
だが、とうとう睡魔80%となってしまった。
もはや掘ることができない。
「ほんと、道ってなんだよ」
左手首につけたリングを見てぼやく太地。
「道……、みち……」
……
「ミチ……、michi」
(……英語……)
「……road」
ボソッと呟いた。
その瞬間、太地の言葉に反応し、漆黒のリングがまばゆい光を解き放つ。
「え! 何⁉︎」
逆光で目がくらむ太地。
ブカブカのゆるいブレスレット役だったリングは、風船がしぼむように縮小し始めて、太地の左手首にしっかりとフィットする。
「え、まじで?」
目の前で展開される状況に追いつけない。
もはや『フィット』などではない。
まるで吸盤で手首全体を吸い付くかの様な圧力を感じる。しかしながら吸着のそれとも違い、何か融合するかの様な不思議な感覚を太地は覚える。
《エンドサーフェイス装着完了》
(何?この声はどこから……)
リングから解き放たれていた光が瞬時に消え、リング全体をやさしい光が適度に包み込む。
《フロースキャニング開始》
「え、誰? スキャン?」
《……20%……45%……60%》
太地に聞こえてくるアナウンス。耳からというよりもその斜め前方的な位置から。いや奇妙な表現になるが聞こえるよりも感じるが正しいかもしれない。
骨伝達に近いそれは、身体の内側から直接太地の脳に伝わる様な感覚であった。
《……85%……90%……95%……》
《100%スキャニング完了》
《セカンドブレイン起動》
リングから光が溢れ出し、呆然とする太地の目の前に一人の人間(いや宇宙人?)が宙に浮かんだ姿で現れた。
「……す、睡魔0%」
それが太地のファーストリアクションだった。
拙い文章ですが、お読みいただきありがとうございました。
主人公の太地とその相棒が繰り広げる物語を一緒に楽しんでいただけると嬉しいです!
評価や感想をいただけると嬉しいです。




