第17話 青川区立第一高等学校
9月25日 ――お昼休み――
いつものように屋上の庇の下でお弁当を食べる太地。心なしか影が伸びてきたように感じる。太地が最も好きな季節、秋がもうすぐやってくる。
『うへ〜。あっちいなぁ〜』
気分をぶち壊す月人。
「そもそも暑さとかそこまで感じないだろ?」
『イヤイヤ、なんとなくって大事だろ? 俺も少しは感じるぜ』
「ふう〜ん」
「初めて会った時は神秘的で、なんか格好いいなぁと思ったんだけどなぁ……」
間抜け面でダルそうにしている月人をぼんやりと見つめる太地……
(……ん?)
「そういえばさ…… 月人の『記号髪の毛』と『左手』はどこに行ったの?」
『ん? 俺の髪の毛ってなんだ?』
そう。今の月人はあの日の夜に現れた月人とは違って、何か要素が欠けていた。
ゴールドのチェーンと懐中時計眼帯に囲われた左頭部はあの時と同じようにゴッソリ欠けている。しかし、その中に現れていたブラックホールのような漆黒と、美しい高密度な星の集合体がぼんやりと霞んで見えている。
その表面をレースカーテンのように優しく覆っていたエメラルドグリーンに光って動いていたデジタルレイン(太地いわく『記号髪の毛』)も、今の月人には現れていないのだ。
当然、左肩に巻かれたデジタルレインも見えない。まぁ、左腕はもともと無かったが、当時確かに有った『手袋をはめた左手』も見当たらない。
不思議そうな顔で月人を眺める太地。
お弁当はいつの間にか完食している。
『お前……ひょっとして今気付いたの?』
「え? あ……うん」
「なんか……いろんな意味で、さっぱりしたね」
『さっぱりしたねってお前な……』
呆れる月人。
『でも、その理由はもう想像ついてるだろ?』
「そうだね。おそらくBloody Code のシンクロ率辺りが関係してるんでしょ?」
『そうだな。要するに太地がもっと強く、格好良く、素敵な男になったら、俺も元の姿になるってわけだ』
月人がお返しとばかりに太地をいじる。
悔しそうな表情を見せる太地。いつも以上にニヤリと笑う、上から目線の月人。ケタケタ笑っている。
「……三日月人」
太地がボソっと呟く……
『なっ! なんだとっ!』
顔を赤らめて悔しそうにする月人。一本取られたという思いと恥ずかしさの感情が同時に溢れ出る。
「ごめんね〜。僕が弱くてダサい男だから……君もこんな風になっちゃって……」
珍しく太地がニヤリと笑っている。だんだんと性格が似てくるのだろうか。
「だからお前……しばらく三日月人な」
『……くそ……ふざけんじゃね〜ぞ、このポンコツ直毛が……』
悔しそうな月人。笑い転げる太地。
くだらない話で盛り上がる二人の仲の良さ、それは親友のそれに当たるのだろうか……アイドルとローダーにおいても?
周りの人間には見えない微笑ましい光景は、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴るその瞬間まで続いた。
* * *
キーンコーンカーンコーン……
午後の最後の授業が終わりを告げる。
太地が下校準備を始める。ふと窓の外を見下ろし、何かを見つける。
「あ……」
あの見覚えある胴長リムジンが校門を突破して、二年生校舎入り口前まで突っ込んできた。
『……いちいちやる事が派手だな』
――ガラガラ!
教室の扉が開く。
「「失礼しますですわ!」」
『……またあのコンビかよ』
権田成美クルミ姉妹が太地の方へズカズカと歩み寄ってくる。
「御機嫌ようですわ! 六条太地さん」
「ですわ!」
かぶせるクルミ。
「あ、あの……おかげさまで。え〜と、成美先輩もクルミちゃんもお元気そうで」
「今日という日をワタクシず〜〜〜っと、待ち侘びていたのですわ!」
「ですわ!」
周囲がざわめく。
「ねぇ……六条君何したの?」
「なんで第一高エースの権田成美と知り合いなんだ?」
「この前も拉致されていたよね……」
「付き合ってるとか?」
……
誤解が誤解を生み、それが増幅して噂になっていく……世の常だ。
「わざわざ迎えに来て頂かなくても、こちらから第一高に行く予定でしたよ」
「六条太地は青川区の英雄になるかもしれない男。お迎えに上がるのが当然ですわ」
「ですわ〜」
騒つく二年二組。クルミが満足そうだ。
呆れて何も言えない太地。
「とりあえず、行きましょうか」
この場から早く離れたい太地。
「おい太地、後でちゃんと説明しろよな」
片桐慶太がニヤついている。
「あ……はい……」
* * *
リムジンに乗って適当な席に座る太地。こんなに広いとどこに座っていいかわからない。
(何回乗っても慣れないな……)
第一高へと向かう道中で権田成美が口を開く。
「準備はできましたの?」
珍しくクルミが黙って太地を見つめている。
「成美先輩をガッカリさせることはないと思います」
自信に満ちた太地の表情を見て、期待値がさらに上がる成美だった。
『むしろ、相手に怪我させないようにコントロールしないとな……』
月人が別の心配をする。
(確かに……)
そしてリムジンは青一高の校門前に到着した。
権田成美に案内されて構内を移動する太地。ものすごい多くの視線を感じる。
『なんか、熱い視線を感じるな。嫌な意味で』
「そうだね。第一高だしね……部外者が来るなってことかな」
『でも制服ほぼ同じだろ? 部外者ってすぐわかるのか?』
「みんな、まずこの校章を見るんだよ」
太地は制服の胸に貼られた校章をそっと指差す。「Ⅲ」と表記されている。
『なるほどな。エンブレムで第三高校ってわかるのか』
「あとはその青三高の僕がなぜか青一高エリートの権田成美と歩いているからね。そこに腹を立てているんじゃないかな」
その太地の読みは正解だった。
権田成美は青一高のカリスマ的存在なのだ。
『しょうもね〜な〜。ほんとくだらね〜』
「まぁ、僕にはどうでもいいことだけどね。そういうの、気にならないし」
いつもの太地だ。特に緊張しているようにも見えない。
権田成美が足を止めて太地の方へ振り返る。
「着きましたわ!」
太地が見上げる。目の前には巨大なドーム建築がそびえ立っていた。
「……青一高総合体育館……(本日午後、権田成美が貸切)」
「……生徒個人が借りれるものだったっけ?……体育館って」




