第117話 黒鬼般若との戦い
「う、うーん……あ、あれ? ここは……」
「GGスタリオンの医療室の中ですわ」
目が覚めた太地はまだ状況を把握できていない。月人も六太もいない。部屋にいるのは片瀬片奈と権田成美と太地の三人だけだ。
「あれ……確か栃木県庁を守った後……あ! 今、何時ですか⁈」
「……13時よ」
「な!!! やばい、次の犯行予告まで21分しかないじゃないですか!」
「いいから落ち着くのですわ!」
成美チョップが太地の脳天を直撃し、多少冷静になった太地が状況を確認する。
現在、高杉、天月、トンボの三人はまだ富士吉田市に滞在し、NFNFの拠点を探っている。犯行予告の13:21で狙われる水戸市役所は片瀬たちで防衛し、県庁が狙われた場合は諦めるという小松部長の判断だった。
太地もその判断が正しいとすぐに理解はできた。六太も月人も万全ではないこの状況で、次の大砲を弾き返す手段など……
「そもそも、筑波山が邪魔して富士山からは茨城県庁まで射線通らないんじゃない?」
片奈が悪くない考察をする。
「いや、通りますね。県庁展望台から天気がいいときは富士山見えますってウェブに……」
「あらら。残念。じゃあ、頭撃ち抜かれるわね。」
「笑えない冗談ですね。でも何にもできないか……」
『多分、大砲はねぇよ』
月人がエンドサーフェイスから出てきた。
「おいおい、大丈夫なのか?」
『まぁ、それなりにって感じだな。ポメ公はダメそうだな』
「うん、犬小屋で寝てるよ」
そして緊急でGGスタリオン内ミーティングが行われる。
『さっきも言ったが、おそらく光のビックリ大砲はもうねぇよ。宍土が限界みたいだからな』
「確かに高杉さんたちもそう言っていましたわ。倒れたって」
『あれだけのエネルギー使う大技を3回打ちやがった時点でもう化け物だけどな。兎に角、大砲が来ないとなると襲撃手段は一つしかねぇよな』
「黒鬼部隊で直接攻めてくるってことだね」
『あぁ、茨城県庁と水戸市役所を同時にな』
「この二箇所は少し距離があるのですわ。どちらかに合流するっていうのはちょっと厳しそうですわ」
月人もお嬢の考えに同意している。さて、どう分けるかだが……太地たちにとって黒鬼の力を判断できる要素が少なすぎた。色祭りの時に現れた黒鬼般若と、さっきまで大砲を打っていた黒鬼般若くらいだ。
『正直、今の俺たちでどちらも勝ちきることができるかどうか……』
月人も太地も万全ではない。そして、片奈と成美も普段は二人が組んで任務を遂行している訳ではない、言わば急造のペアだ。攻撃の呼吸を合わせるのが難しい。
「分け方は簡単よ。私と成美ちゃんで市役所、月人と太地君で県庁。この一択でしょう。私たちもそれを見越して一応戦術とかも考えているから、ある程度なら問題ないわよ」
「ですわ! さっきの戦いでなんとなく片奈さんのタイミングとか攻撃スタイルを理解できましたし、頑張りますわ!」
『おぉ、いいねぇ! じゃぁ、それで決まりだな』
* * *
12月23日 13:21— 水戸市役所北側駐車場
片奈と成美の前に一人の黒い能面【般若】が現れた。ゆっくりと歩いて近づいてくる。剣や槍などの武器は持っていない。そして二人を前にして立ち止まる。
『我、NFNF黒鬼十番隊隊長、原田左之助だ』
「GSD探索課の片瀬片奈」
「同じくGSD探索課の権田成美ですわ」
(この黒鬼、相当強いわ……)
一方、県庁では……
「月人……来たよ」
県庁南側のロータリー上部円形広場にポツンと黒い影が現れた。
『そんじゃ、俺たちも行くか』
屋上から飛び降りて地上に着地する太地たち。この高所からの飛び降りも、もはや日常になりつつある。
『一応聞くが、NFNFか?』
『……我、NFNF黒鬼九番隊隊長、鈴木三樹三郎だ』
『ほう、九番ってことはあっちは十番だな 』
雰囲気がこれまでの能面ローダーと違う。黒鬼は【般若】の強さしかいないのか。そして部下もいない……否、必要ないということなのか。
『いざ、参る!』
鈴木が迷うこと無く、太地に襲いかかる。それを予想していた太地も焦ることなく初手をかわして距離をとる。
『鎌鼬<風手刀>』
九番隊隊長のスキルは風属性のようだ。太地を狙って次々と斬撃を飛ばす。
避けきれない細かい斬撃が太地の両腕両足に小さな切り傷を増やしていく。致命傷を避けるために集中して避けてはいるが手刀の数が多すぎて対応しきれない。
たまらず太地がもっと距離をあける。
『鎌鼬<風一太刀>』
右腕を大きく振り下ろして斬撃を放つ。地面に一部めり込んで亀裂が入るほどの威力。しかし斬撃のスピードは衰えない。
『太地、それも避けろ! 受けるなよ』
「了解!」
避けた斬撃が県庁の外壁に。バシュッと音がして線状の切れ込みが入ってしまう。
「あ、やばい。避けると壊しちゃうな」
「possession both arms」
次々と太地に鎌鼬の太刀が飛んでくるが、それを両腕を使いながら丁寧に防ぐ。
そして徐々に鈴木に近づいていく。
一旦、距離を取ろうとバックステップを踏んだ鈴木の隙をついて、ライフルを腹部にぶち込む。
『いいねぇ、狙ってやがったな』
「何度も太刀を受けているから大分わかってきたよ。もう大丈夫だと思う」
『くそっ、なめるなよ! 鎌鼬<風一太刀>』
またしても、あいた距離を利用して大きく振りかぶり威力ある斬撃を放つ鈴木。しかし太地に避けるそぶりはない。迎撃するつもりだ。
「……ハンドスピア」
集中しながら小さな声で呟く。そして太地が右腕を鋭く打ち抜く。鈴木の放った斬撃の芯を突いた一撃はそのまま斬撃を貫き鈴木の胸元に直撃した。
『ガハァッ……』
そのまま倒れ込んで動かない九番隊隊長の鈴木。そして太地が放った右ストレートは拳を握らずに、先端一点に力を集中させるように指を伸ばした状態になっていた。
威力が落ちるが貫通力とスピードが増したかたちだ。
これはここ数日ずっと鋭さを極めようとトレーニングしていた成果であった。
『初の実戦だったな。まぁまぁってところか?』
「うん……結局斬撃を全部かき消せなかった。やはり打ち込む精度の問題だろうな。改善の余地はあるけど、悪くはないね」
鈴木の身体には小さな穴が空いていた。息はしていない。月人が自爆用の爆弾を回収し、鈴木を抱え用としたその時、鈴木の身体が徐々に透明になって消えていった。
『な! どういうことだ?』
「……まさか、この黒鬼般若は宍土がロードしたアイドルってことなんじゃ……」
『やばいかもな……急いで水戸市役所へ行くぞ!』




