第103話 重い空気
12月20日 10:00―― ファシリティterra 総司令執務室
「どうして僕たち不破総司令の個室に来てるの⁈ めっちゃ緊張するんだけど!」
『いや、俺に言われてもなぁ……』
太地と月人と小松部長が合成皮ではない高級ソファーに座っている。小松部長は背もたれを十分に活用してリラックスしている。この人はどこにいても緊張しないみたいだ。一方太地はベンチに座るかのような姿勢で緊張している。
「はい。コーヒーで良ければどうぞ」
そう言って、無垢材でできた洒落たローテーブルにカップに注がれたブラックコーヒーを置いてくれたのは不破総司令だ。
「あ、ありがとうございます……」
「あら、そんなに緊張しないで。くつろいでもらって構わないわ」
「太地、お前何をビクビクしてんだ。普通の中年女性と思って喋ればいいんだって」
「あなたはもう少し緊張しなさい。中年とは……本当に失礼しちゃうわ」
『今日は会議室じゃねえんだな』
小松部長から呼び出されてGSDへ来た太地たちは何も知らずに小松部長に連れてこられたわけだ。どうやら、他の課の部長は不参加なので、会議室ではなく、総司令一人が使っている執務室で話すことになったのだ。
会議室での印象とは違って、どこか優しい雰囲気も感じられる不破総司令が太地に話しかける。
「六条君、23日のテロの件であなたと月人君の意見を聞きたくて、今日は来てもらいました」
「と、言いますとどういったことについてでしょうか?」
「場所に関しては前回あなたが推理した箇所に絞っています。爆弾設置の回避目的で現在各標的地の自治体にGSDローダーを送り込みましたが、今の所、なんの報告もありません。爆弾は設置されていないようです」
『本当に、爆破だと思うかって話か?』
月人の問いに頷きながら、話を続ける不破司令。
「何か変な気がするのです。いまだに仕掛けてこないこともそうですし、今回から襲撃の方法を変えるという可能性もあると感じ始めています。そこで二人はこの点をどう考えているかを聞きたくて」
小松部長が黙ってコーヒーを一口飲む。
「不破総司令のお考えもすごくよくわかります。実は僕もそのことでずっと迷っています。正直、よくわからないんです。もしも爆弾を仕掛けるなら事前に誰かが来ると考えるのは当然ですから、今のGSDの対応は正しいと思います」
「えぇ。そうですね……」
「ただ、ここまで何回かテロを阻止されているにも関わらず、今回は七箇所でテロを起こすと宣言していますよね。これって、宍土将臣の自信を表しているようにも思えまして……」
「どういうこと? もう少し具体的に説明してもらえるかしら?」
「えぇっと……まず、GSDはここまで関東大一揆のテロ襲撃を数回死者ゼロで防ぎました。そのうち爆破を防いだこともあったわけです。これはNFNFからしたら、完全な敗北です。しかも二箇所連続で防がれたらそれはもう『この予告文が解読された』と考えてもいいくらいです。もしくは襲撃地同士の距離が近い場合は連続して防がれるリスクが出て来るわけです」
「まぁ、そうだな。一つ目の場所を防いで、次の爆破まで仮に2時間ほど残っていたら、それなりに周囲の都市を防げるわな」
『高杉号はめっちゃ速いし、お嬢のGGスタリオンもそれなりだからな』
「もっとNFNFにツッコミを入れるなら……七箇所もの場所を襲うということはそれだけ、襲撃地同士の距離が近くなりますよね。あの時計の短針と重ねて襲撃地を決めるルールだと、襲撃地は同じ半径の円の線上に、ある程度のっかる地域でないとダメという制限がかかりますからね。ランダムに七箇所ピックアップするのとはわけが違うはずなんです。なのにどうして七箇所も?」
「そして更にGSDの行動や対応の速さは宍土もわかっているはずです。それでもこの強気な一手というのは気になりますね」
『しかも千鶴のスキルを使っての索敵は正確だからな。このままじゃ、GSDに有利だと思っちまうよな……普通なら』
「宍土はわかっていて、この予告を出した。そしてそれは確かな自信からくるものだと言いたいのね」
そうですとはっきり答えるが、その後が出てこない。『一体何をするつもりなのか』ということだ。
「つまり太地はNFNF側の自信の理由が『爆破ではないテロで攻撃して、GSDを混乱させる』ことかもしれねえって考えてんだな?」
「そうですね。仮に爆破でも当日にNFNFローダーの身体にダイナマイトとか持たせて自爆テロを起こすとか……」
『頭が壊れたヤベェ発想だが、それをやるのがNFNFだよな。都庁倒壊の時もそうだったしな』
「何が問題かと言うと、各役所の所員に事前通達による当日のテロ回避がしにくいことだわ。NFNFのスパイがすでに役所の所員になりすましている可能性もあるし、そこで犯行予告文を解読した情報を聞かれたら、23日はそれこそ違う場所を狙ってくるかもしれない。何としても内密に事を進めないといけないことがつらいわね……」
「そこなんですよね。何年も前から普通に役所で働いているけれど、実はNFNFのローダーだって可能性は十分にあるでしょうし、役職に関わらず、情報開示は慎重に進めないといけませんし……ん?」
太地は月人を見て何かを思い出す。
「月人はさ、ローダーかローダーじゃないかを見極められるんだっけ? 以前そんな事を言っていたよね?」
『いや、ローダーになる資質があるかどうか、だな。お嬢と初めてあった青三高のときの話だろ?』
「なるほど。それだとちょっと絞りきれないなぁ」
『現地に行ってNFNFが潜んでいるかどうかを調べるなら千鶴が最適だぜ』
「でもスキルを使ったその時に、相手が何を考えているかで変わってくるよね? テロのこと考えていないと見つけられないっていうのはちょっと厳しい気がするな」
『確かにな……かと言って開示もしにくいとなると……』
「一応、職員のプロフィールは全て総務課の方で調べてもらったわ。でも特に何も出てこなかった。当たり前でしょうけれど、素性は完璧に隠れているわ」
「いっそのこと、各自治体に連絡して23日は休暇にするのはどうだ? あえて犯行予告は解けたって言っちまって、爆破なり、毒なり銃撃なりの死傷者がでるリスクをゼロにするって意味で」
小松部長も提案するが、太地が首を横に振る。
「事前に通達した結果、ランダムに別の場所の市役所を狙われたり、その都市の役所以外の場所を狙われたら厳しいです。ショッピングモールとか人が集まるところで何かされたら対応仕切れないですね……」
「せっかく場所を特定しているのに対策が出せないこの状況、本当に辛いですね」
「「「……」」」
一気に重たい空気になった。
「よーし! じゃぁ、太地! 明日までに何かいい案考えておけ」
「えぇ⁈ それは無茶ぶりですよ小松部長!」




