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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

天才英傑と天才殺人鬼なりの、さようならとこれからを

作者: 凡陽白雪

「あぁ、失礼する」


重々しい扉を開いて輝いた蝶番。面会室に蔓延る光へ木霊した、暢気な声色。

 その暢気な声へ返答するように、呆れの嘆息が同時に空間へ溢される。


「…お前、よくもまぁツラを合わせられるモンだ」


「僕と会えて嬉しいのはわかるが、興奮して暴れるなよ。銀灰杏クン」


「超嬉しくねぇわ、超帰れ、マジで」


余裕を孕んだ笑みを浮かべる黒髪と黒眼、色白の肌が特徴的な男───『水月柚』は扉の付近から離れ、行儀悪く前のめりに肘をついた体勢で椅子に座る。対面する形で互いの視線が交錯した。


「お互い命日がすぐそこまで迫ってるってのに暢気もいい所だ、本当にな」


「命日が近い者同士、仲良くするとしよう」


「超つまんねぇ奴のツラ拝んで死にたかねぇよ」


白髪と白眼、色黒の肌が特徴的な男───『銀灰杏』は心底嫌だと吐き捨てて、物憂げに現状整理を含めた確認の摺り合わせを行う。


「お前は俺の首を処刑台へ送る為だけに命をBET。お前も死ぬし、俺も死ぬ」


「あぁ、その認識で間違っていないな」


銀灰杏は月源帝国に突如として現れた歴代最悪の天才殺人鬼『災厄』として身柄を確保され、やがて処刑の運命にある身。


水月柚は月源帝国に存在する歴代最恐の天才英傑『理想を司る英傑』として『災厄』から帝国を護り抜き、代償としてその身へ宿る呪いにより蝕まれる運命にある身。


───お互いの死は既に、眼前にまで迫っている。


「せいぜい、長生きしたとしてもお前の命日はあと五日程度だろ?」


「そうだ」


「お前も狂ってるよなぁ。なーぁんで自分の死因にわざわざ会いにくるんだよ?」


「ふん、正確に言えば直接的な僕の死因とは違うだろう?キミは」


「うわ、ウゼェ。勝者気取りかよ」


「実際、勝負の勝者は僕だ」


水月は銀灰が原因で死ぬ人間ではあるが、銀灰に呪いをかけられていて死ぬ訳ではない。

 水月が死ぬ原因は、銀灰が所有する戦闘能力の厄介さにあった。


 銀灰の厄介さは魔法で形成された斧を振り回す高い戦闘能力もそうだが───何より、『災厄』と呼ばれる所以である"虚血の呪い"と名付けられた一撃必殺、"血の搾取"と名付けられた自己回復。これらが銀灰の強力な戦闘能力の中で鬼門だった。

 一撃必殺と吸血による回復手段を所有した銀灰と対峙する前から、水月は絶対的な対策として自らの身に"生ける屍の呪い"をかけた。呪いの内容とは、『不死身へと身体を変換する』というもの。本来は死んだ者、人ならざる者のみに使用される魔法であり、秩序厳守の為に禁止された禁忌の一つ。生きる人の身では呪いによる変化の負荷に耐えきれず、その身は最終的に腐敗し、朽ち果てるという死が確定されたものでもあるのだが────。

 身体を不死身に変換されて死までの猶予は必ず定められる呪いでもあり、体内に存在する血液量が絶無に等しくとも生ける屍として問題なく戦闘を続行できる、唯一の呪いでもあった。


その性質を最大限に利用した結果───銀灰杏の身柄確保は滞りなく完了。

『理想を司る英傑』、それも生ける屍としての不死身と血液量の絶無により銀灰の敗北は決定づけられた。


水月の犠牲を確定させることによって、銀灰杏の身柄を確保することができたのだ。


「勝者ね。んなもん、どこにも存在しないだろ。どっちも死ぬんだからな」


「存在する。少なくともキミという敗者が存在する以上、分かりづらくとも勝者は必ず存在するということだ。それが、僕ってだけのことだろう」


「…お前を勝者と言っていいものか、考えものだな」


「ならば、勝者らしい発言をするとしようか」


人差し指を銀灰へ導き、大仰な声色で声高らかに宣言する。死の運命を近い将来に定められた人間とは思えない、確かな芯があった。


「キミの敗因はただ一つ。頭の良さでも、戦闘能力の上下でもない。見誤ったんだ、人の覚悟というものをな」


「…あぁ、そうかよ。ご苦労なこった」


銀灰は後頭部を掻きながら強引な終止符を打ち、会話そのものを拒絶する。お互いの懸隔を形作る面会室の仕切りも、精神的な壁も退くことはなかった。

 水月は概念的な壁を越えることができず、眉尻を落とす。


「酷いな。キミの為だけに命まで捧げてやったというのに」


「死ぬことが怖いなら、大人しくしてれば良かっただろ?」


「いや。死ぬこと自体は怖くないな」


顔色を変えることも無く、飄々と言い放った相変わらずな英傑の姿に辟易した銀灰は、えずく動作を表現する。

 これがハッタリであればどれほど良かったのだろうか。残念ながら、こいつはこれが素だ。

 ───銀灰は頭を真剣に抱える。


「相変わらず人の皮被ったバケモンだな。超マジもんだ」


「キミも似たようなものだろう?」


「俺を捕まえる為だけに動く猪突猛進野郎、知性ある猪のお前とは違って、俺はちゃんと死ぬことが怖い」


水月は思わず、と言わんばかりに驚きの感情を込めた声を上げる。『意外だ』と口に出されずとも何となく辿り着くその態度に、呆れの表情を銀灰は即席で口頭による返事代わりに贈る。


「…意外だな」


「俺だって美味しいご飯を食べたいし、ゲロマズのものにはゲロマズと吐き捨ててそのまま食べたくないし、できる限り心地のいい毛布に包まって眠りに堕ちたい。わかりやすい感情を持ってるんだ、お前とは違ってな」


「死が怖いのなら、死が怖いと素直に泣けばいいものを。友人だろう」


「別に、恐怖と恐怖を天秤にかけただけだ。有象無象のお前にこれ以上失態を晒す恐怖と、死への恐怖。そんで、前者の恐怖を優先しただけだ。超涙ぐましい努力だろ?」


銀灰は乾いた笑みを浮かべて水月の『友人』発言を冗談として受け取ったが、水月は目を鋭く細めて銀灰の思考に割り入る。

 銀灰は何事か、と騒ぐ思考を沈静化させつつ、発言に一層耳を傾けた。


「───どうやら、キミの認識に一つ誤りがあるらしい。僕はキミを、本当の友人として認識している」


水月の発言に銀灰が刹那の時間、瞠目する。即座に表情へ仮面を覆い被せて、腹を抱えながら笑い出した。


「……まぁーだ、そのオトモダチごっこ続けてたのか?流石に驚いたぞ」


水月と銀灰、その関係性は天才英傑と天才殺人鬼で間違いはない。しかし、まだ銀灰が『災厄』として水月の眼前に現れる前。二人は共に行動していた時期があった。

 銀灰の言う『オトモダチごっこ』とは、それら全てを示唆するものだ。


「『災厄』が正体不明の殺人鬼として帝国に名を馳せていた時期。僕はキミに言った筈だ、友人だと」


「それはお前が俺の正体を知らなかったから口走ったものだ。全部くだらない喜劇なんだよ、水月」


「銀灰杏クン」


水月は近々止まることを決定づけられた鼓動に、手を当てる。今はまだ、鼓動が間違いなく存在する胸を張る。

 嫌でも納得のいく答えを銀灰に与えられると、水月は正々堂々微笑みかけていた。


「僕はキミを本当の友人だと認識している。だからこそ、キミを処刑台に送るんだ」


「───。」


ピタリと僅かな身じろぎすらも無くして静止し、銀灰は不快感を隠そうともせず眉を顰めた。言葉を咀嚼音が鳴らないように奥歯で噛み締めて、静かに噛み砕き、何とか意味を嚥下する。

 やがて、銀灰は相変わらず笑った。喉の奥で笑いを押し殺すような笑い声をあげているにも関わらず、水月にとってその声は泣き声を押し殺す子供の声にも聞こえる。


───それはどうしてだったのか。水月本人にもわからない、勘そのものだった。


「ふ、ふふ…くッ。あぁ、そうか。そうかよ。なるほどなぁ」


「…何がだ?」


「俺はオトモダチごっこに興じてやってるつもりで、お前のことを有象無象の一人として数えている中殺すつもりだった。対して、お前は。友人の一人として数えている人間を、本気で追い詰めるつもりだった」


銀灰は額をおさえて顔を伏せる。頭上から照らされる光によって表情に影を落とされており、水月からの視点では何も見えない。


「それは、確かに。俺が負けるよなぁ…覚悟に、差がありすぎる。そうか、俺は、恐らく───」


恐らくの後、音にはならない唇のみを動かす運動をした。その羅列は銀灰本人がその場で再び噛み砕く素振りを見せて、何も無かったかのように抹消する。

 水月は何も見えない表情の代わりに、小さな、小さな───優しい音色だけが、耳に届いた。


「何かが違えば、本当の友人になれたのかもな。お前と俺は」


「……」


後悔のような、敗北による潔さのような、煩雑すぎる感情を込められた一言。

 水月は敢えて空気を読まずに右手で握り拳を作って、広げた左手に落とし込み明るく言い放った。奇しくもその動作はガベルを想起させる。


「なるほど、キミもそう思ったのか。それでは、キミと僕で賭けをしよう」


「……は?」


水月が言い放った、何の前触れも無くどのような意味を含んだ言葉なのかさえ推測不可能な言葉。当然、銀灰は怪訝そうに様子を窺った。


「もしも、この世に死後の世界や輪廻転生のようなものが存在したのであれば。今度こそ僕とキミは、本当の意味で友人になろう」


「……お前、そういう宗教にでも入ってるのか?生憎、俺はそういうものを信じないタイプだ」


「なら、僕が賭けに勝ったら友人になってくれればいい。どうせ信じていないのであれば、このくらいの契りごとは大したことではないだろう?」


銀灰は思案する姿勢すら見せず、


「くだらない…が、まあいい」


天才英傑と天才殺人鬼が交わすには、余りにも稚拙でちっぽけな代物を承諾した。


「契約だ」

「約束だ」


____________________________________


処刑執行日。

俺は、大魔法で加工された特別製の処刑台の前に立っていた。


「……」


この特別製の処刑台は大昔の大魔法使いが何百人、何千人と集い、やっとの思いで作った処刑台。この処刑台で処刑されてしまえば、どのような不老不死も禁忌も通じない。本当の虚無だけが、展開される。

 処刑台の階段を上る。


『僕はキミを、本当の友人として認識している』


もうすぐ死ぬというのに、何故だか水月の暢気な声が思考に木霊する。

 処刑台の鋭く美しく煌めいた刃へ、首元を惜しげもなく曝される。


『キミと僕で賭けをしよう』


あぁ、でも。水月の暢気なその声は。水月らしく、俺の死への思考を強引に割り入ってきて、強引に踏み荒らして。


───少しだけ、死が怖くなくなる。


なんて。


『約束だ』


もし、ほんの僅かでも死が怖くないように声をかけたのなら。


「あー」


もし、こんな思考も読まれていたのなら。


「とんだ屈辱だわ、」


超マジクソ。


____________________________________







────────。








─────。





「『もしも、この世に死後の世界や輪廻転生のようなものが存在したのであれば。今度こそ僕とキミは、本当の意味で友人になろう』」


「──」


「…『約束だ』」


「────」


「……キミが賭けで負けたら、全財産と大衆の目に晒されながら投げキッスを僕にくれると約束し」


「してねぇえーーーーいつしたんだ?んな契約貧血でくたばれ」


「貧血とは、なかなかキミらしいワードセンスだな」

フッとアイデアが湧いて衝動書きしたよ。楽しかった。

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