第50話『そして王は眠りにつく』
「……炎王竜」
(この熱……あの時の)
とてつもない憎悪が含まれた闇の焔。明らかに、"怨み"を持ってここに来たのは違いない。
「なぜこんな化け物がッ……!?」
ヴラギラスが口を開くと、ドス黒い焔が溢れ出す。
「うッ……見るだけで吐き気を催す……。なんという"殺意"……!」
アルベドが腹を抑えて地面に手をつく。
「力が出ない……なのになぜ……」
「あんな化け物を前に立っていられるんだ……?」
杖を力強く握って、ヴラギラスを睨みつける。
「だって、戦わなきゃいけないからだよ……!」
「リリス……無茶だけはしないで……!」
クロエが離れた地面の欠片から手を伸ばしている。
「怖いから無茶はしないよ……!」
すると焔が低く唸るように猛ると、まるで言葉のように音が響く。
『リリス……ハルカ……下の分際で……我に歯向かうなど……』
(下……?)
なぜか、その言葉が深く胸に刺さった。
確かに一度会った、それに対峙した。だけど、それよりも古い"記憶"が震えているように思えた。
「……もう一回吹き飛ばしてあげるから!」
杖を構え、魔法陣を展開する。
魔力が魔法陣に集中して、火花が飛び散る。
「爆破魔法!」
勢いよく放たれた爆破魔法はコロシアム跡地にいるヴラギラスに向かって飛んでいく。
大きな爆音と黒煙がヴラギラスの頭部を包むが、手応えがない。
(やっぱり、アイツとじゃ相性が悪い……)
黒煙が晴れると、中から灼熱に燃えた鱗が姿を表す。
すると焔が舞い上がり、空気が揺れると、音を発する。
『リリス……ハルカ……お前の魔力は……我が力として……奪い取る』
「まさか、私の爆破魔法でパワーアップさせちゃった!?」
すると、再びヴラギラスの周りで焔が舞い上がり、低音を響かせる。
『あの時の技を……我に撃ってみよ……その後に貴様を……』
「ッ……うるさいな〜!」
杖を強く握りしめる。後ろを振り返りエレナに目で訴える。
(エレナ……気づいて!)
すると、エレナは何かを察したかのようにカルデラに耳打ちすると、魔力を纏って飛び上がる。
「リリスゥ!全力でやっちゃってッ!!」
エレナはそう言うと、魔力を一気に放出して私を避けるようにアクアリウム全域を防御魔法で覆う。
「おぉ、すごい……!」
すると、カルデラも負けじと防御魔法を内側に二重展開する。
「エレナちゃんに負けるわけにはいかないわよ!」
「こんな時に勝負してるわけないでしょ!」
さらにルナの水が防御魔法を覆い、三重の壁となる。
「リリス・ハルカ……こっちは任せて本気でやってよ。私に見せて……見れなかった本気を……!」
私とヴラギラスをアクアリウムと完全に隔離されて、本気を出せる状態になる。
「ヴラギラス、前みたいに一発でボコボコにするからね〜!!」
杖を構え、魔法陣を展開する。
空気は震え、火花が飛び散る。
橙と赤の混ざった魔力の渦がどんどんと魔法陣に集まっていく。
「私の本気……じゃなくてほぼ本気!」
さらに魔力が溢れ出して、赤黒い魔力の渦が魔法陣へと集中していく。
「すぅ〜……」
静寂が、アクアリウムという一国を包み、やがてアクアリア大陸全土にまで広がっていく。
「爆破魔法ッ!!」
溜まった魔力が勢いよく放たれる。それと同時に付近の森の木が燃え上がり、風圧で木々が吹き飛ぶ。
ヘルブラストはヴラギラスに向かって飛んでいく。音を置き去りにして、一直線へ。
(……完璧な角度ッ!)
次の瞬間
ドドドドドドドドドドガガガガガガガガガガァァァァァァァァァァ
鼓膜を破壊するほどの爆音が、アクアリウムを震わせ、アクアリア大陸全土へと広がっていった。
魔力は完全にヴラギラスを覆い、巨大なキノコ雲がヴラギラスが居た地点に立ち上がる。
「……痛いッ」
耳から血が出ているのを感じる。魔力を全て使い果たして、足の力が抜け、その場に倒れ込む。
薄れゆく意識の中、ボヤける視界を限界まで解像度を上げる。
(……もう、動けない……)
ボヤける視界の中、微かにキノコ雲の中から焔を感じる。
(……エレナ、ごめん……)
意識が完全に失うと同時に、爆風が遅れてリリスを防御魔法の結界の中に吹き飛ばした。
――
【エレナ視点】
飛ばされてきたリリスをカルデラと共に両手で包み込むようにキャッチする。
「リリス、リリス……!」
リリスの耳からは血が流れ出しているが、心音は確かにある。
「よかって、ただの魔力切れみたい」
急に視界が歪む。リリスの頬に大粒の涙がこぼれ落ちる。
「ごめん……もう、ダメだよ……」
わかっていた、私たちの完全敗北だと――
キノコ雲が風のように消滅する。
中から灼熱の鱗を煌めかせているヴラギラスが立ち尽くしていた。
「エレナちゃん……」
視界が歪んでいる中、辺りを見渡す。クロエが泣きながら魔導書を開いていた。アルベドが嘔吐しながらも、ヴラギラスを睨みつけていた。
けれど、私たちの想いは奴には決して届かなかった。
「カルデラ、最後に抱きしめて……」
「……素直になったのね」
私はリリスを抱きしめて、私はカルデラに抱きしめられた。
無慈悲にも、ヴラギラスの体内から丸で大陸そのものに匹敵するほどの魔力を溜めているにも関わらず、ずっと力強く抱きしめた。
「楽しかったよ……リリス」
目を瞑った。何も感じたくなかった。熱も、次第に途絶えていった。
間も無くして、カルデラが勢いよく私の体を揺すった。
「エレナ……ちゃん」
ふと目を開き、カルデラの視線を追っていった。
カルデラの視線の先――
ヴラギラスの背後で、異変が起きていた。
溜まっていたはずの熱が完全に消え去っていた。
「いったい、なにが……」
赤黒い光っていたヴラギラスの瞳は徐々に焔が消えて漆黒へと変わっていた。
次の瞬間、焔が揺らぎ音を立てた。
『バカ……な、我こそが……王であるべきだ……』
遺言的な音を奏で終えると、ヴラギラスの背後から巨大な影がみえる。
その影はヴラギラスと同等、またはそれ以上に大きな翼を有していた。
「……夢、かな……?」
力を振り絞るように、自分の頬を引っ張る。
すると、ヴラギラスの背後から潤しく、滑らかな声が聞こえてきた。
『炎王竜、貴様は妾の地に破壊行為を行ったとして処刑した』
もう、熱は全く感じない。
「ヴラギラス……は死んだ……?」
震える声で無意識に言い放っていた。
すると、謎の影が私に近づいていることに気がついた。
「ッ……!」
一瞬身構えた、死も覚悟した。しかし、衝突寸前で完全に静止した。
「……あ、あなたは何者……?」
大きな翼に鋭い牙。冠の如く栄光を掲げるツノ、まさにヴラギラスの対のような姿の竜だ。
『妾は水王竜……この地を護る者だ』
ユアリアの声は確実に、巨大の喉から発せられているのを振動で感じる。
すると、ユアリアは巨大な口の先端で優しく私の手をどかして、リリスを咥える。
「ッ……ちょっと、何して……」
『慌てるでない』
ユアリアはリリスを水の玉で包み込むと、静かに再び私の膝の上に落とした。
『これで、傷が完全に癒えるまで彼女は安静だ』
水の玉の中のリリスは安堵の表情で、まるで良い夢を見ているかのように眠っていた。
「リリス……」
『妾のリリスは実に美しかろう』
ユアリアの言葉に一瞬凍りつく。
「あ、あなたの……?」
私の困惑の問いに、ユアリアは一瞬黙ると、再び大きな口を開く。
『いずれかは知るはずだ、妾と彼女の秘密を』
そう言い残すと、丸で蒸発するかの如く光となって消えていった。
アクアリウムが、アクアリアが完全に静寂に帰る。
「……終わ……ったの?」
か細い声で絞り出すように言葉を発する。すると、後ろからカルデラが力強く抱きしめてくる。
「エレナちゃん……よかった……」
すると、遠くからクロエが泣きながら走ってくる。
「エ、エレナァ……!」
「クロエ……泣くなんてクロエらしくないよ……?」
そうは言いながらも、クロエのハグを快く受け入れてクロエの頭を撫でる。
(やっぱりクロエは子供だなぁ……)
すると、大きな足音を立ててルインが走ってくる。
「エレナァァァァ!!」
「どうしたのルイン……?」
ルインが水の玉に包まれるリリスを見ると突然涙を流し始める。
「よ、よがっだァァァァ!!リリスゥゥゥゥ!!」
ルインは水の玉に包まれるリリスを水の玉ごと抱きしめながら涙をこぼす。
「大丈夫ですか、アルベドさん……?」
「ん、ああ……大丈夫だ」
少し離れた場所ではルナとアルベドが話し合っていた。
朝から大混乱に包まれたアクアリウムは、静寂を取り戻したのであった。
――第50話、完




