第九話 「 遭遇 」
第九話 「 遭遇 」
『 いざ 進ーめ! いざ 進ーめ!
いざ 進ーめー! レッツムボーン! 』
ミーコの曲が頭の中で繰り返し流れている。
ミーコ特有、英語のカタカナ読みがなんとも可愛い。何度も観たから、歌も振り付けもすっかり覚えてしまったもんね!
なぜか、昨日はミーコの配信が休みだった‥ 。
具合でも悪いのかと心配。
デビュー曲の発表で忙しい日が続いていただろうから‥ 。 今日は観られるといいなぁ。
列車を乗り継ぎ、バスを乗り継ぎ、都市から随分離れた山道に入った。
"山に魔王城がある" というのは、あくまでも噂。
ずいぶん前‥ まだ地神 宗玄が魔王だと世間が知る前の事。
トーク番組にゲスト出演した彼が
「静かで落ち着くから、山が好きですね」
と、語っていたことから、『山奥に魔王の城がある』という噂が流れたのだ。
だが、あながち間違いではない。
それを裏付けるのは、バンダバ様の言葉。
『これから、お主は人間界へ戻る。そして、準備を整えたのちに、魔王の城がある山へ行くのちゃい』
‥ そう俺に言ったのだ。
神が俺に嘘をつく理由がない。
具体的な場所までは教えてもらえなかったが‥ 。
ネットでは様々な憶測が流れていた。
複数挙げられた候補の中、俺はこの山に魔王城があると睨んだ。
昔から、俺の直感はよく当たるのだ。
この山は、魔岩山と呼ばれている。
他にも、地獄山、黒死山など、魔族が好みそうな名前の山がある。この魔岩山は、その中で一番標高が高い山。
魔岩山を選んだのは、地図を見た時の直感と、近くに、パワースポットとして有名な『泉龍神社』があったから。‥ 妙に惹かれたのだ。
神と魔王は相反すると思われるが、あの地神は、神をも支配しようと考えるだろう。
一昨日、その神社で女子学生が行方不明になるという事件があった。その後、発見されたというニュースは報じられていない。
俺は、魔族の仕業ではないかと睨んでいる。 魔族が支配する世の中、警察は奴等の思いのままだ。
魔族と共存といえど、都市部に住んでいるのはごく一部の上層部だけ。
奴等は、地底で暮らしてきた生き物だから、都会よりも田舎の山の方が落ち着くらしい。
日光も苦手らしく、少し陽が落ちかけてから活動的になる。
魔王の命令で、都会では魔物が人間を襲うことはない。
しかし、人里離れた山の奥では、何があるかわからない。 気を引き締めて進まねば。
ふぅ‥ 。まずは深呼吸。
見上げるほど背の高い木々が両脇に並ぶ。
木々の隙間から見える空は、少し薄曇り。
やはり独りぼっちは心細いな。
ーーー バサバサッ!!
「うおーーっ!!!」
思わず声が出てしまった!!
驚いた!! 鳥か。
このくらいで驚いていては、勇者の名が廃る。
そうだ!こんな時こそ、ミーコから元気をもらおう。電波、大丈夫かな。
お!開いたぞ。
どんな山奥でも電波が届くようになったのは、『 T-God 』の功績でもある。
敵ながらあっぱれ! こればかりは、感謝。
「おはミコミー!みんな、新曲聴いてくれてありがとう!嬉しいです。ミーコの振り付けどうだったかな。」
観たよ観たよ、最高に可愛かったよ。
「あの曲は、ミーコが作詞したんだけど、自分を奮い立たせるために書いた詞です。
大切な人へのメッセージも込めてね」
うむ?大切な人?俺のことか‥ なわけないな。どれどれ、もう一度聞き直して、考察でもしようかな。
どこか腰かける場所は無いかとキョロキョロ辺りを見回した。 ーーその時。
「ちょっとあんた!」
「は、はいーっ!!!」
背後から不意に声をかけられ、反射的に直立不動で返事をする。
声の主を確かめようと、ゆっくり振り向くと、そこには、紫色のローブを纏い片手に杖を持った、見るからに魔女風、けれどオリジナルスパイスが効いた奇抜なファッションの女性が立っていた。
ド派手な帽子、ローブの下にはショート丈の破れたGジャンに派手なシャツ、ミニスカート。
スラリとスタイルが良く、赤みを帯びたロングヘアーの美人だ。三十代前後に見える。
いやしかし、女性の年齢は見かけではわからぬもの。
「え?おばさん、まさか魔法使い?嘘だろ」
「おばさんとは失礼なっ! どこをどう見ても綺麗なお姉さんでしょうがっっ!
私の名前はリン・クヴェレよ。
魔王や魔族が出てきた世の中、魔女がいてもおかしくないでしょう?
私達は何千年も前から、人間界で上手に共存してきたのよ。異種を恐れる人間に配慮して、刺激をせず、目立たないようにね」
「いやいや。そのオリジナリティー溢れるファッションはなかなか目立つけどな。
まぁ、そう言われれば、このご時世に魔女がいてもおかしくはない‥か」
「あなたはなぜこんな所に?」
「魔王城を探している」
「ひとりで?どうして?」
リンは訝しげな表情を浮かべた。
「俺の目的は魔王討伐だ」
「名前は?」
「 泉月 勇者」
「勇者? " 勇者 " の勇者か‥ 。私は、魔王に囚われた娘を助けに行くの。
目的が同じなら、どう?手を組まない?
一人より二人の方が、何かと心強いわ。損はしないと思うわよ」
確かに、ボッチ ザ 討伐ではいささか不安だった。悪くない。俺はこの提案を即、快諾した。
俺達は互いの身の上話をしながら、細い山道を歩き始めた。
「私の娘はハーフ魔女で、魔力は僅かしかないから、逃げ出すのは不可能。娘の父親は人間だったけど、娘が生まれて間もなく病気で亡くなったの。優しい人だったなぁ」
「‥ そうか。苦労して娘を育てたんだな。
俺の母ちゃんも、女手一つで俺を育ててくれたから、わかるよ」
「ありがと。苦労した感はないけどね。娘がいたから楽しかったし、辛くもなかった。ある意味,娘がいたから頑張れた、かな」
「俺の母ちゃんと同じこと言うなぁ。で、リンの娘は、なぜ魔族に囚われたんだ?」
「魔王が手に入れたいのは、私のこの美貌」
「えええっっ?」
思わず大袈裟に聞き返してしまった。魔王は熟女がお好みなのか。
「冗談よ。欲しいのは私の魔力。魔王が永遠の命を手に入れるためにね。
同時に、私のことを恐れているのだと思う。
おそらく、娘はその為の人質。娘が行方不明になった場所には、魔物の痕跡が残されていたわ。
無事でいるか心配だけれど、微かにあの子の気を感じるから、たぶんこの山のどこかにいる‥ 」
「じゃあ、魔王や娘さんの居場所を調べられるのか?」
「いいえ。魔王の結界が張られているから、はっきりとはわからない。微かに感じる魔力を辿っているだけ。この山に魔王城があるのは間違いないと思う。でも、城に娘がいるという確証はない」
「そうか。娘を人質にとるなんて、魔王は卑怯だな。 ‥ けど、一人で助けに行くつもりだったなんて無謀じゃないか」
「それは勇者も同じじゃない? 私達、似ているのかもね」
初対面とは思えないほど、俺達はすぐに意気投合した。
魔女と一緒に旅をするとは、夢にも思わなかったなぁ。
しばらく歩いた後、リンが突然立ち止まった。
「なんだか臭くない?」
「お、俺の加齢臭じゃないぞ!」
「そうじゃなくて、何か腐ったような臭い」
「ん‥ ? そう言われると確かに‥ 」
生温い風とともに、腐敗臭が漂ってきた。
俺とリンは辺りを見回す。
いよいよ魔獣の登場か‥ ?
冒険らしくなってきたぞ。
き、緊張しないと言えば嘘になる。俺の意に反して、身体が小刻みに震えてしまう。
「怖いの?」
「武者震いだ。わ、ワクワクしているのだ」
自分自身に言い聞かせるようにそう答えた。
すると、突如、目の前の地面がボコボコと歪みだした。
「な、なんだ???」
地面の裂け目から、長い爪が現れたかと思うと、姿を現したのは、不気味に痩せ細った魔物。
下腹部だけがポコンと突き出ている。
手足の爪は長く鋭く、小さな頭蓋骨からは真っ赤な眼球が突出している。褐色の肌は枯れ枝のように乾燥している。
次から次へと何体も這い出てくる。まるで、墓場から湧き出てくるゾンビだ。
「餓鬼ね。ここから先には行かせたくないらしい。この先に魔王城があるのは間違いないかも」
「まずはこいつらを退治しないと先に進めないってわけか」
リンは、両手を前に突き出し、杖先で空中に魔法陣のような模様を描き、何やら呪文を唱えた。
「ケイチーア・ケイチーア!
防御魔法よ。結界を張るわ」
俺とリンを包むように、銀色の蜘蛛の糸のような結界が張られた。
餓鬼どもは、飢えと渇きに悶えている。
俺達を餌だと思っているのだろう。鋭い歯をカチカチ鳴らしながら、こちらへ向かってくるが、リンの結界で進めないようだ。
迎え打つ準備をせねば。
「その前に‥と」
俺は、地面に正座をする。まずは目を閉じて深呼吸。精神統一!
そして、ポケットからスマホを取り出す。
「え?ちょっとあんた、こんな時に何やってるの? 瞑想? そんな暇ないって!
え? え? まさか寝ないよね?
ええっ? えええーっっ??
スマホ観てる場合じゃないってば!」
リンが俺の背中を蹴飛ばしてくる。
「しばし待たれよ‥ 」
「はぁ? 急に武士気取り??」
リンは呆れ顔で俺を見つめる。
‥ 俺は正直ビビっている。初めての敵に。
今更だが、何の武器も持っていない事を後悔している‥ 。
まずはミーコの動画を観て、落ち着くに限るのだ。何か良い策が生まれるかもしれない。
指先でミーコのチャンネル画面を開く。
あぁ、この瞬間、ドキドキワクワク‥ 。
ミーコに会える(動画の中で)と思うと、胸がときめいてしまうのだ。
なんと、ちょうど生配信が始まったところではないか。ラッキー!!
今日のヘアースタイルは、ツインテール!!
リンに蹴飛ばされている痛みも吹っ飛ぶ可愛さ!
「ミコミコミーコのゲーム配信〜っ!
今日は、今大人気のゾンビ退治ゲーム。
『ウォーキン・グーデッド』をやっていきます。
ミーコ初挑戦!
これは、廃墟と化した街で、闊歩するゾンビ達を銃で撃って退治していくゲームなんだけど、こういう退治ものって、実は苦手。
ゲームの世界ではあるけど、バフバフっと撃ってやっつけるというのが、残酷だなぁって。
やっぱり愛、平和が一番!だからさ。
でもね、ゲームへの愛もある。このゲームは開発者さん達の血と汗と涙の結晶。
このゾンビ達にも愛が注がれている。
それに応えるために、ミーコは正々堂々と勝負します。
近付くと噛みつかれて死んでしまうから、距離を保っての攻撃。銃と手榴弾もあるんだね。このゲームの良いところは、ゾンビ達を一人残らず全部倒せると、エンディングで、ゾンビ達が天国に行けるんだって。
無事送り届けるのがミーコの使命!
というわけで、ここからバシッと決めちゃいます!」
ミーコも俺と同じような局面に立たされているのか。なんだか、一緒に闘える気がしてきた。勇気が湧いてきたぞ。
ホッと息をつき、スマホを閉じる。
俺には銃も手榴弾もない。
しかし、デカくて頑丈な肉体がある。正々堂々と戦ってやろうじゃないか。
だが、ここまで敵の数が多いのは想定外。
リンがいなければ、今頃手足をもぎ取られ、生き血を啜られていただろう‥。
「ちょっと!どうするのよ!闘う気がないなら、退避する?私の防御は、長時間は持たないわよ」
俺は心を決めた。
「よし。レッツ・ムボーン!!」
" 逃げるが勝ち " という名言もあるじゃないか。
俺は全力で走り出した。
「うっそぉ!おっそ!!勇者、足遅ーーーっ!」
無情にも、リンは軽やかに俺を追い越し、走り去ったのである‥ 。