第六話 「 衝撃 」
第六話 「 衝撃 」
「ご覧ください。これが現在の人間界で起こっている出来事です」
アノンの声とともに、真っ白な空間に浮かんだ巨大なスクリーンに複数の映像が映し出された。
スクリーンの中央には一際大きな画面。
その周囲を、いくつかの小さな画面が取り囲むように配置され、様々な異なる場所の様子が見える。
中央の映像は、大勢の人々が行き交う街の交差点。
交差点に面したビルの正面にある大型ディスプレイに、ひとりの男性が映し出されている。
同時に、歩きながらスマホを手にしていた人間達が立ち止まり、戸惑っている様子。
「あれ? 携帯がおかしい」
「な、なんだ?いきなり」
「いったいどうなっているんだよ!」
人々がスマホを触りながら困惑している。
オフィスでは、パソコンの前で混乱する社員達。家や店などでテレビを観ている人も同じ反応だ。
どうやら、地上波放送やインターネットが何者かにハッキングされ、世界中のテレビ、パソコン、スマホの画面に大型ディスプレイに映っている映像が映し出されているらしい。
中央の画面に映っている男性は、某テレビ局のスタジオにいるようだ。
スラリと長身で、ややウェーブがかった長めの髪。エキゾチックな顔立ちをしている。
鮮やかな紅いスーツにハット。
両手には黒い皮の手袋。どこか魔術師のような雰囲気を醸し出す。
椅子に座り、カウンターのような台に両肘をつき、手指を組んでいる。
そして、微笑みながら、ゆっくりと話し始めた。
「やあ、皆様。私は、地神 宗玄。ご存知の方もいらっしゃるでしょう。
今日は重大な発表があります」
少しハスキーで穏やかな口調。
『地神宗玄』は『T-God』グループの代表だ。
以前テレビで観たことがある。
彼が経営している『T-God』グループは、名だたる大企業を買収し、急成長。
皮肉なもので、彼の会社が成長する度、俺は何度も失業する羽目になった。
彗星の如く現れた天才イケメン実業家「地神宗玄」の名は、メディアを通じて広まっていた。
時々、テレビ番組のコメンテーターやゲストに呼ばれていた事もあり、彼を知っている者は多い。熱烈なファンもいるようだ。
彼の声と穏やかな語り口は、聴き手を魅了する。
彼は巧みに人の欲望を操り、富と名声を手中に収めてきたのだろう。
地神は、一呼吸沈黙の後に、声を強め、こう続けた。
「我は魔王なり。
今からこの世界を支配する」
ついさっきまでの笑顔は消え、冷酷な表情でそう宣言した。
この現代に魔王だって??
何を言い出すんだ、この男は!
見ていた誰もがそう思ったに違いない。
俺は、まばたきするのを忘れ、食い入る様に画面を見つめていた。
俺や貝念を失意のドン底に追いやった男、地神宗玄が『魔王』??
驚きと同時に、地神に俺の人生が振り回されてきたことに、疑念と怒りの感情が湧き上がってきた。
地神は話し続ける。
「私は以前から人間界を観察していましたが、実に良くない。地獄に来る人間は増える一方。
人間同士の無用な争い、犯罪、自然破壊。
知性の欠片も感じられない。
欲深い人間程、残酷極まりない。
愚か!愚か!愚か!
ならばいっそ、私がこの世界をまるごと支配すれば、すべてうまくいくでしょう」
人間は、自分達がこの世で一番賢い生き物だと思っていた。
魔王なんて、未確認飛行物体に遭遇するよりもはるかに現実味がない。
馬鹿げた冗談だと嘲笑う人もいるだろう。
「私が魔王とは、おそらく皆様には信じがたい話でしょう。この世界に、魔物が存在することも。それでは、お見せしましょう」
まるで、これからショーが始まるかのような口ぶりだった。
彼の後ろ側には、黒いスーツ姿の人々が七人。横一列に並んでいる。
『T-God』の人間‥ いや、魔人なのか。
「さあ、偽りなきあるべき姿を。ウムリー」
地神の声がスタジオに響いた。
すると、傍らにいた七人の黒いスーツ姿の側近達がうずくまり、苦しそうな様子を見せたかと思うと、一瞬にして衣服と皮膚が張り裂け、辺りに真っ赤な血と肉片、緑や紫色の体液のような物が飛び散った。
画面越しに、言いしれぬ恐怖と腐敗臭を想像させ、俺は言葉を失った。
次に、バラバラになった肉片達が集まり、塊となり、一瞬、醜悪な生き物の姿を見せたかと思うと、次の瞬間には、何事もなかったように、各々違う姿を現したのである。
ネットでは
「CGか?」
「やらせだろ?」
「ドッキリ企画じゃないの?」
といったコメントが相次いだ。
しかし、まやかしではない、魔術のような現実がそこにはあった。
「私の愛しい子供達。彼らは、愚かな人間達より優れた能力を持っているのですよ」
地神のすぐ近くにいる魔人は、背丈が高く、真っ白なトーブのような服を纏っている。透き通るように白い肌に、金色の髪。端正な顔立ち。
その隣に立っている魔人は、力士のように大きな体つき。
頭のてっぺんが丸くはげ、その周りを囲むような緑色の短髪。嘴のような大きめの口。その顔は河童を連想させた。
上半身は裸で、腰みののような物を身につけている。灰色の太い腕で、腹を叩くような仕草をしながら
「ズィルザール、腹、減った」
と大きなしゃがれ声で言った。
「もう少し待て、ズィルザール。空腹は最高の調味料ぞな」
そう言ってズィルザールをなだめたのは、少年のようにも、少女のようにも見える魔人だ。
魔人に、性別が存在するのかどうかはわからないが。
小柄な体に、腰まで伸びた緋色の髪が無造作に束ねられている。
「ズィルザールはもう空腹だっ!」
大きな魔人は少し怒ったように言い返す。
そこへ、一人の女性が駆け込んできた。ハイヒールの音が、静寂なスタジオに響く。
「地神さん!どういうことですっ?」
彼女は、息を切らしながら地神の方へ向かって叫んだ。
「おや、ここは立ち入り禁止にしていたはずだが」
地神は無表情のまま静かに言った。
「みーんな眠らせたと思ったのになー」
緋色の髪の魔人が、腕組みをしながら首を傾げた。
「下がれ!邪魔をするな」
白いトーブを纏った魔人が制止しようとしたが、女性はその手を振りほどき、地神の方へ近付いて行く。
「ここは私達のテレビ局です!勝手なことをされたら困ります!!」
毅然とした態度でそう言ったのは、いつも二十二時のニュース番組に出ている、南しずるアナウンサーだった。
華奢な身体にボブカットの髪。クリーム色のパンツスーツがよく似合っている。
目鼻立ちがはっきりとした美人で、サバサバとした明るい性格。好感度ナンバーワンのアナウンサーだ。
「貴様、事の重大さをわかっていないな。魔王様の重大発表を邪魔するとは」
ズィルザールは、大きな体を左右に揺らしながら南アナへ近付いていく。
「やっちゃえ!やっちゃえ!」
緋色の髪の魔人が小声で囃し立てる。
「ズィルザールお腹空いてる。俺、やる」
そう言って、南アナの右腕をグイッと強く引き寄せると、突然、その腕にガブリとかじりついた。
見た目よりさらに大きく開いた口。その口から覗く鋭い歯が、南アナの右腕を根こそぎ噛みちぎり、ゴクリと飲み込んだ。
「ギャーッッ!!!」
絶叫と同時に、画面に血飛沫が飛んだ。
「ギャーッ!イヤァー!!痛いー!」
右腕を失った南アナが床に座り込み、半狂乱で泣き叫ぶ。あたかもあったはずの右腕を探すかのように、左腕が大きく震えながら上下する。
クリーム色のジャケットはみるみる真っ赤に染まっていく。
「おまえ、うるさい!ズィルザール、食べちゃう」
ハグゥン‥‥
一瞬の出来事に、見ていた誰もが息をのんだことだろう。
ズィルザールという奴の口が、さっきよりもさらに大きく拡大し、まるでワニのようにパックリと南アナを頭から丸ごと飲み込んでしまった‥ 。
床に、片方のハイヒールだけ残して。
「満足満足」
ズィルザールは、口の周りについた血液を長い舌でペロリと舐めながら、大きく膨れた腹を撫で回す。
「ズィルザール、勝手なことしたから、叱られるよ」
緋色の髪の魔人が、悪戯っぽく笑う。
「シャラーラの言うとおりだ。ズィルザール、おまえは実に勝手なことをしてくれた。
今の女性は、かつて仕事でお世話になった方なのだから」
地神がズィルザールに冷ややかな視線を浴びせながら言った。
「そ、それは、ごっ、ごちそうさまでした!」
「馬鹿だなズィルザール。ごちそうさま、じゃなくて、ごめんなさい、だずら」
シャラーラがたしなめる。
「ご、ご、ごめんなさい」
ズィルザールは肩をすくめて反省した素振りを見せた。大きな体がわずかに縮こまる。
「シャラーラ、ズィルザールにお仕置きを」
地神の隣にいた白いトーブを着た金髪の魔人が、静かな声で言う。
「はーい。ドゥシア様。ルンルンルルル」
シャラーラがパチンと指を鳴らした。
「アチーチッチチチチッ!!」
現れた幾つもの小さな火花が、ズィルザールの灰色がかった皮膚や緑色の毛をチリチリ焼いた。オレンジ色の火花達は生き物のように、ズィルザールだけを攻撃する。
手足をバタバタさせて抵抗するズィルザールを見て、シャラーラはニヤニヤ笑っている。
「ごめんごめんごめんなさい!もう勝手なことしません!」
「わかればよろしい。シャラーラ、もう良い」
「はーい、ドゥシア様」
「では、あの方を元に戻すとしよう」
地神がズィルザールの方へ歩み寄った。
「リストア!」
地神が右手の人差し指を上に向けそう唱えると、ズィルザールの身体だけが倍速で逆再生された動きをした。その口から、丸呑みされた南アナの姿がズルリと現れた。
だが、右腕はないままだ。
「これでは良くない。実に良くない」
地神は、ズィルザールの口の中に片腕を入れると、胃袋の中から、南アナの右腕を引っ張り出した。
「リストア!」
右腕は南アナの身体に戻った。血に染まっていたスーツも、元通りになった。しかし、
無表情で操り人形のように立っている南アナ。
「さあ、お戻り」
声をかけられ、南アナは夢遊病者のようにフラフラと立ち去って行った。
人々は、魔王(地神宗玄)や魔人の存在、そしてその魔力を、否応なしに認めざるを得ない出来事を目の当たりにしたのである。
無論、俺もそのひとり。
この七人の魔人の中に、俺の体を真っ二つに切った奴がいるのだろうか‥ 。
魔王討伐するには、当然、魔人達とも戦うことになる。
できるのか? この俺が?
この日を境に、世界は一変する。