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第五話 「 選択 」


   第五話 「 選択 」



 重い瞼を開く。


真っ白な空間に横たわって浮かんでいる。

俺は、真っ二つに切り裂かれて死んだはず。

なのに、なぜ意識があるんだ?


‥ 痛みは感じない。体の傷を確かめようと首を上げると、首から足先までの肌があらわになっている。


「うわっ!!真っ裸じゃないか!」

不思議なことに、傷は癒えている。なぜだ?

 

ここはどこなんだろう。

真っ白で無音で空漠たる空間。

もしや、これがあの世というやつか?

 

 グウゥゥゥゥゥ‥


こんな時なのに、腹が鳴る。

死んでもお腹は空くんだな‥

何か食べたいけど、何もない。 どうしよ。

 

あのお婆さん、無事だろうか。

あの二人組は何者だったのか。


 そういえば、俺のバッグ‥ 命の次に大切な携帯と、買ったばかりのミーコTシャツとタオルが入っていたのに‥ 。

どうしよ。

母ちゃんも心配しているだろうなぁ。

 

それにしても、死後の世界ってつまらんな。

この先ずっと、何もない世界でひとりぽっち? 

ミーコにも会えずに?

退屈で死にそう、いや、死んでいるけど死にきれない!


 と、そこへ突如


「やっばーい!遅刻遅刻!!

 おっ待たせいたしましたー!」


 頭上に、甲高い声と共に、威勢よくひとりの少女が現れた。

宙吊りになっているような状態で浮かんでいる。

 いや、俺が逆さまに浮かんでいるのか?

 

やや青みがかった銀色の髪は、ツインテールの巻き毛。白いワンピースの背中には、大きな白い羽がフワリ。


「君は、天使?」


「私は、あの世コーディネーターの アノンでございますわ。あ、これではちょっと話しにくいですね。ホホイっと」


 少女のかけ声で、俺は横たわったまま、少女と平行に並んだ。


「ええっと、泉月 勇者(せんげつ ゆうしゃ)様、ですよね?」


 少女は大きな瞳で俺の顔を覗き込む。


 俺は、全裸であることを思い出し、慌てて股間を隠した。


「ああ。そうだけど。ここはいったいどこ?」

 

「ここは、死の門です。死亡受付振り分け所、とでも言いましょうか」


 アノンはにっこり微笑む。


「死の門? ここはそんなおどろおどろしい場所

 なのか?」


 それじゃあ、やはり俺は死んで‥ いるのか。

それなら、今更ジタバタしてもどうにもならないってことだよな‥ 。

 受け入れたくない現実だが、自分でも驚くほど冷静に思考を巡らせつつ、続けてアノンに問う。

 

「で、振り分けってのは、天国か地獄か、みたいなことかな?」


「おっしゃる通り。ただ、例外もあるのです。

大抵の方々は、亡くなった瞬間から、いえ、正しくは生前の行いから、行き先がほぼ決まっています。ですから、この場所には来ません。天国、あるいは地獄に直行です。

 例外というのは、泉月(せんげつ)様のように、特殊な亡くなり方をした場合です」


「殺された俺は、天国には行けないのか?」


「泉月様は、いたって地味〜に真面目〜に、かつ穏便に暮らしておられました」


「それは、褒められているのかな?」


 アノンは俺にかまわず話を続ける。


「泉月様には、あと五十年の寿命があるはずでした。つまり、あの死はイレギュラー。不遇の死を遂げられました。

自らの寿命を、運命の輪を、大きく変えてしまったのです」


「そうか‥ 」


「はい。そこで、泉月様は特別措置において、選択権が与えられます。

お望みであらば、天国へ行く事ができます。

ですが、本来であれば、寿命はあと五十年。

蘇りを選択することもできます。ただし、条件付きですが」


「一応聞くけど、天国っていうのは、どんな所なんだ? ものすごーーーーくいい所?

楽園みたいな所で、楽しく暮らせるのか?」

 

「まぁ、楽しいというよりは、穏やかな永遠と言いますか。

地獄は、耐え難い苦しみが永遠に続く場所。

それとは逆に、天国は幸せな気持ちでゆったりと過ごせる場所ではないかと」


「ふむ。‥ 急いで行くほどの所でもなさそうだな‥ 。

好物のラーメンも食べられないし、ミーコもいない。楽しみがない‥ 。母ちゃんのことも心配だし‥ 。

‥‥ って俺、未練たらたらだな。

現実世界では、職も友人も失って絶望的だったのに、さ」


「生きているからこそ、絶望するのです。

ですが、生きているからこそ、希望も生まれるんですよ」

 アノンはそう言って優しく微笑んだ。

 

「希望‥ かぁ。そうだな。このまま天国に行ったら、後悔しそうだ。親孝行も、ミーコに会うこともできないで人生終えるなんてさ。

 ‥‥ で、もし蘇れるとしたら、その条件ていうのは何だ?」

 

「魔王討伐です」


「ぷっ‥ 魔王??!」


思わず吹き出した。 

何なんだよ、まるでゲームやアニメの世界。

 だが、アノンは真顔だ。

 

「人間の俺に、魔王討伐なんて無茶だし!

地獄に行って魔王ってのをやっつけて来いってことだろ?」


「いえ、人間界ですよ」


「え??人間界に魔王だって?」


「はい。泉月様が亡くなった時のことを覚えていますか? あなたを死に追いやったのは、まさに魔王の手下、魔人です」


「あの腕が剣になった奴のことか。

確かに、人間とは思えない。魔人と言われた方が納得がいく。だけど、この現代にまさか。信じられないよ。

 仮に、もし真実だとしても、生身の人間(おれ)に太刀打ちできるはずがない」


「泉月様には特典が与えられます。魔王討伐の際に必要なスキルが」


「‥ うーん。少し考えさせてくれ。そしてできれば、何か体を隠す物をくれないか?」


 俺は全裸で問答しているのが急に恥ずかしくなった。


「はーい。ホホイっと!」


かけ声と共に、馴染みのある衣服が肌を覆った。


「すごいな。アノンは魔法が使えるんだな」


「ふふ。ありがとうございます」


 アノンは嬉しそうに微笑んだ。

 

 さて、一度は死んだ身だ。

魔王討伐に失敗しても、損はない‥ ?

 でも、怖いよな。あの魔人だって、相当強かった。真っ二つに切り裂かれて一瞬で死んだんだぞ?

 どうしよ‥。

生き返っても、この先また無職だったら、母ちゃんに迷惑をかけてしまう。

だけど、母ちゃんより先に死んでしまうのも親不孝だよなぁ‥ 。

それに、この先ずっとミーコや母ちゃんにも会えないのは辛い。


あれこれ思い倦ねている間、アノンは静かに見守っていてくれた。


 しばし考えた後、ついに心を決めた。

 

「アノン,決めた! 雲外蒼天(うんがいそうてん)

起死回生(きしかいせい)! 蘇りでお願いします!」

 

「はーい、承知いたしました。それでは、ご案内しましょう」


 真っ白な空間をアノンに続いて歩く。

アノンは鼻歌を歌いながら。時々スキップやターンをする度、背中の羽がフワリフワリ。

 

「楽しそうだな」


踊るように歩く案内人に声をかけた。


「そっりゃぁ楽しいですよぉー。ここに人間が来るのは何年ぶりかしら。もお、退屈で退屈で死にそうでしたー。って、私は死なないんですけどねー」


「ひとりで、ずっと」


「そうです!だーれも来なくて退屈で。

何してたと思います? ひとりしりとり、ひとりダンス、ひとりマラソン、ひとりでんぐり返し‥ 。思いつくことは全部試しました」


「そうか。ひとりは、寂しいよな‥ 」


 アノンと話しながら、真っ白な空間をひたすら歩く。それは長いようにも、短いようにも感じられた。

やがて、アノンが立ち止まった。

 


「さあ、まずはつきました。扉を開けて下さい」


アノンがそう言うと、スーッと目の前に、銀色の大きな扉が現れた。

アノンに促され、恐る恐るその扉を押し開く。

 

 真っ白な空間とは対照的に、扉の中は薄暗い。目を凝らして見ると、薄暗い空間から真っ白な長髪に真っ黒な顔をした小さな老人が浮かび上がってきた。


「ギャーッッ!!お化けーっ!!」


「お化けとは失礼なっ! パンダバ様ですよ!」


 アノンは慌てて俺を叱ると、老人に丁寧にお辞儀をした。

 おそらく、アノンより偉い人ってことだな。

 

「パンダババアっていうのは、いったい‥?」

  アノンに小声で尋ねる。

 

「パンダバ様です!!!パ・ン・ダ・バっ!!」

  アノンが声高に言った。


「あ‥ ごめんなさい」

  即座に謝る俺。

 

小さな老人は、ゆっくりとした足取りで扉の外へ出てきた。年齢不詳、性別不明、真っ黒な顔、真っ黒な服に白髪がよく映える。パンダの逆バージョンって感じだな。


「我は生死を司る神、パンダバ。勇気ある若者、勇者を甦らせるちゃい」


 あれ? ちゃい‥ って。聞き覚えがある‥


「あっ!!!あーーっ!!!

パンダバ様って、もしかして、あの時俺が助けたお婆さん?」


「はい!大正解!」

 パンダバがオーバーなリアクションをとる。

そして、コホンとひとつ咳払いをすると、話し始めた。

 

泉月 勇者(せんげつ ゆうしゃ)よ。お主には未来を変える可能性が見えるちゃい。自らの命を顧みず、わしを助けた。お主のような人間は珍しいちゃい」


「俺は、自分の思うように行動しただけさ。

それより、神とか魔王とか、もう頭がパニック。これ、夢だろ?」 

   俺は頬をつねってみる。

   

   い、痛い。


「夢ではない。これから先の人間界には、予想だにしない出来事が起こる。いや、すでに始まっているちゃい。

わしとお前が出会う前からな」


「何も、変わったことはなかったけど‥ 」



「これをご覧ください」


アノンが両手を大きくクルリと回すと、真っ白い空間に、スクリーンのようなものが現れた。


 

そこで俺は、信じがたい光景を目にすることになる‥



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