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第四話 「 紅雨 」


   第四話 「 紅雨(こうう)



「やっぱりセルカが一番!」


セーラー戦隊五人のうちの一人、セルカ。

ショートボブで活発な美少女キャラだ。


二年前、二人で訪れたショップで、庄司(しょうじ)へ誕生日プレゼントを買うことにした。

庄司が選んだのは、ペパーミントグリーンのプレートに、お決まりの戦闘ポーズをとったセルカのキーホルダー。


「じゃ、これにするか。裏面にネームを入れてくれるらしいぞ」


「お願いしまーす。(ゆう)ちゃんありがとう!」

 

庄司は喜んで、そのキーホルダーを早速バッグにつけていたっけ‥ 。



 

 俺は、足元からキーホルダーを拾い上げると、恐る恐るプレートを裏返す。


『 Syouji 』


記憶と同じ綴りがそこに記されていた。

「 嘘だろ‥ 」

 

 その選択しかなかったのか?

 それほど、苦しかったのか‥。

家族も、自分の命でさえも、放棄したくなるほどに。

 

庄司の笑顔が目に浮かび、ズキンと胸が痛んだ。

心に、大きな岩がのしかかっているように胸が重苦しい。

内臓が絞られているように痛み出す。

足枷をつけられたように、足が重い。

これまで味わったことのない悲しみ、苦しみ、辛さが、強烈に交錯する。


とめどなく流れ落ちる涙や鼻水を、拭いもせずただ立ち尽くすことしかできない‥ 。

 


 

何分経過しただろう‥ 。



ポツリ‥ ポツポツ‥ と雨の雫がアスファルトに水玉模様を描き出した。

 それは次第に勢いを強め、街路樹の花びらを散らし、庄司の紅い痕跡をも洗い流す。

 

雨から逃げるように、足早に通り過ぎて行く人々‥ 。


重い足を引きずり、やっとの思いで足を踏み出す。

すると間もなく、前方にうずくまっている人の姿が視界に入った。


 それは、老婆の後ろ姿だった。

手に持っている袋の中には、一見ゴミと思われるような物が詰め込まれている。

髪の毛は、もう何日も手入れをしていないのだろう。

白く、長い髪。

ところどころ絡まって小さな塊になっている。

小柄な体には大きすぎるであろう真っ赤なオーバーコート。今の季節には到底そぐわない。

 ‥ ホームレスだろうか。

 

俺以外、誰も老婆を気にしていない様子だ。

人々の目には映っていないかのように。

いや、映っているからこそあえて見えないフリをしているのか? 関わリを避けるために。

 

老婆の背中、息遣いが荒いように見える。

具合でも悪いのだろうか‥ ?

静かに近付き、そっと声をかける。


「あの‥ ご気分が悪いのでは?」

 屈んで老婆の顔を覗き込む。

すると、うつむいていた老婆がゆっくりと顔を上げた。


 その顔を見た時、「あっ!」と言いかけ言葉を失った。

老婆の左半分の顔面には、焼けただれた痕のような茶褐色のケロイドがあり、瞼は閉じている。

右半分の目はかろうじて開いているが、その顔には深い皺がたくさん刻まれていた。

 その風貌は、思わず目を背けてしまいそうなほど醜悪だった。


 老婆は小声で呟いた。

「 追われて‥ 」

「えっ?」

 うまく聞き取れず、聞き返す。

 

「魔人に追われているちゃい‥ 」


 え? 魔人て言った??

 

 「奴らが来る。逃げるちゃい‥ 」


老婆は、そう言って立ち上がろうとした瞬間、ふらついて、そのか細い体は俺の腕の中にすっぽりおさまった。


「あの、魔人、て言いましたか‥ ?」

と、俺が言い終わらないうちに

 

「奴らが来たちゃい!」

 老婆が右目をカッと見開き、俺の体に隠れるように身構えた。その体は小刻みに震えている。

 

 老婆の視線をたどり、ゆっくり振り返ると、

十五〜二十メートル先に二人組の男の姿があった。二人とも黒いスーツ姿に、サングラスをかけている。

その姿は、以前 『洋食レストランくるみ』に訪れた 『T-God』の連中によく似ていた。


 彼等を魔人と呼ぶ理由はわからないが、直感的に老婆を守る事が使命のように感じられた。

根拠はないが、なぜか俺の直感はよく当たる。

 

それに「放っておけない症」は母ちゃん譲り。

 

 奴らに気付かれないよう、荷物を持ち、ゆっくり腰と腕を支えて、老婆を立ち上がらせる。

その腕は、俺の親指と人差し指で輪っかを作ったくらいの細さだった。

 

「おぶります」

「へっ?」

俺は老婆を背に乗せた。母ちゃんの半分以下の重さだ。楽勝楽勝。


「どっちへ行ったらいいかな。安全な場所に移動しましょう」

 庄司のことをいったん考えないよう意識し、老婆が安心するよう声をかける。


「人がいない所へ行きたいちゃい」

「街の真ん中だからなぁ‥ 。とりあえず、走ります」


 奴らに気が付かれないうちに距離を稼がねば。老婆を背負ったまま走り出す。

 

 だが、老婆の真っ赤なコートが目立たないはずはない‥ 。

奴らに気付かれるまで、そう時間はかからなかった。


「やばい!見つかった!」


 二人組がこちらへ向かって動き出した。

 

 やばいやばいやばいやばいやばいー!!

スピードを上げて走る。

なんだかこんな光景、テレビで観たことがある。

ハンターとかいうやつに追いかけられる番組。


 老婆が俺の肩に必死にしがみつく。骨ばった萎びた手。伸び切った厚い爪が肌に食い込む。


 人混みをすり抜け、繁華街のはずれ迄走ってきた。この辺りは、古くからの店が何店舗も閉店して人気がない。

 もうほとんど使われていないであろう寂れた雑居ビル。その非常階段を昇る。


 五階まで上がり、屋上への扉を開ける。

良かった。幸い、壊れていて鍵がかかっていなかった。

ずっと走り続けてヘトヘトだ。

心臓がバクバク悲鳴を上げている。

‥ 奴らはうまくまけたようだ。


「少し、休み‥ ましょう」

息を整え、いったん老婆を背から下ろす。

 

「助けてくれて、ありがとちゃい」

老婆は、俺の手を強く握りしめ、深くお辞儀をした。


「困った時はお互い様です。気にしないで下さい。それより、なぜ追われているのですか?」


  老婆は答えない。

 

「お婆さん、ずっとこのままここにいるわけにはいかないし‥ 。お婆さんの家か、どこか安全な場所に送りますよ」


「 ‥ 」

 

 老婆は答えない。

 さて、どうしたものか‥


 するとその時


「そこまでだな」

 

低い男性の声がして、驚いて振り返ると、さっきの二人組が目の前に立っていた!


「いったいどうして‥ 」


俺が言い終わらないうちに、男のひとりが

「お前に用はない。去れ!」

と、言い放つ。


「嫌だ! あなた方は何者なんだ?なぜお婆さんを追いかけているのか理由を聞かせてくれ」


「お前には関係のないことだ。邪魔をすると命はないぞ」


命はないだって? 何をそんな物騒な!

サスペンスドラマでもあるまいし。

俺は無言のまま老婆を抱え上げ、その場を去ろうとした。


「おい!待て!!」


入り口まで一気に駆け抜けようとしたが、上着の裾を引っ張られ、引き戻された。


「その老婆を渡せ!」


男の声を無視して、再び扉の方へ向かった。

 

「自分の選択を悔やむがいい!」


男は大声をあげ、俺の肩を掴んだ。その瞬間俺は、およそ人間の力とは思えないような驚くほどの力で、後方へ五メートル程吹っ飛ばされた。


コンクリートの床に背中を強く打ちつけられた。


「い、痛え‥ 。お婆さん、怪我はないかい?」


 俺の腹の上で、老婆はこくりと頷いた。



 俺は、職も友も失い、社会から見放された存在。

 不幸に付き纏われる人生。

これからの人生、何も希望がない。

こんな俺じゃぁ、ミーコは見向きもしてくれないかもしれない。

 

 だけど。こんな奴らよりよっぽどマシだ。

弱い者に平気で暴力を振るうような奴らとは。

 

 俺は、静かに老婆を降ろし、後ろ側へと誘導した。

 ふと脳裏に、ミーコが浮かんだ。

『ミコミコパワーで皆がハッピーになりますように!』

 ‥ あの笑顔に何度勇気付けられたことだろう。

不思議と、恐怖は感じない。左手に庄司のキーホルダーを強く握る。

深く息を吸い込み、声高らかに叫ぶ!

 

「この世の悪を打ち砕く!セルカ・ペパーミントトルネードッッ!!」


 俺は、両手をぐるりと回してクロス、片足立ちをして、セルカの戦闘ポーズをとった。

 (ミーコ!庄司!セルカ!力を貸してくれ!

 と祈りながら)

 

 男達が呆気に取られている隙をついて

「お婆さん、今のうちに逃げて!」

 叫ぶと同時に、二人組目がけて猛然と突進した。


「うおぉぉぉぉぉーーーー!!!」

 

「邪魔者めがーーーーーっ!」


一気に二人を押し倒すつもりだったのだが、

あえなく、男のひとりに羽交締めにされた。


「離せっ!」

 男の腕を振り解こうと抵抗したが、相手の力が強すぎる。

 

 もう一人の男が、不気味に微笑んで言った。


「運が悪い男だな。お前も、あいつも」


 あいつ?いったい誰のことだ?

 

「まあ、いい。さっさと片付けよう」


 男は右腕を高く振り上げた。 

瞬間、その腕はシュルシュルっと奇妙な音を立て、蛇のような装飾を施した大剣へと変化した。

 

「 ‥え‥ ?嘘だろ‥ ?」


 現実ではありえない光景。

あってはいけない現実。


「やめ‥ っ!!!!!」


 ‥ 願い虚しく、大剣は俺目がけて一気に振り下ろされた。


 ザシュッッッ!!!


 鈍い音が響いた。

刹那、瞳に映ったのは、真っ赤な血飛沫。

それは、スローモーションの映画のように。

雨粒と交わり小さな小さな赤い宝石が輝いているように幻想的だった。


 俺の体は、

 無惨にも真っ二つに切り裂かれた。

 


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