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第三十七話 「 呪縛 」



「お逃げなさい。ピーカ」


 母は、私を強く抱きしめました。


「でも、そうしたらお母様が‥ 」

 

「あなたには幸せになってほしい。ピーカを守る為なら、私は何があっても平気よ。

 ‥ お父様も、ピーカを愛しているわ。でも、お父様が思う幸せと、ピーカが望む幸せは違うのよね‥ 。

時間が経てば、お父様もわかってくれるはずだわ。お父様は私が説得するから、安心なさい」


 国王である父の命令に背くことは、家族であっても許されることではありません。

 安心していいものなのか‥ 不安でした。


 私の心配をよそに、母はその夜のうちに信頼できる家臣ゴリゴを密かに呼び寄せました。


 西のはずれにある叔母の家へ私を連れて行くよう命じたのです。

 母の妹である叔母は、人里を避け森の中に住んでいました。そこなら、父に見つからないだろう、と。

 叔母は人嫌いですが、私のことは可愛がってくれていたのです。私も、自然の中で自由に暮らしている叔母のことが大好きでした。


「お父様に気付かれないうちに行きなさい。ゴリゴ、ピーカを頼みますよ」


 私は最低限の荷物だけを持って、ゴリゴと裏門へ向かいました。

 足音を立てないよう進む城の長い廊下。

夜の城は、鼓動の音が聞こえてしまうのではないかと思うほど静まり返っていました。


 ――見つかりませんように。


 窓の隙間から吹き込む風がカーテンを揺らすと、その影にさえ、肩がピクリと震えました。

ゴリゴの大きな背中に隠れるように進みながら、やっとのことで裏門へたどり着きました。


「ピーカ王女、急ぎましょう」


 ゴリゴが低く囁き、私は小さく頷きました。


 ――これで、本当に城を出るのね。お父様にお許しいただけるまで帰ることはない‥ 。


 覚悟を決めて、用意されていた馬車に手をかけたその時。


 石畳を打つ、重い足音が響きました。


 ひとつ。

 また、ひとつ。


 ーー誰かが来る!


 私はゴリゴと顔を見合わせ、急いで馬車へ乗り込もうとしました。



「ピーカ王女、どちらへ行かれるのです?」


 驚いて振り向くと、そこにはアースゴット王が立っていました。


「あの‥ ええと‥ ちょっと急用で‥ 」


咄嗟のことで、頭が真っ白になりました。


「こんな夜更けに? ならば、私もお供いたしましょう」


「いえ、結構です。私の家臣が一緒なので。王様はどうぞお休みになって下さい」


「妻に迎えようとしている貴方を放ってはおけません」


「私は‥ つ‥ 妻にはなりません!」


「 ‥ 馬鹿なことを。私と結婚すれば、この国も貴方も一生幸せなのですよ? お父上もそれをお望みだ。

私とともに、素晴らしい世界を作り上げようではありませんか」


「私は、このフーミャ王国が大好きです。これ以上の何も望みません。どうか‥どうか王様、縁談の話はなかったことにして下さい」


自分の声が震えているのがわかりました。それでも、精いっぱい自分の意志を伝えました。


「ほぉ‥ 。それは残念。後悔することになりますよ?

それでも良いのですか?」


「私の気持ちは変わりません。どうぞお許し下さい」


「そう‥ ですか。‥ ならば、とっておきのプレゼントを差し上げましょうか」


 アースゴット王の瞳の奥が一瞬赤く光った気がしました。

美しい王の表情が、意地の悪い不気味な笑みへと変わっていく。

その瞬間、背筋が凍りつくような感覚が襲い、体を動かす事ができませんでした。



「醜い姿で生き続けるがいいでしょう。

山奥でひっそりとね。死ぬまで続く呪いです。絶望を味わい、運命を呪うたびに、その胸には憎悪の糸が現れます。そしていずれは体全体に広がり、心も体も完全に魔物と化すでしょう」


「魔物‥? なぜ呪いだなんて?」


 私の両手はワナワナと震えました。

いったいこの王は何を言い出すのだろう、と。


「貴方は私を失望させたからです。罰を受けなければなりません。

妻になるはずだったあなたへ、せめて特別に、チャンスをあげましょうか。

あなたの(まこと)を見ることができる特別な人間と結ばれれば、この呪いは解ける‥とね。

そんな奇跡、ロマンがあるでしょう?

では、檻のような世界で永遠に地獄のような人生を‥ 」


 アースゴット王は、黒く輝く石の首飾りに唇を押しあて、小声で何やら呟きました。

そして、その石をパチンと指ではじいた時、私は意識を失いました。



        ♢ ♢ ♢




 気がついた時には、冷たく湿った土の上。この場所にいたのです。

 フーミャ王国からどれ程離れた場所なのか見当もつきません。飛び込んできたのは、見慣れない景色だけ。


 フーミャ王国や両親がどうなったのかわかりません。

時間(とき)の経過もわかりません。


 何が起きたのか理解できませんでした。

周りに、何人ものゴブリンが横たわっていました。

その装いから、ゴリゴと、城の中にいたはずの数人の家臣たちだと気がつくのにそう時間はかかりませんでした。


 アースゴット王が呪いの力を持っているなんて、思いもしませんでした。


 目覚めた家臣たちは、互いの姿がゴブリンになってしまったことにショックを受けました。


困惑、混乱、絶望‥ それらを乗り越えて、私たちはこうして暮らしています。わずかな希望を持って。

 

 ですが、私や家臣たちの体に現れた "黒い模様(ぞうおのいと)"は、日に日に大きくなっています。


 アースゴット王は、それが全身に広がれば魔物と化すと言っていました。


 『人間の心を失いたくない』


この姿のまま永遠に生きることも、魔物になってしまうことも望みません。


 『人間の姿に戻りたい』


それが私たちの願いです。

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