第三十七話 「 告白 」
" 雑煮 " が功を奏して、ゴブリン達に受け入れられた俺。今宵はゴブリンの館に宿泊することになった。
リンやモジャに連絡できないのが気がかりだが、今はそれどころではない。
満月の優しい光が注ぎ込む館の一室で、俺はピーカ王女と二人きり‥ 。
王女の真剣な眼差しが、まっすぐ俺に向けられている。
熱い視線に体が反応してしまう男の性。
加速していく胸の鼓動、熱を帯びていく顔面、ジワリと汗ばむ手。
(落ち着けーーーーっ!落ち着くのだ、俺ーーーーっ! )
冷静さを取り戻すべく、心の中で喝を入れる。
そんな俺を、ピーカ王女の澄んだ声が包み込む。
「勇者様と結婚したい理由は ‥‥ これです」
そう言うと、王女は胸元から覗く黒い模様に両手を当てた。
「事の始まりは、もうずいぶん昔のことです。私の記憶をお見せしましょう」
王女は俺の手を取り、壁にかけられた鏡の前へ進んだ。
銀の細やかな装飾を施した楕円形の鏡。
ランプの灯りがふたつの影を照らし出す。
「 ‥‥ えっっっ?!」
俺は、驚きのあまり息を呑んだ。
そして、目を見開いたまま、隣にいるピーカ王女の姿を確認する。
なぜなら、鏡に映っている姿が、俺の見ているピーカ王女と違っていたのだ。
同じ水色のドレスを着ているが、苔色の肌や、尖った耳ではない。
その身体は温かな肌色。
柔らかな栗色の長い髪を結い、深い緑色の大きな瞳に長いまつ毛、薄紅色の唇‥ とても愛らしい姿。
「 ‥ これは、いったい‥ ? 」
「これは、満月の夜にだけ見る事ができる真の姿です」
王女は、少しだけ首を傾けて俺の方を見ると、右手で鏡の表面をゆっくり撫でた。
すると、そこには見知らぬ風景が映し出された。
透き通るほど青い海と空。
港は数十隻の船や人々でにぎわっている。
色とりどりの家々が肩を寄せ合う街並みは、まるで絵本の一ページのようだ。
そして、そのすべてを見下ろす高台の先。
空へ向かって高くそびえる、真っ白な城。
王女は、その景色を懐かしむように見つめながら、語り始めた。
♢ ♢ ♢
今から数十年ほど昔。
もう、時間の経過すら正確には覚えていません。
かつて、私たちが暮らしていた 『 フーミャ王国 』は、ここから西へ西へ進んだところにありました。
海沿いの小さな国ですが、海産物や農作物が豊富にとれ、人々は笑顔と活気に溢れていました。
花や緑に彩られ、とても美しい、平和な国だったのです。
そんなある日、東の国の王だと名乗る人物が、数名の家来を連れて訪れました。
その名は " アースゴット " と。
彼はスラリと背が高く、艶やかな黒髪と深い藍色の瞳で、その若く美しい姿と立ち居振る舞いに、人々はたちまち魅了されました。
国王である父も、ひと目で気に入った様子で、彼らを歓迎しました。
アースゴット王は穏やかな口調で、父にこう提案しました。
「フーミャ王国はとても美しく素晴らしい。
我が国と親交を深め、共に平和な世界を作り上げていきませんか?」
「それは誠にありがたきお言葉。
我もまた、平和な世界を築かんと願っておる。
争いなき世、心穏やかに語らえる国を、作り上げていこうではないか」
父は、アースゴット王の提案を快諾しました。
そして、アースゴット王の
「王女様を妃に迎えさせてほしい」
との申し出も、嬉々として受け入れてしまったのです。
とりたてて美人でもなく、引っ込み思案な娘には、この上ない縁談話だと。
ですが、その事を知らされた時、私は言いました。
「お父様、私は初対面のアースゴット王とは結婚したくありません」
「何を言う。彼は立派な人物だ。容姿も身の上も申し分ない。この国の為、お前の幸せの為でもあるのだよ」
「私は幸せだと思えません。私には‥ 好きな方がいます」
「姫よ、わがままを言うでない。これ以上の良い縁談などあるわけがない」
父は、私の意見を全く聞き入れてくれませんでした。
そこで、その日の夕刻、城に滞在していたアースゴット王に会いに行ったのです。
自分の口から、お断りをするために。
客室をノックをしようとした時、扉がわずかに開いていて、アースゴット王の後ろ姿が見えました。
一緒にいる家来との話し声が聞こえ、私はノックしようとした手を下ろしました。
「 ‥‥ 王様、ピーカ王女をどうするおつもりで?」
「それは大切にお預かりしましょう。なぁに、人質のようなものだ。大事なひとり娘を預けているとなれば、私に逆らう事はできないでしょう?」
( " 人質 " ‥‥?
つまり、私は 『フーミャー王国 』を手に入れる為の道具?
東の国王の目的は、我が国との友好ではなく、侵略? )
「王女を手に入れ、国王さえいなくなれば、この国は我等の思い通り。近隣の国々を手に入れるのも時間の問題だ。
私の理想の世界へまた一歩近付くでしょう」
アースゴット王の冷たい笑い声が響き、ゾッとしました。
彼は、父の命やこの国の全てを狙っているのだと確信したのです。
私は、音を立てぬよう急いで父の元へ向かいました。
そして、その事実を伝えたのですが、父は取り合ってくれませんでした。
「そんな嘘をついても無駄だよ、ピーカ。今週末に、アースゴット王と結婚しなさい」
と。
途方に暮れ、泣く泣く母へ相談すると、母は言いました。
「 ‥‥ 私はあなたの言葉を信じるわ、ピーカ。あなたには幸せになってほしい。
だけれど、国王様には逆らえない‥‥ だから‥ 」




