第三十六話 「 夢中 」
ゴブリンの広場から少し離れた森林の中。
木々の間に無理やりはめ込んだようなテントがひとつ。
左右から伸びた枝や、木の根でデコボコした地面が快適さを損ねている。
それでも、二人の人間が横たわるスペースは確保できた。
「疲れたぁ。お腹空いたぁ‥ モジャ、私もうダメェ‥ 」
リンは寝袋を抱えながら寝転び、左右にゴロゴロと体を揺らす。
「勇者どんがいないと、テント張りも一苦労でしたなぁ」
モジャは フゥッと軽くため息をついた。
「むやみに魔法を使うのは危険だしね‥ 。
あーあ。空腹すぎて、このままじゃ眠れそうにないわ。勇者の料理が恋しいわぁ」
「 ‥ 仕方がないですなぁ。勇者どんから預かっていたアレでも食べるとしますか」
「えっ?何なに?美味しいもの?」
リンは寝袋を放り投げ、勢いよく起き上がる。
モジャはショルダーバッグから袋を一つ取り出した。
袋を開けると、中から棒状のものを一本つまみ上げ、リンヘ手渡す。
「なぁに、これ?」
ランプの明かりで照らすと、赤橙色の身がいっそう艶やかに見えた。
「鮭トバと言いましてな、脂ののった鮭の身を細く裂き、寒風と時間にさらしてじっくり乾かした保存食ですぞ」
「 なんだか硬そうね。食事というよりは、お酒のつまみのような‥ 。 ま、この際なんでもいいわ。いただきまぁす」
はむっ‥ はむむっ‥
(な、なかなかの弾力ね。でも、噛みしめるたびに鮭の旨味と塩気が、口いっぱいに広がっていく‥ )
「 ‥思っはより、美味ひいわね」
「それは良かった」
夢中で鮭トバを噛むリンを見て微笑み、モジャも一本口に運ぶ。
「 ‥‥ 」
「 ‥‥‥‥ 」
少しの沈黙。
互いの咀嚼する音だけが聞こえていた。
「 ‥‥ そう言えば、モジャと二人っきりになるのは初めてね」
先に口を開いたのはリンだった。
(モジャは気の知れた仲間。気まずいわけではないはずなのに、どうも落ち着かない。緊張‥ とも違う気がする。
勇者と二人きりの時はそんなこと感じなかったのに‥ )
「いかにも。‥ 勇者どんがいないのは寂しいですなぁ」
「 ‥ 勇者、大丈夫かしら」
「わしが明朝偵察に行ってきますぞ。なぁに、勇者どんは
うまく切り抜けられているでしょう」
「そうね‥ 。
ところで、聞いてもいいかしら?
初めて出会った時、ドワーフの皆が安心して暮らせる場所を探しているって言っていたけど。モジャは初めからひとりで旅に出たの?」
「まあ、そんなとこですな。
‥ それより明日は早いですから、わしは先に寝ますぞ」
「ええっ?もう? まだいいじゃなぁい。たまには二人で語り合いましょうよぉ」
しかし、モジャはリンの言葉に背を向けて、そそくさと寝袋に体を滑り込ませていく。
「おやすみですぞ‥ グー‥ スピー‥ 」
「早っ!速攻で寝るのね‥ 」
リンは残った鮭トバをかじりながら、毛モジャの後ろ頭を見つめていた。
(わしは、人に話せるほどのことはできておらんのです。すまない、リン。いつかお話しますぞ‥ )
こうして夜は更けてゆく。
勇者がピーカ王女からプロポーズを受けているとは、知る由もないリンとモジャであった。
♢ ♢ ♢
一方、こちらは『 死の門 』である。
「バンダバ様!起きてください!」
綿菓子みたいなソファーの上で、大の字でイビキをかいているバンダバの体を揺するアノン。
アノンはソファーの周りをフワフワ移動しながらも、その視線は真っ白な空間に浮かんでいるスクリーンを見つめていた。
目まぐるしく変わる複数のスクリーン画像。
その中のただ一つに夢中なのである。
「んあ? いつの間にか寝てしもたちゃい」
バンダバは大きな欠伸をすると、ゆっくり体を起こす。
「寝ている場合じゃないですよ!バンダバ様が寝ている間に、勇者様がプロポーズを‥ 」
「ぬわにぃーーーーっ?! 魔王討伐というミッションがあるというのに、女子に結婚を申し込むとはどういうこっちゃいっ! そんな余裕はある・はず・ないっっっちゃい!
蘇りの条件を忘れたちゃいかーっ?」
バンダバは興奮気味に叫んだ。
「ち、違いますよぉ。バンダバ様落ち着いて下さい。
プロポーズをしたのは勇者様ではなく、ゴブリンの王女です」
「ほへっ? ゴブリンの王女とな?」
「そうです。勇者様には、心惹きつける不思議な魅力がありますよねぇ。いつの間にかアノンもすっかり夢中ですわ」
「勇者を先に見つけたのはわしちゃい」
「バンダバ様、そのマウントとるような発言はやめて下さい」
「わしは見る目があるちゃい。チャーーチャッチャッ!」
バンダバは、高らかに笑うと、テーブルの上に置かれたレモン色の飲み物をグイッと飲み干した。
「あ!バンダバ様、それはアノンのですよっ!もぉーっ」
「ほれ、アノン。勇者を見るちゃい。ほれ、ほれ」
バンダバとアノンは、再びスクリーンに注目する。
そこには、見つめ合う勇者とピーカ王女の姿が‥ 。




