第三十五話 「 握手 」
ピーカ王女の大きな瞳が、ウルウルと俺を見つめる。
一歩後退りする俺に、一歩近付くピーカ王女。
ついには壁際へと追いやられてしまった。
「初めてお会いした時に、 感じたのです」
ピーカ王女の小さな手が、俺の手をギュッと握る。
「 ‥ 勇者様 ‥ 」
握った手にいっそう力が込められ、体温が伝わってくる。
「 ‥ 私と」
その声は震えていた。
けれど、真っ直ぐに俺を見つめる瞳からは、強い意志が感じ取れる。
「王女様‥ と?」
これはただ事じゃない‥ そう直感した瞬間、心拍数が跳ね上がる。
王女は、一呼吸置いてこう続けた。
「 ‥‥ 結婚して下さい」
時間が一瞬止まった気がした。
理解が追いつかないまま、
「 ‥‥ へっ?? けっ、結婚っ?」
間の抜けた声が出てしまった。
「 ‥ いや、あの、王女様、それはあまりにも唐突では?
王女様が初対面の俺に結婚を申し込む理由がわかりません。
‥ よろしければ理由を聞かせていただけませんか?」
「勇者様‥‥ 」
ピーカ王女は、突如泣き出した。
大きな瞳からボロボロ涙の粒がこぼれ落ちる。
これまで必死に堪えていた感情が溢れ出すように。
「あ、あの‥‥ 」
俺は完全に狼狽えながら、とりあえず王女を椅子へと促した。
ギシリと小さく音を立てて椅子に腰を下ろした王女は、俯いたまま嗚咽を漏らす。
さて、どうしたものか‥
俺は何も言えず、ただ少し距離を空けて王女を見つめる。
ひとしきり泣いて落ち着くと、
「驚かせてしまってごめんなさい。勇者様、私を見ていただけますか‥ 」
そう言って、王女はドレスの前ボタンに手をかけた。
ひとつ、またひとつはずしていくではないか。
「ピーカ王女、な、何を‥ ?」
俺は慌てて王女の手を止めようとしたが
「これを見てください!」
王女は語気を強め、パッと勢いよくドレスの胸元を開いた。
そこには、手のひら程の大きさをした、黒いシミのような模様が広がっていた。
皮膚の下から滲み出るように浮かび上がり、細い線が絡み合っている。
目にした瞬間、あまりの異様さに言葉を失った。
ーーバタンッッ!!
その時、突然部屋の扉が乱暴に開かれ、見覚えのある大きな姿が目に入った。
「キサマァッ!王女ニ ナニヲスルッ!」
そいつは部屋に入るなり、俺の胸ぐらをつかみ殴りかかってきた。
「ぐっ――! ま、待ってっ!誤解だ誤解っ!ここは穏便に‥ 」
「そうです!やめ ‥‥ 」
俺の声も、王女の声も、理性を失ったゴリには届いていない。怒りを露わにした目で、太い腕を振り下ろす。
必死で防戦するも、力はゴリの方が上。ゴリの片腕を、俺の両手でなんとか押さえるが、時間の問題だ。
こ、このままでは体ごと吹っ飛ばされてしまう!
ピンチだ、ピンチ!!
なんとかここを穏便に切り抜けたい。
ーーふと、脳裏にリン、モジャ、サルジュの顔が浮かんだ。
笑って、笑って過ごした時間。
走馬灯のように‥‥
って思い出にひたっている場合ではない!
そうだ。苦しい時こそ笑って乗り越えるのだ!
" 笑う門には福来る " ミーコもそう言っていたではないか。
よぉーし!
「わはーーっはっはっはっ!!」
俺は大袈裟に笑い飛ばした。
すると、ゴリは意表をつかれギョッとした顔をし、一瞬攻撃の手が止まった。
俺はその瞬間を見逃さなかった。
スルッとしゃがみこみゴリの背後へまわる。そして、両腕でゴリの脇腹をとらえ
「秘技!! コチョコチョロマーーーン!!」
‥ いや、なんともダサいネーミングだ。
そう思いつつ、ただひたすらにゴリの脇腹をコチョコチョくすぐった。
「ナ、ヤメ、ヤメロッッ!! ブフフッ!ブハッ!」
身をよじるゴリを、俺は離さない。
笑っているゴリにつられて、だんだん俺まで可笑しくなってくる。
「やめてほしいかぁ? じゃあ、もう俺を殴らないと約束するかぁ?」
「ヤクソクスル!ヒャーヒャッ‥ ダカラヤメテクレェー!」
「よぉーし。男と男の約束だ」
俺はゴリへの笑撃を止めた。
「ヒィ‥‥ ハァ‥ ハァ‥ 」
前屈みの姿勢で息を整えるゴリの肩へ、王女が優しく手を置いて語りかける。
「落ち着きましたか? ゴリゴ」
おっ!? ゴリの名前は " ゴリゴ " なのか!
俺の直感ドンピシャだったとは!
黙ってうなづくゴリへ、俺は右手を差し伸べる。
すると、ゴリは俺の手を取って立ち上がった。
「すまなかった‥ つい、カッとなって‥ 」
「王女様を大切に思う気持ちが伝わったよ。頼もしいな」
俺はゴリの手を強く握りながら、ふと違和感を感じた。
最初に会った時より、ゴリの言葉がスッと心に入ってくるような。なんだか不思議な感覚。
「ゴリゴ、私は勇者様に大事なお話があります。少しの間、下がっていてもらえますか?」
「はい。‥ 失礼いたします」
ゴリゴは静かに部屋から出て行った。
「勇者様、ゴリゴが大変失礼なことをしてごめんなさい。
‥ では、お話ししますね。勇者様と結婚したい理由を‥ 」




