第三十四話 「 雑煮 」
ピーカ王女は静かに椀を持ち上げ、ゴクリと汁を飲み込んだ。
その瞬間、まあるい瞳がさらに大きく見開かれた。
「 …… 」
何か言いたげだが、言葉は出てこないらしい。
次に王女は、俺が持つ箸を見よう見まねで、餅へと箸を伸ばす。
ぎこちない手つきで餅をつまみ上げると、白い柔らかな餅が箸に引かれて伸びていく。
にょいぃぃぃーーーん
「オオ…」
「ナンダ アレハ‥ 」
「生キテ イルノカ?」
その異様な光景に、周囲のゴブリン達は興味深そうに身を乗り出す。
「それは、 " 餅 " と言う食べ物です。やわらかくて美味しいですよ」
俺の説明を聞き、王女はおそるおそる餅の先端を口に入れ、ゆっくり咀嚼した。
周りのゴブリン達は、その様子をじっと見守っている。
王女はゴクリと餅を飲み込むと、満面の笑顔を見せた。
「皆も食べてごらんなさい。美味しいですよ」
王女の声かけで、他のゴブリン達が我も我もとこぞって器に手を伸ばす。
お椀に盛られた雑煮は、あっという間に無くなった。
「この料理はなんと言うのですか?」
王女が尋ねた。
「雑煮と言います」
「ぞうに‥ 」
「ゾーニ!」
「ゾーニ!ゾーニ!ウマイ!ウマイ!」
雑煮は、思った以上に大好評だった。伸びる餅が面白く、食感や味も気に入ったようだ。
餅を喉に詰まらす者は一人もいなかった。
彼等は歯が丈夫で、よく噛む習慣があるようだ。
" 餅を喉に詰まらせている騒動の隙に逃げ出す " という作戦は失敗。
だが、これで良かった。
皆が喜んで食べている姿を見ていると嬉しい。
人種、言葉、文化は違えど、美味しいものを食べると幸せな気持ちになるのは共通だな。彼等の笑顔がそう証明している。
何はともあれ、雑煮のおかげで
" 魔王條へ向かう料理人 " と信じてもらえたようだ。
残念ながらここには魔王城がなかったが、無事、穏便にこの場を切り抜けられそうで一安心。
やがて、雑煮を食べ終わったゴブリン達はすごすごと建物へ戻って行った。
そろそろ夕陽が沈む。
後片付けをしている俺の傍へ、ピーカ王女がやってきて言った。
「勇者様、おいしい食事のお礼と言ってはなんですが、よろしければ今宵は私達の館で休んで行って下さいませ。夜道は危険です。日が昇ってから出かけると良いでしょう」
「それは助かります。お心遣いありがとうございます」
こうして俺は、ゴブリンの館へと招かれた。
岩を積み上げて作られた館は、中に入ると思ったより広い。
客人用の部屋は、寝心地の良さそうなベッドと、小さな丸テーブル、肘掛け椅子が置いてあった。
「何か用があれば、このベルを鳴らせ」
そう言って、案内してくれたゴリは部屋から出て行った。
無愛想な奴だが、王女に忠実な部下のようだ。
モジャから、ゴブリンは言葉も通じず獰猛だと聞かされたが、話しもわかるし、俺たち人間と何ら変わりはないな。
俺は、ベッドへと身を委ね、ぼんやり天井を見つめた。
館へ入る前に岩陰を探してみたが、モジャの姿はなかった。モジャもリンもスマホを持っていないから、連絡を取る術がない。心配しているだろうなぁ。
明日、ここを出たら合流できるだろうか‥ 。
♢ ♢ ♢
「あの二人、遅すぎる。何かあったのかしら」
先を進んでいたリンは、勇者とモジャがやって来ないことに不安を覚えた。
「ちょっと様子を見に行こうかな」
箒にまたがり、来た道を戻る。
「人影が見えるわ。あれは、勇者?」
広場でゴブリン達と裸の勇者が見えた。
そこから少し離れた岩陰に、モジャの姿も。
「いったいどういう状況なのかしら?
‥ ヨデイ・イラフターバ」
リンが呪文を唱えると、紫色の羽を持つ蝶が、リンの目の前に現れた。
「モジャの所へ行って」
蝶はリンの言葉に導かれるように、モジャの元へと飛んで行った。
(勇者どん、何やら皆に囲まれているぞ。あの歓声はどうしたのじゃ)
岩陰に隠れているモジャの肩へ蝶が静かに降りる。
『モジャ、聞こえる?』
「ウワッ!驚きましたぞ!」
モジャは驚いて尻餅をついた。
声のした方を見ると、紫色の蝶に気がついた。
「リン、蝶に変身したのですかな?」
『いいえ。この蝶を通して話しているの。二人が遅いから心配で戻ってきたら、空から二人の姿が見えたの。
いったい何が起こっているのかしら。彼等に見つからないように、あとでこっそり木陰へ来て』
リンの言葉を聞き、モジャはそっと木陰へ移動した。
「勇者は大丈夫なの?」
「うまくやっとるようだ。ゴブリン達に怪しまれてはいないようですぞ」
「じゃあ、このまま様子を見て、勇者とは明日合流しましょうか」
リンとモジャは、勇者がゴブリンと館に入るのを見届けた。
♢ ♢ ♢
「一人っていうのは、やっぱり心細いな。寝るにはまだ早いし、ミーコの配信でも見よう」
俺はスマホを取り出し、登録チャンネルをポチッと。
「ミコミコミーコの、モンスター捕獲バトル!
今日はこのゲームをやります。今、大人気だよねっ。
初めてのゲームはワクワク!どんなモンスターが出るのかなぁ。‥ 早速行ってみよう!
んー、岩がゴッツゴッツの山だねぇ。
ミーコの装備は、まだ経験値ないんで、最低限の甲冑と剣。これで戦えるのかな?ちょっと心配。
あ!大きな岩からモンスター出現!
ゴッツゴツドラゴンだって。
いかにもゴツゴツした皮膚に大きな尻尾。頭には真っ赤なトサカ‥ ニワトリみたいな顔だね。
硬そ。この剣で大丈夫かなぁ。
うわっ!いきなり火を吹いてきたよ。避けた!
よしっ、えいっ!!うわっ、ダメだー。
尻尾は硬くてダメ。あ、もしかして足が弱点かもっ。よしっ」
うわー、新発売のこのゲーム、やりたかったんだよなぁ。
ミーコ、初めてにしては上手いな。
ミーコワールドに没頭していると、突如扉をノックする音で現実世界へ戻された。
後ろ髪引かれる思いでスマホを閉じる。
ーー 扉を開けると、そこに立っていたのはピーカ王女だった。
「夜分遅くに申し訳ありません。勇者様に大事なお話があって」
‥え? もしかしてもしかして‥ ?
夜に王女ひとりで俺の部屋へ来るなんて‥
まさか‥ いや、そんなはずはない。
俺が一瞬ためらっていると、ピーカ王女がスルリと部屋に滑り込み、扉を閉めた。
「これは誰にも聞かれたくない話なので」
や、やばい。待って。心の準備ができていない。
こういうのは苦手なんだ‥ 。
「実は、初めてお会いした時に」
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
「勇者様になら‥‥」
ま、待ってくれ‥ 。
人間との恋愛経験もない俺が、ゴブリンの王女と‥‥ ?




