第三十三話 「 御守 」
(やってもうたーーーーっ!!
つい、反射的に隠れてしまいましたぞ!
ああ‥ 勇者どん、面目ない‥ 。
モジャをお許しくだされ。決して見捨てたわけではございませんぞ!)
モジャは、岩陰に身を潜めながらじっと勇者を見守るのであった‥ 。
♢ ♢ ♢
泉月勇者、人生最大のピーンチッ!
考えろ‥ 考えろ‥ 。
俺は、無意識に母ちゃんの御守りを握りしめる。
目の前には武器を手にしたゴブリン達。
口から五臓六腑が飛び出しそう‥‥ なんだか腹まで痛くなってきた‥
上からも下からも飛び出たら、えらいことになるぞ‥
この場を穏便に切り抜けるには、彼らに " 魔王城に呼ばれている料理人 " だと信じてもらわなければならない。
まずは " 敵ではない " と証明せねば。
昔から、他人との距離を縮める時に " 裸のつきあい " という言葉がある。
ならば、彼らと心を通わせるために
" スッポンポンにはスッポンポン " でいこう!
‥ よしっ!
「俺は武器を持っていない。敵意がない事をわかってほしい」
彼らにそう告げると、思いきってTシャツを脱いだ。
ズボンも靴下も脱ぐ。
パンツ一丁っ! どうだ!
‥‥ ん?
彼らの反応が薄い。
なんだか、彼らの視線が、俺の下腹部一点に集中している。
‥ ええぇぇっ??
もしや、こ、これも‥ ?
俺は躊躇した。相手がゴブリンとはいえ、これだけの人数の前で全裸をご披露する勇気はない。
だが、後戻りはできない‥ 。
俺は、一度深呼吸をすると、ゴブリンが腰に身につけている大きな葉を指差し
「俺にもそれをくれないか?」
とお願いした。
すると、すぐに一人のゴブリンが腰あての葉を持ってきてくれた。
「ありがとう」
丁寧に受け取ると、葉についている紐を腰に結び、下腹部に葉をあてがった。
そして、するりとパンツを脱ぎ捨て、ついに完全全裸。
――その瞬間だった。
ざわついていたゴブリンの群れが、何かの合図があったかのように、サッと左右へ割れた。
その間から静かに、ひとりのゴブリンが前へと進み出た。
周囲の者たちとは、明らかに違う。
まず、スッポンポンではない。
そして何より、その身体を包んでいたのは、淡い水色のドレス。布地は簡素ながらも、どこか気品すら感じさせる装い。
途端に、場の空気が一変した。
ドレス姿のゴブリンは、ゆっくり俺の前へやって来た。
「ピーカオウジョサマ、コノモノヲドウイタシマショウカ?」
ゴリが跪いてこうべを垂れた。
ピーカ王女? ゴブリンの王女様? もしや魔王の娘?
王女は、他のゴブリンと身なりが違うだけではない。
体は皆より小柄で、尖った耳や鼻ではなく、もっとやわらかい顔立ち。
どこかで会ったことがあるような、懐かしい雰囲気。
‥‥ あっ!!
思い出した! 昔飼っていた愛犬に似ている。
丸い顔にプチャッと潰れたようなペチャ鼻。存在感のあるこぼれ落ちそうな大きな瞳、鼻の脇のシワシワ。短い手足。
すべてが可愛かった‥ 。
「 ‥ 可愛いな」
ハッ!!
思わず心の声が漏れてしまったー!
愛犬の姿と重なって、ついぃぃ!
" 昔飼っていた愛犬に似ていて‥ "
なんて絶対言えないぃぃ。
あれ?
ピーカ王女、なぜか顔を赤らめ、恥じらっている?
まんざらでもないのか?
いや‥ 気を悪くしたのか?
王女の顔とは対照的に、俺の顔は青ざめていく。
心臓の鼓動が速くなる。
ああ、この場から消えてしまいたい‥
ゴリが俺に近寄り、手を伸ばした。
「コレハ ナンダ?」
俺の首から下げた御守りを指差して言った。
「これは、母からもらった大事な御守りです」
「ソノフクロニハ ナントカイテアル?」
「安産祈願です‥ 」
それを聞いて、王女が再び赤くなった。
いやいや、俺の子を授かってくれとは言ってないぞ?
説明まだ途中だし。母ちゃんがお守りなら何でも守ってくれると勘違いして持たされただけだし‥ 。
「ナカニ ハイッテイルノハ ナンダ?」
御守りの中身? 袋は開けた事がないからわからない。
確かに、何が入っているのだろう?
「たぶん‥ " 母の愛 " です」
俺は、もっともらしい事を言ってみた。我ながら、良い答えだと思う。
すると、突然ゴリが俺の首から御守りを取りあげ
「アケルゾ」
そう言って、長い爪先で袋の紐を解く。
「コ、コレハイッタイ‥ ?」
ーーー あ。ああ‥ 母ちゃん‥
御守りの中に干し柿。
御守りの中身が干し柿‥ 。
御守りの中身が干し柿‥‥‥‥ 。
‥ 思わずツッコミたくなる。
なぜ干し柿。非常食か‥‥‥ ?
ああ‥ 頭の中が真っ白になる‥
ゴリによって、訝しげに爪先で摘まれた干し柿は、役目を終えて干からびた心臓のようだ。
まるで俺の未来を暗示しているような‥ 。
俺は無言のまま、ゴリと王女の反応を待った。
「シンジマショウ」
ピーカ王女の透き通った声が、まるで天から降ってくるかのように響いた。
そして、ゴリに御守りを返すよう促した。
ゴリは、しぶしぶ御守りを俺に手渡すと
「タメシニ、ニンゲンノ料理トヤラヲ ツクッテミロ」
と言い放った。
「はい!」
俺は直立不動のまま、大きく返事をしたつもりだったが、声が裏返ってしまった。
ど、ど、どうしよう‥ 。
俺が料理人というのは真っ赤な嘘。
料理を振る舞うと言っても、高級食材も変わった調味料も持ち合わせていない。
あるのは、インスタント食品や、母ちゃんが持たせてくれた乾燥野菜と餅だけ‥ 。
そうだ!
俺は再び深呼吸をすると、スマホを取り出した。
「ミーコね、今日は簡単料理を作るよー。お正月の余ったお餅登場!これで、ミーコ特製雑煮を作りまーす」
ミーコの過去配信! そうだ!モチモチ餅!雑煮だ!
餅なんて食べたことがないゴブリンだ。
人間のような贅沢な味覚だって、おそらくないだろう。
雑煮なら俺にも作れるぞ!
あわよくば、初めて食べる餅を喉に詰まらせて、その騒動の隙に逃げられるかもしれない。
ゴクリと喉を鳴らし、俺は意を決した。
こうして、ほぼ全裸姿で雑煮を作ることになったのだ。
必死で笑顔を作りつつ、雑煮を作る。
武器を手にしたゴブリン達の視線が肌に突き刺さるぅ。
彼らは、熱心に見入っていた。
火おこし、鍋の準備、乾燥野菜に出汁の素‥ 。
ゴリに促され、背の高いゴブリンが俺の助手としてついてくれた(ノッポくんと呼ぼう)。
ノッポくんに器を用意してくれるよう頼むと、彼は建物へ向かった。
その間に、俺は汁の味付けをする。醤油、塩少々。鶏肉の代わりに、モジャからもらった干し肉を入れてみた(何の動物かは不明)。
餅がほどよく柔らかくなった頃、ノッポくんが運んできてくれた木の器に雑煮をよそう。
その一杯目を、ピーカ王女へ手渡した。
「どうぞ。熱いので、気をつけてお召し上がり下さい」
器を手にした王女は、戸惑っている様子だ。
「毒ハハイッテイナイダロウナ?」
ゴリがギロリと睨みをきかす。
「もちろんです!」
俺はよそった器の一つを手にすると、雑煮を勢いよく飲んで見せた。
ゴクリッ
「ブホゥァッ!! アッチーッ!!!」
思わず雄叫びを上げたのは、他でもない俺自身だった。
舌が焼けるかと思うほどの熱さに器を放り投げそうになる。
――その瞬間。
俺の間抜けな表情がツボに入ったのか、ゴブリンたちがドッと笑い出した。
腹を抱える者、地面を叩く者、甲高い声を上げる者までいる始末だ。
その様子を見て、安心したのだろう。
王女は小さく頷くと、皆の方を見渡しながら、澄んだ声で告げた。
「イタダキマショウ」
その言葉を合図に、彼女はためらいもなく器に口をつけた。




