第三十ニ話 「 難関 」
進み続けるにつれ、山道は険しさを増していった。
足元の砂利は不安定で歩きにくい。
やがて木々の間を抜けると、視界が一気に開け、行く手を阻むように切り立った崖が現れた。
「 ‥ 冗談だろ‥ ここを登るのか‥ 」
かろうじて歩幅ほどの狭い道があるものの、眼下には底の見えない谷‥ 。
「ここを無事に抜ければ、魔王城が近いと思うわ」
リンが魔方位磁石で、微かだが魔力が発せられている場所をつかんだのだ。
「しかし、これはなかなか険しい崖ですぞ。足を滑らせたらひとたまりもない‥ 」
モジャはいつになく真剣な面持ちで呟いた。
「‥俺、高い所は苦手なんだよ‥ 」
想像しただけで身震いしてしまう。
「下を見なければ大丈夫よ!私、疲れたから、ちょっと飛んじゃう」
リンはそう言い終えるや否や、ホウキに跨りフワリと宙に浮かんだ。
「あっ!ズルいぞリン!俺だって疲れた!乗りたい!」
「わしも乗りたいですぞっ!」
「ごっめーん。一人乗りなのよ。この先で落ち合いましょう。お先にー」
そう言いながら、リンは無情にも飛び去って行った。
「行ってしまいましたな‥ 」
「ああ‥ 」
置いてきぼりをくらった俺とモジャ。
ガックリ項垂れている俺の肩を、モジャがポンッと軽く叩いた。
「さ、勇者どん、行きますぞ!いざ進め!」
俺はゆっくりと顔を上げた。
ここで立ち止まっているわけにはいかないのだ。
「 ‥ そうだな。こんな時こそ推しの力っ!いざ進め、レッツムボーン!」
その一言に、モジャが満足そうにうなずいた。
モジャが先を行き、大荷物を背負った俺が後に続く。
体中の全神経を集中させ、一歩一歩慎重に足を踏み出す。
脳内ではミーコの歌声が響き、俺の背中を押してくれる。
‥ しかし、その道のりはとてつもなく長かった。
風が悪戯するように、俺たちの歩みを何度も遮った。
その度に励まし合い、息を整え、再び足を踏み出す。
何度も立ち止まり、やっとの思いで崖の上に辿り着いた。
♢ ♢ ♢
「勇者どん、やっと着きましたぞ‥ 」
「こ、怖かったぁ‥ もう二度とごめんだ‥ 」
緊張と恐怖から解放され、俺はヘナヘナと膝をついた。
崖の上には、この山奥に不自然な程の広い空き地が広がっていた。
かつて生い茂っていたであろう木々は伐採され、遮るもののない視界の先には、岩で造られた建物がいくつも点在していた。
その中でも、奥に佇む一棟はひときわ大きく、威圧的な存在感を放っている。
―― あれが " 魔王城 " なのか‥?
俺とモジャは顔を見合わせた。
すると、奥の一棟からぞろぞろ出て来る人影が見えた。
「魔人か? それとも山賊‥ か?」
「‥‥いや、そうではない。あれはゴブリンですな」
自然の中で暮らしてきたモジャは、俺より数倍視力が良い。
「えっ! ゴブリン?」
「ゴブリンは獰猛な奴らですぞ。言葉は通じませぬ」
モジャと二人で多勢のゴブリンを相手にするのは不利だ。
この大事な時に、リンがいないとは。
さて、どうしたものか‥ 。
考える間もなく、一人のゴブリンがこちらを指差し何か大声でわめき始めた。
「まずい!見つかったか?」
ゴブリンがこちらへ向かってくる。
数人どころではない、何十人‥ いや、何十匹というべきか?
「モジャ、どうする?」
‥ 振り返ると、そこにモジャの姿はなかった。
「えっ!? あれっ?? モジャ、どこだ?」
何ということだ‥
モジャは、ひと足先に岩陰に隠れたようだ。
「嘘だろ‥ 」
俺はゴクリと唾を飲む。
ここで逃げ出しても、足が遅い俺ではすぐに追いつかれてしまうだろう。
" 逃げる " という選択肢は儚く消えた‥ 。
ええい、こうなったら腹をくくろう。
なんとか穏便にこの場を切り抜けるのだ!
♢ ♢ ♢
「ホギャギャ ハギャ!」
ゴブリンの群れが近付いてくる。
尖った鼻と耳。鋭い眼光。灰色の皮膚に衣服は身につけておらず、大きな葉で股の部分だけを隠している。
槍や剣などを手にして、今にも襲いかかってきそうな勢いだ。
「オマエハ ナニモノダ?」
先頭の一番大柄なゴブリンが俺に一歩にじり寄る。
ゴリラのボスみたいだから、ゴリと名付けよう(俺の心の中で)。
‥ あれ? そう言えば、言葉がわかるぞ。ゴブリンも魔人と同じく話せるのか?
「ええっと‥ 朝月勇者と申します」
「ココヘ ナニシニキタ?」
「 ‥ 魔王様に人間界の料理を作りに‥ 俺は料理人なのです」
「リョウリニン‥ ダト?」
俺の頭からつま先まで、舐めるようなゴリの視線が突き刺さる。
‥ あうう‥ 視線が痛い‥ 。 疑われている、のか?
心臓バクバクしてきたぞ。
俺は、平静を装いぎこちない笑顔を作る。
「あの‥ 魔王様はどちらに‥ ?」
恐る恐る尋ねてみる。
「オマエ、ウソツイタラ 舌ヌクゾ?」
ゴリは首を傾け、威嚇するようにカッと目を見開いた。
ウワッ!100%信用されてない空気だ!
どうする? 俺!?




