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第二話 「 前進 」


   第二話 「 前進 」



「勇者さんよ、これは何だろね」

「ちょっ、ノックしてよ。母ちゃん」

 

 寝っ転がったまま、読んでいた単行本から視線を母ちゃんへ向ける。

歳を重ねるごとにふくよかな体型になった母。丸顔の下に蓄えた弛んだ顎肉からさらに右上へと視線を移す。


母ちゃんが、右腕を頭上に挙げ、ヒラヒラと何かを見せる。

 

「あ‥ 」

「おぬしはまたおまけ目当てにお菓子を買ったな。お菓子だけ冷蔵庫に隠しおって。食べないともったいないだろが」


「食べるよ。食べるから捨てないで冷蔵庫に入れておいたんだよ」


「二十個はあったぞな。今月中に食べなかったら、晩御飯のおかずにするわいな」


「えっ!おかずにはならないでしょ。やめてよ」


「じゃあ、ちゃんと食べなはれ。ほれ、これは置いていくよ」


そう言って、母ちゃんは部屋を出て行った。

本を脇に置いて体を起こすと、手渡された袋からおよそ十センチ四方のチョコウエハースを取り出す。


 先週発売されたこのお菓子。買い漁ったのは、オマケで付いてくるカードが欲しかったから。

 全二十種類、人気Vtuberのカードが入っている。ミーコを引き当てるには、二十分の一の確率。コンビニ何店舗か周り、三十五個目にしてようやくゲットできた。

 ミーコが所属する事務所には、五十名以上の先輩Vtuberが在籍。皆人気があり、海外にもファンがいる。

ミーコは、デビューしてすぐに人気急上昇。そこで、この期間限定企画のメンバーにも選ばれたのだ!!!

 ここを推さずになんとする!

母ちゃんは「もったいない」と言うけど、俺にとってはこれが生きがい。


推しには惜しまず投資する!!

大好きなミーコを応援することが幸せなのだ。

 

 ミーコのカードを引き当てた時の感動は言うまでもない。喜びに耐えきれず、俺の表情筋は一気に緩んだ。

ひとりだったのをいいことに、部屋の中で「ウォーッ」と雄叫びを上げ、ピョンピョン飛び跳ねてしまった。

‥ああ、大人げない。

母ちゃんが見ていたら、さぞ嘆くだろう。


 最初はお菓子も食べていたが、だんだん飽きてしまい、後半は冷蔵庫にしまっておいた(俺みたいな人、きっといると思うけど?)


チョコウエハースを一口かじる。

うむ。久しぶりに食べると美味い。



 その日の夕方、母ちゃんに買い物を頼まれ

近所のスーパーへ行った。その帰り道、一軒の小さな洋食レストランの前を通りかかると、窓ガラスに貼られた求人募集の紙が目に留まった。

 

「アルバイト募集‥ か」


ミーコの言葉で、一歩踏み出す勇気をもらっていた俺は、衝動的にそのレストランの扉を開いた。

 『何かを始めれば、それは成長の一歩につながる。まずは、出来る事をやってみよう』そんな意識が俺を突き動かした。

 

 扉には 『 洋食レストラン くるみ 』と書かれていた。店内はレンガ風の壁紙で統一されている。

 

「いらっしゃいませ」

 オレンジ色のエプロンをつけた、初老の女性が笑顔で出迎えてくれた。上品で柔らかな物腰だ。


「いや、あの、突然すみません。外の求人募集の貼り紙を見て」


「あら、そうでしたか。では、こちらにお座りになって少しお待ち下さいね」 


 女性に促されるまま、座る。

キョロキョロ店内を見回す。それほど広くない店内には、四人がけのテーブルが五席。二人がけのテーブルが三席。テーブルクロスは暖色系だ。座席からは厨房が覗ける造りになっている。


「お待たせいたしました」

 先程の夫人と共に、厨房からコックの服を来た初老の男性が現れた。帽子をとり、白髪混じりの短髪で、丁寧にお辞儀をされた。


「店主の千葉です。これは、うちの妻でして。夫婦で営んでいる洋食屋です」

 

 店主はにこやかな笑みを浮かべた。イケオジっていうのは、きっとこういう男性なんだろうな。

 すかさず俺も立ち上がり


「はじめましてっ。泉月勇者(せんげつゆうしゃ)と申しますっ。突然お邪魔して申し訳ありません。

ここで働かせていただけないでしょうか」


緊張のあまり、息もつかず吐き出すように言い放つ。


「まぁ、どうぞお座り下さい」

「はい」


 突然の訪問にも関わらず、気の良いご夫婦は、すぐに面接をしてくれた。ちょうど客がいない時間帯でラッキーだった、と。

 ご主人は昔、有名なホテルで洋食シェフをしていたそうだ。

このレストランは、ビーフシチューとハンバーグステーキ目当てに、リピーターのお客様が多いらしい。

ランチタイムとディナータイムは、小さな店内が満席になる。奥さんが腰を痛め、ホール係と洗い物をこなすのが難しくなり、急遽アルバイト募集をしたそうだ。

 

泉月(せんげつ)さん、うちはお給料がそんなに高くないけど、良いのかしら」

 奥さんが心配そうに聞いてきた。


「はい。実は、少し体を壊していたものですから(心も体だよな)この位の勤務時間がちょうど良いんです。このお店なら、自宅からも近いですし。ハンバーグもビーフシチューも大好きです」


「じゃあ、お願いしようかな。妻のためにも、早くアルバイトさんに来てもらいたかったから」


「はい。ぜひお願いします」


と、こんな感じで即採用。

これを機に、伸びていた髪を切って心機一転。スッキリした明るい気持ちで頑張ることにした。

 

 常連の客が多く、アットホームな雰囲気の店は居心地が良い。俺は、ホール係や洗い物、店内清掃等を任された。子供の頃から家事を手伝い、学生の時に一度、リゾートホテルの厨房でアルバイト経験がある俺は、難なくこなせすことができた。

 

 初めの頃は、朝なかなか起きられず、母ちゃんに起こしてもらっていたものの、生活リズムが整ってきてからは仕事に行く事が楽しみになっていた。

 

「おはよう、ミーコ。行ってきます!」


机の上に飾ってあるミーコのフィギュアに挨拶して出かける。

『くるみ』の初給料で買った、自分へのご褒美。


ミーコの配信が、俺に元気と勇気を与えてくれる。推しの力、感謝しかない!


     ♢ ♢ ♢


『洋食レストラン くるみ』の馴染み客からは 「勇ちゃん」と呼ばれるようになった。


「おーい、勇ちゃん。お水、おかわりちょうだい」


「はーい」


「なんだか、勇ちゃんが来てから、おばさん連中が増えたなぁ。勇ちゃん目当てじゃないか?」

 常連の斉藤さんがニヤニヤしながら話しかけてきた。

白髪混じりのリーゼントが似合っていて、最初に顔を覚えた常連さんだ。

 

「ひやかさないでください。そんなことないでしょう。気のせいですよ」


「俺はもう何年もこの店通ってるんだぜぃ。勇ちゃんは背が高くてかっこいいし、優しいだろう。おばさん達にかわいがられそうだからなぁ」


「いやいや、そんなことないですってば」


「いーや。俺の目に狂いはない。‥ねっ?

ママさん。勇ちゃんが来てから、お客さん増えたよね?」


「そうですねぇ。お店の雰囲気が明るくなったと言われますよ。助かってます」


ママさんがにこりと微笑むと、斉藤さんは満更でもなさそうな表情をして俺を見た。

 まぁ‥ 自分の存在がお店の役に立っているなら、正直嬉しい。


 

     ♢ ♢ ♢



 それからひと月も経たないある日、黒いスーツ姿の二人組が訪れた。


「いらっしゃいませ」


「客ではない。店主に話がある」


‥ 何かの営業マンにしては、態度が大きい。表情が硬く、愛想がない。

彼等は、地神 宗玄(ちがみ そうげん)という人物が経営している『T-God』という企業の人間だった。

最近、急成長している企業らしい。


 地神 宗玄(ちがみ そうげん)という名には聞き覚えがあった。以前の勤め先を買収したのが、彼だったからだ。     


『T-God』の連中は、店主にうまい話を持ちかけてきた。

この店の味と名を受け継ぎ高く買い取る、と。

 店主は断ったが、それでも彼等は度々現れては店主に交渉をもちかけた。

 

 サラリーマンで言えば定年の年齢をとうに越えている店主。後継者がいない事もあり、何度目かの説得に、ついに応じることとなった。

 三十年続けてきた店の歴史を、閉じることを選んだのだ。腰を痛めている奥さんの事も心配だったようで‥ 。

「老後の資金にして、余生を妻と一緒にゆっくり過ごす」と。


 あらたに、店主よりも若いシェフが店の味を受け継ぐことになった。店内は若者向けにリニューアルされ、従業員も若い男女が採用されるらしい。店主がやめると聞いた時から、俺の心もすでに決まっていた。

T-Godの人間から言われるまでもなく‥ 。



     ♢ ♢ ♢

 

「そうかい。せっかく慣れたところだったのに、残念だねぇ」

 夕飯の焼きサンマをほぐしながら母ちゃんが呟く。


「まぁ、身体が健康なら、働く場所はいくらでもあるし。また探すよ」

 俺はそう言って、味噌汁を一気に飲み干した。


 居心地の良かった『洋食レストラン くるみ』。

マスターやママさん、常連さん達も大好きだった。

いつかは転職するつもりでいたが、予定外に早まりかなり残念だ。

 

 ミーコに出会ってからの俺は、ポジティブに物事を捉えることができるようになりつつあった。

それに加えて『くるみ』での日々が、働く自信を取り戻してくれた。


部屋にこもっていた日から、前進できたのはミーコのおかげ。

沈んでいた俺の心を明るく照らしてくれたから。

 

 

翌日には、スマホで求人情報を検索し、面接に出かけた俺だった。


 しかし‥ 二度あることは三度あると言うが、それ以上に続くことがあるもんなんだな‥ 。

 俺が働き始めた店や会社は、ことごとく 『T-God 』に買収され、七回も転職を強いられた。

なぜ、俺ばかりがこんな目にあうのか‥ 。

失業する度、心が折れては、ミーコの動画に励まされる日々。


     ♢ ♢ ♢


「おはミコミー!突然ですが、ミーコの座右の銘はね、『笑う門には福来る』なの。

 ミーコは応援してくれるみんなのおかげで笑顔でいられる。だから、ミーコもみんなに笑顔でいてほしいな、と願ってます。生きていれば、良い事も悪い事もあるけど、笑顔を忘れないでいたら幸福が訪れる、と信じてます。

 ミーコのママがね、とにかく明るい人で。

いつも笑って元気をくれる。尊敬してるんだ。そんな素敵な女性になりたいな、って。

‥ なんて、いい言っちゃったけど、昨日はママとポテトチップ争奪戦をして負けました!アハハハ。

 みんなは尊敬している人いる?

うわっ!たくさんコメントありがと!

えーと、お父さん、お母さん、歴史上の人物の人もいるねぇ。 ええ?ミーコ師匠って、ミーコはまだまだ若輩者ですよぉ。

『尊敬するのは僕以外の人達、自分は役立たずです‥ 』って君。それはないよ。ほら、ミーコを応援してくれているでしょ?

ミーコに元気をくれているんだよ。あなたの存在は、とっても大切だよ」

 

     


 ‥ 俺は、自分が役立たずだと思った事はない。雇い主からも、俺が悪いわけではなく、様々な事情で「仕方がない」という旨の説明を受けた。


しかし、運命の悪戯にしては、あまりにも運が悪すぎやしないか?

疫病神にでも取り憑かれたのかと疑いたくなる。


失業する度に耳にした名前、

地神 宗玄(ちがみ そうげん)

俺の人生を弄ぶかのように行く先々を塞いでいく。

 

不自然な不運の連鎖で自分を見失いそうになる。

沸々と湧き上がる負の感情が、徐々に俺の心を覆う。

それはまるで暗雲のように‥ 。

 

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