第十八話 「 友達 」
第十八話 「 友達 」
ワームはサルジュの身体に巻き付いた糸状のものを口吻で吸い取っている。
その姿は、動物の親が愛しい我が子の毛繕いをしている様を思わせた。
そんなワームを見つめながら、俺はボソリと呟いた。
「知ってるか‥ ? 蛾ってさ、成虫になってからの寿命は十日程度だったりするんだ」
「それがどうしたの?あれは魔獣よ?」
リンが怪訝な表情で答える。かまわず、俺は話を続けた。
「蛾ってさ、見た目が気味悪いって理由で、嫌われるだろ? 蝶は美しいって言われるのにさ。
それって、人間の価値観で、蛾には関係ないことなのにな」
そう‥ あれは、昨年夏のミーコの配信。
「おはミコミー!昨晩から我が家にガー子さんが宿泊中。
ガー子さんって、蛾なんだけどね。
いつのまにか我が家に侵入していたの。
ミーコ、蛾は苦手だからどうしようかなーと思ってたんだ。
でも、調べたら寿命が長くても数週間なんだって。
でね、死んだら地面に落ちて、数日のうちに細かい塵になって、消えてしまうんだって。
‥ それを知ったら可哀想に思えて。
やっと成虫になったのに、残り短い命なんて、儚いな‥って。
ガー子さんはミーコに危害を与えなそうだから、あと数日、そっとしておこうと思う。
昆虫がいるから花も咲いて、その花に癒されたり、美味しい果物を食べられたり、私達も助けられてる。
この世界は人間だけのものではないよね」
‥あの日の配信を見てから、俺は虫にも優しくなったのだ。
「魔獣と昆虫は全く違うわよ!ワームは毒もある。危険な生き物よ」
「うん、わかってる。でもさ、思ったんだ。
魔獣や魔人の全てが魔王と同じ考えなのかな、って」
俺には、サルジュから強い殺意を感じられなかった。
確かに、リンが捕えられたのは事実だが。
自分にとって大切なワームの為にした行動で、人間に憎しみがあるようには思えなかった。
そうこうしているうちに、糸から解放されたサルジュが俺達に言った。
「なぜワームを殺さなかった? 殺さないとワームの餌食になってしまうのに」
「ワームはサルジュの友達だろう? 友達は殺せない」
「トモダチハコロセナイ?なぜ?」
「大切だからさ。ワームがいなくなったら、悲しいだろ?」
「カナシイ? サルジュにはわからない。ワームはサルジュが育てた。ずっとそばにいた。これからもずっと一緒にいたい」
ワームはサルジュの言葉がわかるかのように、サルジュに羽をすり寄せた。
「サルジュにワームがいるように、俺にはリンとモジャが大切な存在だ。リンやモジャを傷つけるのなら、俺はサルジュ、君を許さない」
「そんなの知らない。サルジュは知らない。ワームの餌が欲しいだけ!この山に来る人間は、食べてもいいって魔王様が言っていたからね! 邪魔はさせない!
グラーキエス!グラーキエス!」
声高らかに叫んだサルジュの呪文が樹海に響く。
ミシッ‥ ミシミシッ
「な、なんの音だっ?」
「勇者!足元を見て!」
リンに言われて下を見ると、土と草で覆われていた地面が、霜柱で覆われていく。
ワームの赤黒かった羽は真っ白に変わり、サルジュの体を覆う。
「寒いっ!クーカタッア!」
リンの呪文とともにボウッとオレンジ色の光が、俺達を包む。
サルジュはさらに叫ぶ。
「グラーキエス!グラーキエスッ!!」
ミシミシと音を立てて、木の幹、枝先も凍っていく。
「わし達を凍死させるつもりか‥ 」
「おお!モジャ、やっと気がついたか。リンの薬が効いて良かった」
「勇者、可愛いお嬢さんのイタズラが過ぎるわ。お姉さんは怒ってもいいわよねぇ」
「リン‥ 」
「サルジュ!私達を氷漬けにするつもりでしょうが、そうはさせないわよ。
ボンボン弾バージョンアップ!ハイパーボンボン弾!!」
オレンジ色の火球がサルジュとワームめがけて何百発同時に発射された。
「グラーキエス!グラーキエス!」
ワームの羽がサルジュを覆い隠し、彼女を守る。
サルジュが発した氷塊がリンの火球とぶつかり合うが、リンの方が優勢だ。火球が氷塊を一瞬で飲み込み消失させる。
少女のサルジュとは経験値が違う。
ワームの羽は、火球でところどころ焦げ落ちる。
「サルジュ!いいのか?このままじゃ、ワームが死んじまうぞ!」
「 ‥っ?」
サルジュの攻撃が一瞬止んだ。
「ワム?ワーム?」
「クゥ‥ 」
ワームの声にならない声が聞こえた。サルジュを守る為、リンの火球を何発も受け、身体にダメージをくらっている。
「ワーム!しっかりして」
サルジュはワームの顔に頭を擦り付けて泣きじゃくった。
そんなサルジュに、リンが穏やかに語りかけた。
「悲しいってのはね、そういう気持ちよ」
「カナシイ。カナシイ。カナシイ。カナシイ。お願い。ワーム、死なないで!」
「リン‥ 」
俺が言いかけた言葉を、リンは察した様子で黙って頷くと、サルジュの方へ歩み寄った。
「ちょっと姿形が変わってしまうのは大目に見てね」
リンは魔法陣を描くと、杖を構えてゆっくりと呪文を唱えた。
「レワーカヘコルナーイセ」
ポウッと光が発せられ、ワームの羽がゆっくり修復されながら縮んでいく。ワームを包む空間が陽炎のように揺らめく。
大きかったワームの姿が、小鳥程の大きさになった。
そして、ヨチヨチとサルジュのワンピースを這い肩まで登っていく。サルジュは、愛おしそうに小さなワームを撫でた。
「あれがワームか。可愛いな」
俺は、戻ってきたリンに話しかけた。
「これならたいした悪さはできないわ」
「リン、ありがとう」
「勇者がお礼を言うなんて」
「俺が言いたいことわかってたんだろ」
リンは肩をすくめて笑った。
「どうする?まだ私達を捕らえたい?」
「‥ 」
サルジュは困惑した表情で、少しの沈黙の後に話し出した。
「この山に来る人間は悪い奴だから食べてもいいって言われた。だけど、お前達悪い奴と違う。ワーム助けてくれた」
「それじゃあ、もう戦う必要はないよな。
はい!引き分け引き分け!俺達も友達だ」
「トモダチ?」
「そうさ。武道では、戦う相手に互いに敬意を払うんだ。
ひとりで俺達と戦おうとしたサルジュの勇気はたいしたもんだ。サルジュを守ろうとしたワームもな」
俺は、サルジュの頭を優しく撫でた。
「それでは、テントに戻るとしますかのう」
「そうね、お腹空いたぁ」
テントへ戻ろうと歩き出した時、サルジュがじっと俺達の後ろ姿を見つめていた。
俺は、立ち止まり、声をかけた。
「一緒に来るか?」
「ゆ、勇者殿!魔人を仲間にするおつもりか?相手は魔王の手下ですぞ?」
モジャがヒソヒソ声で囁く。
「そうよ、相手にこちらの行動が筒抜けになってしまうかもしれないわよ?」
「大丈夫さ。あの子なら。そんな気がする」
「そんな気がするって、そんな軽い気持ちで‥ 」
サルジュは、俺達の様子を見て躊躇しているようだった。俺は、真っ直ぐにサルジュの瞳を見て手を差し出した。
「おいで」
「うん!」
魔人の少女は、仔犬のように駆け出した。




