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第一話 「 勇者 」

   

   第一話 「 勇者 」




 「はい、もうすぐできあがりますよー」


強張った表情で必死に笑顔を作り、声を張り上げる俺。

平静を装っているが、情けないことに声がかすれちまっている。


 魔岩山(まがんざん)と呼ばれる山の奥。

この山に入ってから数日経つが、いまだに頂上へ辿り着けない。

ここは山の中腹あたりだろうか。眼下に広がる街並み、見上げれば山頂が見える。


 この場所だけ木々が伐採され、広場になっている。地面にはところどころ生えている草花、不揃いの岩が並ぶ。

三十メートル程先の方には、石造りの建物が建っているのが見える。


 全裸姿で片手にスマホ。雑煮を作っている俺。気持ちの悪い冷や汗が全身から吹き出しているが、拭う暇無く手を動かす。

 

 数日前の暮らしとはかけ離れた別世界。

なぜなら、目の前には俺を取り囲むようにして武器を手にした複数のゴブリン兵。

今にも飛びかからんとする形相で、眼をぎらつかせながら、俺の一挙手一投足を凝視している。ゴブリン兵達と、俺のすぐ隣に立っているゴブリン王女の視線が、痛いほど肌に突き刺さる。

 

 あううう‥。

これまでの人生で一番の緊張感。胃と心臓が口から飛び出そうなのを、必死に耐える。

この雑煮に俺の生死がかかっている、と言っても過言ではない!

なんとか穏便に切り抜けなくては!



なぜこんなことになっているかって?

説明すると長くなるのだが‥ 。

 

       

       ♢ ♢ ♢


 

 それにはまず、俺の話から始めよう。

俺の名は、泉月 勇者(せんげつ ゆうしゃ)。 初夏の晴れた日に生まれた。

「勇者」という名は、母ちゃんがつけてくれた。勇者のように、勇気ある人間に育つように、と。

 

 線路沿いにある古い木造アパートの一室で物心ついた頃から母ちゃんと二人暮らし。

日当たりが悪く、昼間でも薄暗い部屋。

決して裕福ではなかったけれど、俺と母ちゃんはいつも明るく、平穏で幸せな生活を送っていた。


『心は貧しくならないように』

それが、母ちゃんのモットー。小さい頃は、毎晩絵本を読んでもらった記憶がある。心の栄養なのだ、と。

体の栄養にも気遣い、安い食材で料理を工夫してくれた。おかげで、食べ物の好き嫌いなく、体も大きく育った。

 

 高校卒業後は、少しでも家計を支えたいと思い就職。仕事仲間に恵まれた働きやすい職場だった。

 

 ところが三年前、俺の勤めていた会社が地神(ちがみ) 宗玄(そうげん)という人物によって買収されたのだ。

そこで人員削減があり、突然解雇を言い渡された。

 

「すまないねぇ、泉月(せんげつ)くん。

上からの指示で仕方がないんだ‥ 。私の力が及ばなくて申し訳ない‥ 」


 社長は、優しく気さくな人柄だった。そんな社長に惹かれ、この会社でずっと働き続けたいと思っていた。

その社長が、薄くなった頭を深々と下げ、とても申し訳なさそうに言うのだから。

「わかりました」

その一言しか言えなかった。

素直に受け入れるしかなかった。

 

 だけど。


なぜ?なぜ?なぜ?

悔しい、悲しい、やりきれない思いが、何度も頭を駆け巡った。無遅刻無欠勤、真面目に働いてきた俺なのに。


 母ちゃんは

「あせらんでいいよ。一生懸命頑張ってきたんだから、少し休みんしゃい」

そう言って慰めてくれた。

 

 だが、俺は自暴自棄になり、部屋に引きこもりがちになってしまった。

 一日中ダラダラゴロゴロと布団の上で漫画を読んだり、ゲームをしたり、ネットで動画を観て過ごす日々。

外へ出るのも、他人と会うのも、何をするにも億劫で、すぐに仕事を探す気にはなれなかった。


 

 三週間を過ぎた頃。


「一度味わうと、この沼から抜け出せなくなりそうだな‥ 」

一抹の不安がよぎる。

しばらくは退職金があるからなんとかなる。

しかし、もう若いとは言えない年齢だ。のんびりしていればそれだけ再就職が難しくなるだろう。

家計を助けてきたものの、心のどこかでは、いつかもっとお金持ちになって母ちゃんに楽をさせてあげたい、という夢もあった。


だけど、特に秀でた才能もない俺は、ごくごく平凡な日常を過ごすのが精一杯だった。



 そんなある日、いつものように動画鑑賞をしていたら、たまたま目に飛び込んできたサムネイル。

ピンク色を基調とした美少女のイラストに目を奪われ、驚嘆した。


「こ、これはめちゃめちゃくちゃかわいい!」


 俺は、漫画やアニメ、それにカードゲームやロールプレイングゲームが好きだ。それらに描かれているイラストには目を見張るものがある。

素晴らしいイラストと出会う度に、その絵を描いている人をリスペクトせずにはいられない。

お気に入りのキャラクターはフィギュアも持っている。

久しぶりに胸がときめくイラストに出会い、心が躍った。


「お、ちょうど今から生配信が始まるんだな。記念すべき初配信かぁ。ラッキー!」

 姿勢を正して正座すると、ポチッとチャンネルを開く。




「皆さん、初めまして。ミーコです。

小さい頃からずっとアイドルに憧れていて。本日、五月三日、ミーコ十七才の誕生日。Vtuberとしてデビューいたしました。なにそぼ‥ なにどぼ‥ な、なにとぞっ よろしくお願い申し上げますっっ!」

 


 いわゆる流行りのVtuberというやつだ。

顔、声、スタイル良し(アバターのことだが)。顔は、俺好みの丸顔で瞳はパッチリ、フワフワしたピンク色のロングヘアー。花の妖精アイドル、というコンセプトらしく、薄い桃色の花びらをあしらったような衣装。声は少し鼻にかかった甘い声。


その初配信からは、緊張と初々しさ、一生懸命さが伝わってきた。


「なんてかわいいんだ!」


一目惚れをしてしまった俺は、画面に釘付けになっていた。沈みがちだった気持ちが、嘘のように晴れていく。

即、チャンネル登録。

いいよマークの星ボタンをポチッ。


応援したい気持ちが湧いて、すぐにファンクラブのメンバー登録。それからは配信を観るのが日課になった。

 

 何よりも癒される。配信から伝わってくるミーコの人柄。純粋で素直、穏やかで優しく、明るい性格。

ミーコ(中の人間にも)にすっかり惹かれてしまった。ミーコの配信を観ている時間は、まさに至福の時。幸せな気持ちで満たされる。


 人生初の『推し』ができた!

『推し』の存在は、生きる希望、活力を与えてくれるということを身をもって知った!

 

 

「おはミコミー! 元気のある人もない人も、ミコミコパワーで今日がハッピーになりますように!

今日はミコミコクッキング!

お正月で残ったお餅を発見。今日はこれでミーコ特製雑煮を作りたいと思いまーす!

 え? 花の妖精がお雑煮を食べるのはおかしいって? えーとね、ミーコは花の妖精を目指してる腹の妖精なんだ。なんでも食べるんだ。アハハハ、何言ってるんだろ、私」



 ミーコを観ている時、俺の表情からは重力が奪われていく。自然と顔がほころんでしまうのだ。ミーコの声を聴くだけで、身も心も溶けてしまいそうだ。

 でかい図体した男が、携帯を見ながらひとりニヤついている姿は、さぞ不気味だろう。

 


「おはミコミー! 今日もミコミコパワーで、皆がハッピーになりますように!

 今朝、ミーコの部屋にある植木鉢の花が咲いたの。可愛いピンク色の花なんだ。毎日、お水をあげてさ、やっとやっと咲いたんだよね。

お花の成長を見ていてさ、

ああ、昨日と同じ一日は無いんだな、成長するんだなぁ ‥ って思ったの。

だからミーコも、昨日より今日が成長していたい、夢の花を咲かせたい、なんてしみじみ思っていたらさぁ、うちのワンコがね、お花を食べちゃったんだよ! グワッと食べて、ヴェーッ吐いてさ。せっかく咲いたお花が台無しになってしまったよーっ! ヤキモチやいたのかなぁ」

 


 他愛のない喋りを聞くのが楽しかった。

笑ったり泣いたり、感情豊かに語るミーコを見ていると、心が軽くなる。

観るたびに俺の元気ゲージが上がっていく。

 

 そして毎日ミーコの配信を観ているうちに『俺も昨日より成長したい、ミーコに俺の存在を知ってもらいたい』

  そんな思いが芽生えていった。


画面の向こう側の俺達に

「ハッピーになりますように」

と、願ってくれる優しいミーコ。

いつしか、「ミーコに会いたい」と切望するようになった。

 


Vtuberに恋してしまった三十二歳独身男。

V恋から始まる冒険物語である。


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