99 そういう理由だったんだ
「マーガレット様、コーネル公爵子息は、一体何を思ってあんなことをお嬢様に言ってきたのでしょうか? マーガレット様はそれについて何か聞いているのですか?」
確かに、ウォルター様は、どういうつもりであのメッセージを送ってきたのだろうか。
リチャードの問いかけに、全員が思わずマーガレットの方を見た。
皆の視線を一身に集めたマーガレットは、にっこりと笑顔になった。
「うふふ、では、今から詳しいことを説明するわね」
ウォルター様からのメッセージが王家を通じてもたらされたと聞いて、マーガレットは何か大変なことが起きたのではないかと思ったそうだ。
何しろ、王家の早馬が使われたのだ。
普通の郵便だと5日かかるところを王家の早馬を使えば2日で届く。
だが、早馬はおいそれとは使えない。何か特別なことでも起きない限りは。
なのでマーガレットは、すぐさまウォルター様に詳細を求める手紙を書いた。
だが、返って来た返事は『手紙では詳しいことは話せないし、深い理由はない』というものだった。
マーガレットは不満だった。
わからないことをわからないままにしておくのは彼女が最も嫌うことだ。
ウォルター様は誰よりもそのことを知っているはずなのに。
手紙では話せない、とういうのは理解できる。
だが、深い意味はない、というのはどういうことだ。
こんな意味深なことを言って来ておいて深い意味はないだと!?
許せない。悔しい。むしゃくしゃする。
そう思ったマーガレットは、ちょっとだけウォルター様に意地悪をしてやろうと思った。
ウォルター様の手紙に送って欲しいと書いてあった「ママミューレのキャンディ」をわざと送らなかったのだ。
ちょっとした意趣返しのつもりだったのだが、これが意外にも効果てきめんだったらしく、慌てたウォルター様はマーガレットのところに自分の従者を寄越した。
従者はウォルター様が小さい頃から仕えている者で、マーガレットも良く知る者だった。
どんなに急いだとしても、訓練を受けていない早馬と違って、ロルバーン公国からフォートランの王都までは馬車で5日以上かかる。
単身馬で駆けたなら3日で着くかもしれないが、それは危険だし体力的にかなりの負担がかかる。
目の前の従者は馬車ではなく馬でやってきたらしい。
気の毒なくらい疲れきっていた。
『ウォルター様は、マーガレット様がお怒りだとひどく心配され、私を遣わせたのです。手紙では話せない詳細をマーガレット様にお伝えするようにと言付かって参りました』
そして、マーガレットはヘロヘロの従者から、ウォルター様が何故あのメッセージを私に伝えたのか、理由を聞いたのだ。
ウォルター様はアルドラ王国内に密偵を送っている。
彼らからの報告によると、第一王子と第二王子、つまりギルバート殿下の双子の兄達が揃って王宮から姿を消した。
今のところ表立って騒がれてはいないが、王家の公式行事がいくつか延期になったことからも間違いのない情報だった。
王子達は別々にだが、同じ行先を目指していたようだ。
彼らは身分を隠し、ロルバーン公国に入った。
だが、ロルバーン公国では何もせずにただ通り抜けて行き、フォートランの国境を越え侵入したと報告が上がって来た。
そこでウォルター様は慌てて私にメッセージを送った。
この先、誰が何をしてくるかわからない。
公女であるハイジは国から手厚く保護されているだろうが、私はそうではない。
私は一介の伯爵令嬢でしかない。
アルドラ王国第一王子は真面目で融通が利かない人物で、プライドが高い。
もし、私がはっきりと婚約を断ることがあれば、どんな陰湿な報復をしてくるかわからない。
一方の第二王子は短気な性格で、残忍な乱暴者として有名だ。
自分の申し出を断る女など、すぐさま切って捨てるくらいのことはやりかねない。
なので、ウォルター様は急いであのメッセージを送った。
『どうか、アルドラの者が好意を示して来た時には、それが誰であっても、はっきりとした返事をしないで欲しい』
「ああ、あれは双子の王子達に対しての対応策だったってことなのね」
そうだったのかと思わず声を上げた私に、マーガレットが首を振る。
「早とちりしちゃだめよ、エリザベス。ウォルター様は『それが誰であっても』って言ってるでしょう?」
確かにそうだ。
「文字通り、『それが誰であっても』はっきりとした返事をするのはまずいのよ」
「……は?」
「ギルバート殿下のしつこさ、見たでしょう?」
マーガレットが眉間に皺を寄せながら言うと、一同、うんうんと頷く。
「あれって、アルドラ王国の男性の特徴だそうよ。とにかく負けを認めない。潔いという言葉は、アルドラでは誉め言葉ではないらしいわ。とにかくしつこく粘り強く、最後の最後まであきらめない、がアルドラ男性のモットーなんですって。だから、はっきりと断ったりしたら、火に油を注ぐことになるってわけ」
(何ですって!? でも、確かにギルバート殿下もカイルもラウルも、かなりしぶといと言うかしつこい性格な気がする!)
「お互いに想い合っている場合は最高の相手なんだけどね……」
マーガレットの言葉に、すぐさまエリオットの顔が頭に浮かんだ。
確かに、キャサリンにとってエリオットは最高の相手だろう。
「ウォルター様のあのメッセージは、そういう意味があったらしいの」
「うーん、こうして説明してもらわなかったら、ずっと訳がわからないままだったわ」
「そうね、直接会って話を聞くことができれば、簡単に理解できることだったのにね」
そう言うと、マーガレットはちょっとだけ寂しそうな顔をした。
遠く離れたロルバーン公国にいるウォルター様のことを思っているのだろうか。
「でも、私のことを心配して急いでメッセージを送ってくれたのよね。有難いわ」
「うふふ。ウォルター様がね、『マーガレットの大事な友人を傷つけるわけにはいかない』って言ってたそうよ。彼の従者から教えてもらったわ」
マーガレットは、私達との日々の遣り取りを手紙に書いてウォルター様に送っていたのだそうだ。
その手紙を読んで、私達を『マーガレットの大事な友人』と思ってくれたのだろう。
ウォルター様の優しさと、いかにマーガレットのことを大事に思っているかがよくわかった。
だが、私がそう言うと、マーガレットは急に怒ったような顔になった。
(え? 何? 私、何か怒らせるようなこと言った!?)
「マ、マーガレット、どうしたの?」
「ウォルター様は優しくなんかない!! 私のことを大事に思ってるなんて嘘! だって、そうだとしたら、私がキャンディを送らないなんて意地悪しなくても済んだはず。ちゃんと私が納得行くように説明してくれたはず!」
一体、どうしちゃったんだろう。
いつもの何事にも動じないマーガレットとは思えない。
目の前の、顔を真っ赤にしてウォルター様への不満を口にするマーガレットは、まるで幼い子供のように見えた。
「ウォルター様は酷いわ。私のことなんてもう何とも思っていないのよ。遠く離れてしまったから、私のことなんて、もう…………」
マーガレットの目に、みるみるうちに涙が溜まってきた。
こんなマーガレットを見るのは初めてだ。
何か言わなければと思うのだが、驚きの余り言葉が出ない。
周りを見ると、皆も同じことを思っているようで、ただおろおろとマーガレットを見つめることしかできないでいる。
(ど、どうしよう。このままじゃまずいよね!? 何かマーガレットを慰める良い方法は……そうだ!)
「じょ、女子会をしましょう!!!」
慌てたせいか、音量調節がおかしなことになってしまい、無駄に大声で叫んでしまった。
皆、びっくりしたような顔で呆然と私を見ている。
「お嬢様、何を突然言い出すんですか!?」
いち早く我に返ったリチャードが訝しげにそう聞いてきたので、私は胸を張って答えた。
「私に良い考えがあるの!」
「却下で」
「リチャード、ひどい!」
即座に切って捨てられたが、ここは怯んでいる場合では無い。
「女子会をするのよ。そうね、せっかくだからパジャマパーティーにしましょう!」




