98 作戦会議
マーガレットとギルバート殿下の勝負は、マーガレットの完全勝利で幕を閉じた。
めでたしめでたし。
そしてその後、私達はマーガレットの家で作戦会議という名のお茶会をすることにした。
キャサリンも誘ったが、迎えに来たエリオットとカフェに行く約束があると言って、二人で仲良く帰って行った。
最近は、何かあるとすぐにマーガレットの家に集まって作戦会議をするのがお決まりになっている。
何しろ、マーガレットの父親であるスペンサー伯爵は我が国の宰相だ。
常に命を狙われる危険性があるため、スペンサー伯爵邸は王宮並みの厳重な警備体制が敷かれている。
使用人も厳選された人材ばかり。もちろん、料理人はその最たるものだ。
つまり、ここだとビアンカの毒見は必要ないし、ハイジも気軽にお茶やお菓子を楽しめる。
なので、ついつい、ここに集まるようになってしまったのだ。
「さて。ギルバート殿下には、何をやってもらいましょうか? 皆、何か希望はある?」
マーガレットがにこやかにティーカップを持ち上げる。
それが会議スタートの合図となった。
「ギルバート殿下への希望…………もう、近づいて来ないで欲しい」
私が思わずそう呟くと、全員がうんうんと頷いた。
リチャードの頷き方が凄い。ヘドバンみたいで首がもげそうだ。
「もうね、それ以外考えられないのよね」
「そうね。でも、ギルバート殿下は簡単に聞き入れてくれるかしら? 彼って結構しつこいじゃない?」
マーガレットが眉間に皺を寄せて言う。
確かにそうだ。彼はしつこい。
マーガレットに向かって「もう1回!」を繰り返すギルバート殿下を思い出して、一同ため息を付いた。
「それにしても……私、彼に優しくした覚えも無いし、どうしてこんなに言い寄ってくるのか正直謎なのよね……」
前から思っていたことを呟いてみる。
すると、皆が意外そうな顔になった。
「あら、一目惚れなんじゃないの? 入学式の時から騒いでたし」
「だとしても、よ。私、あれ以来ずっと逃げまくってるのよ? 手紙の返事もなんだかんだで碌に返してないし」
そうなのだ。
目には目を、と思い、私もあいうえお作文で『ちかよるな』になる返事を書こうと思っていたのだが。
色々あってまだ書いていない。というか、正直に言うとすっかり忘れていた。
「まあ、エリザベスは美少女だから」
「人それぞれ好みはあるでしょうけど、エリザベスは誰が見ても美少女ですもの」
「そうよね。エリザベスはこの国、いえ、周辺国を合わせて一番の美少女だわ」
「……うん、エリザベスはものすごく可愛い……」
アメリア、ビアンカ、シャーロット、ハイジ!!
お願いだからもうその辺で止めて。
何で急にそんな褒め殺ししてくるの!?
リチャードも、お願いだから首を大事にして!
「一応確認するけど……エリザベスは、ギルバート殿下のことをどう思っているの? 好きではないのよね? 今後、お付き合いするつもりはあるの?」
マーガレットがじっと目を見つめながら聞いてきた。
私の本心を知りたいという意思を感じる。
(私がギルバート殿下のことをどう思っているか……? お付き合いするつもりがあるか……?)
そう言われて、改めて考えてみるが。
(いや、無いな)
『忘却の蜜』の解毒薬を飲むまでの私は、8歳の時に思い出した前世の記憶の全てをはっきりと覚えていた。
むしろ、それまでのエリザベスとして暮らしてきた記憶は所々が曖昧だった。
でも、解毒薬が何らかの影響を及ぼしたのだろうか。
それを飲んだ後、今までエリザベスとして過ごした記憶が、はっきりと蘇ってきたのだ。
亡くなった母との思い出や、バートン子爵家で過ごした日々のことが。
だが、その代わり、前世の自分についての記憶がかなり失われてしまった。
自分のこと以外の、日本という国のことや、身に付いた一般的な知識などはしっかり覚えている。
社会人だった時の常識や、学力も失われていないと思う。
好きだったものや苦手なものもちゃんと覚えている。
好きだった本や音楽のことなど、趣味についてのことなども。
なのに、だ。
自分の名前や、家族構成というような個人情報を思いだそうとすると、何故だか頭がぼんやりとしてくるのだ。
前世の自分についての記憶が曖昧になったせいなのか。
今の私の人格は、12歳のエリザベスが8割強で、残りの2割弱が前世の自分といったところだろうか。
言い換えると、抱く感情や欲求は子供っぽくなったのに、時々、大人だった時の感情が強く湧き出てくる感じなのだ。
マーガレット達との関係はとくに違和感がない。
12歳のエリザベスとして、自然に彼女達を友人だと認識できる。
学校生活もそんなに無理なく過ごせている。
なのに、ギルバート殿下のことを恋愛対象かどうかと考えると、途端に前世の自分が現れる。
前世の私はアラサーだったから、下手すりゃ息子と言ってもいいくらいの年齢だ。
『中1男子と恋愛? ないない、有り得ない』と思ってしまうのだ。
「……んー、全く好きではないし、お付き合いなんて絶対無理かな」
「だったら、やっぱり『今後、エリザベスには不用意に近づかないこと』と約束させるのが一番てことよね」
「マーガレット、ありがとう。せっかくマーガレットが勝ち取った権利なのに、私のために使わせてもらっちゃってごめんね」
「うふふ。いいのよ。そのために賭けをしたんだもの。エリザベスからはっきりと拒否することができないんだから、私から言うのが一番よ」
「そうね、ウォルター様が、アルドラの人に好意を示されたらはっきり断っちゃダメって言ってるんだものね……」
だがしかし。
これはマーガレットがせっかく勝ち取った権利なのだ。
本来なら彼女の希望を優先するべきなのに、こうして私のためになるようにと考えてくれるなんて。
マーガレットの優しさに、いつか必ずお返ししようと心に誓った。
「あー、これでギルバート殿下から解放される! 嬉しい!」
「……ギルバート殿下はそれで抑えることができても、カイル・ファルネーゼの方はどうでしょうか。彼はギルバート殿下とは違う思惑で動いているようですし」
リチャードが難しい顔でそう言った。
確かにそうだ。
そもそもカイルはギルバート殿下とハイジの婚約を望んでいた。
そうしてロルバーンという大きな後ろ盾を得たギルバート殿下が、あわよくば王位を狙うことも。
そのために、彼は私に『忘却の蜜』を飲ませた。
私が決してギルバート殿下を好きになることの無いように。
両想いになることが無いように。
でも、その企みはばれてしまって、カイルは私に謝罪してきた。
私は『もう二度と、私と私の仲間たちを傷つけない』という約束と引き換えに彼を許した。
その結果、カイルに忠誠を誓われてしまってリチャードに物凄く怒られたのだが。
「ギルバート殿下が近づいて来なくなっても、カイルは何かしら理由をつけてお嬢様にすり寄ってくる気がするんですよね……」
リチャードは右手を口元に当てて何か考え込んでいたようだったが、顔を上げ、マーガレットに向かって言った。
「マーガレット様、コーネル公爵子息は、一体何を思ってあんなことをお嬢様に言ってきたのでしょうか? マーガレット様はそれについて何か聞いているのですか?」
『どうか、アルドラの者が好意を示して来た時には、それが誰であっても、はっきりとした返事はしないで欲しい』
コーネル公爵子息、つまりマーガレットの婚約者であるウォルター様が、王太子殿下を通じて私に伝えてきたメッセージ。
確かに、ウォルター様は、どうして私にこんなことを言ってきたのだろうか。
それについては、いまだに謎のままだ。




