97 あきらめません、勝つまでは!
そして放課後。
A組の教室にやってきたギルバートとカイルの後ろには、満面の笑みを浮かべたキャサリンが立っていた。
「ついてくるなって言ってるではないか!」
「未来の甥っ子が勝負に負けたら慰めてあげようと思って」
「うるさい! 俺は絶対に負けないからな!」
「あはは、頑張れ頑張れー!」
ギルバート殿下とキャサリンがぎゃあぎゃあと言い合っている横で、カイルが呆れたようにため息をついている。
「あらあら殿下、随分と自信がおありのようですわね」
「当然だ! お前ごときに負けるはずがない」
「まあ、それではもう一つ、賭けを増やしませんか? トロフィーのことだけではつまらないじゃありませんか」
「もう一つ賭けを?」
「ええ、そうですね……私が負けたら、何でも一つだけ殿下の言うことを聞きますわ。その代わり、殿下が負けたら、私の言うことを聞いて頂きます」
(ちょ、ちょっとマーガレット! 何てこと言いだしたの!? そんなの、もし、マーガレットが負けちゃったらどうするの!?)
慌ててマーガレットを止めようとしたが、にっこり笑って首を振られた。
マーガレットは一見、にこやかに微笑んでいるのだが、よく見ると目が笑ってない。
爛々と輝く瞳は、まるで獲物を見つけた獣のようだった。
(これはあれだ、絶対に勝てると確信してるな!)
ならば彼女を信じよう。
そうだ、マーガレットが勝てない勝負を仕掛けるはずがないではないか!
「如何でしょうか、殿下」
「断る! どうして俺がそんな賭けに乗らなければならないんだ!」
「まあ、うふふ。殿下は勝つ自信が無いのかしら?」
マーガレットが大袈裟に驚く振りをした。
どうあってもギルバート殿下と『もう一つの賭け』をするつもりらしい。
「あはは、未来の甥っ子は、意外と小心者みたいね!」
すかさずキャサリンが煽るように言うと、ギルバート殿下は顔を真っ赤にして怒り出した。
「なんだと!」
「あらあら、そんなに怒らなくても。ねえ、エリザベス、私達の賭けがどうなるか見てみたいわよね?」
(え? 急にこっちに話が飛んできた!?)
とりあえず、両手を組んでじっとギルバート殿下を見つめてみる。
心の中で、彼が賭けに乗ってくることを念じながら。
「…………っ!?」
すると、ギルバート殿下はさらに耳まで真っ赤になり、ひるんだように一歩下がった。
そして、小声で言った。
「エ、エリザベス嬢がそう望むのなら……」
「うふふ、では決まりですわね! 早速、勝負を始めましょうか!」
言質を取ったとばかりに、マーガレットは声高らかにそう言い放った。
※※※
そして――。
「も、もう1回!」
「何度やっても同じですわよ」
ギルバート殿下が、涙目でマーガレットに再戦を申し出ている。
このやり取りは、もうかれこれ5回目だった。
「往生際が悪いわね……」
「弱い上にしつこいなんて……」
「いい加減にして欲しいわ……」
「……マーガレットに勝てるはずないのに……」
(アメリア、ビアンカ、シャーロット、ハイジ! 皆、容赦ないな! あ! ギルバート殿下が唇を噛んで下を向いちゃった!)
何度やってもマーガレットに負け続けるギルバート殿下は、それでも決して負けを認めず、何度も『もう一回!』と繰り返している。
最初のうちは、『いいですわ、もう一回だけですよ?』などとにこやかに対応していたマーガレットも、さすがに飽きてきたようだ。
教室の中の空気が、重苦しくなってきたその時。
「あっれー? 君達、何をやってるんだい?」
無邪気な声が教室中に響き渡った。
(この空気を読まない無邪気な感じと、声の大きさは……!?)
振り返ると、ドアのところに柴犬っぽい雰囲気の男子生徒が立っている。
リチャードが、彼に歩み寄り返事をした。
「チャールズ・ウィラーか。今、チェスの試合をやっているところなんだよ」
「そうなんだ! 楽しそうでいいな! 俺なんかこれから補習だぜ、ハハハ!」
「補習って、ブルック先生の?」
「そうだよ。リチャード・ベルクは頭いいから、補習なんて縁が無さそうだな! 羨ましい!」
チャールズが朗らかに笑った。
これから補習だと言うのに、全然嫌そうに見えない。
「……放課後にダラダラ残って何やってるの? どうせ大した用事じゃないんだから、さっさと帰りなよ。ここはこれから補習をやるんだからね」
ブルック先生も現れた。
これでやっとマーガレットとギルバート殿下の勝負も終わりになるだろう。
――と誰もがそう思ったのに。
「そんな! あともう一回だけ! 勝ち逃げだなんて卑怯だぞ、マーガレット・スペンサー!」
ギルバート殿下がさらに食い下がって来た。
「はあ? 何言ってるの? 僕はここで補習をやるって言ってるんだよ? 邪魔だから用のない人は帰ってくれないかな」
「な、ならば隣の教室に移動して……!」
「いくらなんでも、もうこれ以上はお断りします! 勝負は私の勝ちです!」
「そ、そんな……!」
マーガレットにも嫌そうにそう言われたギルバート殿下は、絶望したような表情でそう呟いた。
「ほら、皆、早く帰りなさい! あ、ギルバート・アルドラ。君は残り給え」
「え? 俺だけ?」
「君も確か補習組だったはず。ついでだから、今から始めるよ!」
「ハハハ、仲間が増えて嬉しいよ!」
「嬉しがってる場合じゃないだろう、チャールズ・ウィラー! 君は本当にどうしようもないな!」
このままグズグズ居残っているとブルック先生が本格的にキレそうなので、私達は急いで教室を出ることにした。
「では、何をしてもらうかは明日お伝えしますわね!」
去り際にマーガレットがにこやかにそう告げると、ギルバート殿下の顔色が真っ青になった。
その顔を見て、ゲラゲラ笑い出したキャサリンに、ギルバート殿下は涙目で叫んだ。
「とっとと消えろ! この悪魔め!」




