96 想像を超えてきたようです
「マーガレット、ありがとう! 助かったわ!」
「うふふ、あのままだと、アレを持ったまま食堂に行く羽目になるでしょう? あんなの眺めながら食事だなんて。食欲が失せちゃうわ」
「でも、チェスの勝負だなんて大丈夫なの? ギルバート殿下ってかなり強いんじゃない? はっ! そう言えば、『グランドマスター』の称号を持ってるのよね?」
「お嬢様、安心して下さい」
隣に立つリチャードが、妙に凄みのある微笑みを浮かべつつ言った。
「先日の国別対抗戦は、フォートランの勝ちでした。3対2の僅差だったらしいですよ。『名誉ある100勝目』は我が国の代表が勝ち取りました」
そうだった。国別対抗戦は団体戦。
代表5人が一対一の勝負を行い、チームとしての勝ち数を決める。
フォートランとアルドラは実力が拮抗していて、今までの勝敗は両国ともに99勝99敗。
つまり、今回の大会は『名誉ある100勝目』をどちらが先に勝ち取るのか、という大勝負だった。
「それでですね。先程ギルバート殿下が持っていたトロフィーは、国別対抗戦とは何の関係も無い、別の大会の優勝トロフィーです」
「えっ? 別の大会って、どういうこと?」
「順を追って説明しますと……」
あの日、国別対抗戦に出たギルバート殿下は、予想以上にあっさりと負けてしまった。
そして、時間を持て余した彼はとんでもないことを言い出した。
『意外と早く終わったな。時間が余ってしまった。では、この後はウィンダミアに行くことにしよう』
だが、リチャードの長兄アーサーは、慌てることなく用意してあった第二の策を繰り出した。
こんなこともあろうかと、あらかじめ手を打ってあったのだそうだ。
「ちょっと待って! 第二の策って何!?」
「長兄のアーサーは危機管理能力が高いのです。あらゆる事態を想定し、それに対しての対応策を前もって準備し、状況に応じて柔軟に対応できるようにしてあったようです」
「うわあ、用意周到!!」
国別対抗戦が行われた場所は、『チェス会館』というチェス連盟所有の建物だ。
チェス会館では、毎日のように何かしらの大会が行われている。
その日はちょうど、『フォートラン在住のアルドラ人が出る大会』である『檸檬杯』が開かれていた。
この『檸檬杯』こそが、アーサーの用意した対応策の一つだった。
アーサーはすかさず配下の者に命じた。
「お前達、行け」「はっ!」
アーサーからの密命を帯びた手の者達は、言われた通りにギルバート殿下のそばに行き、まるでひそひそと噂話をするかのような調子で一芝居打った。
「なあ、フォークナー伯爵令嬢って知ってるか?」
「ああ、凄い美人だよな、夜会で見たことがある」
「彼女は、チェスが強い男性が好みらしいぞ!」
「本当か? なら我々にも見込みがあるな!」
「ははは、そうだな。よし、下の階でやってる『檸檬杯』にでも出て優勝し、彼女にトロフィーを捧げよう!」
「待て。『檸檬杯』はアルドラ出身者じゃないと出場資格がないぞ」
「そうだった! ああ、それは残念だ! 俺がアルドラ出身であれば良かったのに!」
それを聞いたギルバート殿下は、すぐに階下に行き、大会に参加したのだった。
「……と言うわけで、ギルバート殿下は無事ウィンダミアのことは忘れて『檸檬杯』に参加し、あのトロフィーを勝ち取ったわけです」
「何そのわざとらしい小芝居……そして、それにまんまと乗せられるギルバート殿下って……」
「馬鹿ですよね」
「リチャード……」
それにしても、ギルバート殿下は本当にバ、いや子供っぽい。
前々から思っていたが、彼は考えが浅い。
思いついたら即行動といった感じで短気な性格のようだし。
思っていることがすぐ顔に出るのもそうだが、一国の王子としてはいかがなものか。
まあ、でも、まだ子供だから仕方が無いのかもしれない。
前世の基準で考えると、まだ中学一年生なのだ。
(中一男子なんて、皆そんなものなのかもね。あ、来年は中二ってことだから、中二病発症するのかな?)
そう考えつつ、隣に立つリチャードを眺める。
今日も今日とて超絶美少年のリチャードも、そのうちに中二病を発症するのだろうか。
いやでも、リチャードは他の子より精神年齢が高そうだから、もう始まっているのかもしれない。
「ね、ねえ、リチャード。右目がやけに疼いたり、左腕に何かが宿っているような気がしたりする?」
「しません……何故に突然、そんな考えに至ったのか非常に興味はありますが、話が進まなくなりますから、敢えて聞かないでおきましょう」
リチャードは嫌そうな顔でそう言った。良かった、まだ発症前のようだ。
「うふふ、リチャード様のお兄様は本当に優秀ねえ。さすが『言葉の錬金術師』ね」
「恐れ入ります」
リチャードはそう言うと笑顔で軽く頭を下げた。
ハイジの望みで、私とハイジ、マーガレット、チューリップトリオは名前で呼び合い気さくに会話することになったが。
リチャードは婚約者でもないただの友人の男子なので、あまり砕けた会話は許されない。
なので、前と変わらない調子で話している。
「でも、アーサーはひとつ見込み違いをしていたようです」
リチャードが、ちょっと残念そうに言った。
「『檸檬杯』は、アーサーが主催した大会なのですが。寄せ集めたアルドラ人達があまり強くなかったみたいで。ギルバート殿下が優勝してしまったんです。まあ、そこまではアーサーも想定内だったようですがね。ギルバート殿下は、曲がりなりにもグランドマスターの称号を持っているのですから」
なんと、アーサーはギルバート殿下が優勝したときのことも考えて、優勝トロフィーまで用意したのだそうだ。
そして、そのトロフィーは、わざわざ大きくてキラキラした派手なものにしたのだそう。
『エリザベス嬢に優勝トロフィーを捧げようだなんて万が一にでも思わないように、ものすごく大きくて重くてダサいトロフィーを用意したんだ。アレを女の子に渡そうとする奴は絶対にいないよ』
「アーサーは、そう言っていたのですが……ギルバート殿下の馬鹿さ加減を見誤っていたようです。まさか本当にアレをお嬢様にと持ってくるとは……」
宰相閣下の右腕、『言葉の錬金術師』の二つ名を持つアーサーの想像を軽く超えてきたというわけか。
「まあ、持ってきちゃったものは仕方がないわ。ねえ、エリザベス。チェスの試合のことだけど、トロフィーを持って帰ってもらうだけじゃ物足りないと思わない?」
マーガレットがにこやかに両手を合わせながら言った。
一体何を言い出したのか。
こんな良い笑顔を浮かべてはいるが、何かとんでもないことを考えているに違いない。




