91 おばけなんてうそさ
時間が経つのは意外と早いもので。
なんだかんだとわちゃわちゃしているうちに、集合時刻の14時が近づいてきた。
最初に言われた通り、受付に戻る。
受付で生徒を待っていたレイン先生に、絵の中の怪しい人物について聞いてみると。
「ああ、その人達なら確かに木の陰にいたわよ」
「良かったー! 幽霊じゃなかったのね!」
「いや、待ってくださいお嬢様。喜ぶのはまだ早いです。だとしたら、何故この人達はこんな風に木の陰からお嬢様の方を見ていたんでしょうか」
言われてみれば、確かにそうだ。
何でこっそりと私を見ていたんだろう。怖い。
「ん-。危害を加えようとするような危険な感じはしなかったわよ。もっとなんていうか……そう、好意的な感じだったわ。木の陰から、恋しい女性を切なそうに見つめているって感じ」
レイン先生がそう言うと、皆がうんうんと頷き始めた。
「ああ、でしたら納得がいきますわね」
「ええ、そういう方、結構多いですから」
「そうですよね、物陰からエリザベス様をうっとりと見つめている方、よく見かけますもの」
「エリザベス様の会の方達って、大体そんな感じですよね」
マーガレット様とチューリップトリオが、さも当然のように言い合う。
私の会って、あの『月の女神をお守りする会』っていうやつよね?
その会員達が、いつも私のこと見てるってこと?
「ちょっと待ってください! 私って普段そんなに見られてるんですか!?」
「ああ、お嬢様はあまり周りの目を気にしませんからね。気づかないのも仕方が無い。まあ、大抵の人間は憧れの目で見る程度ですが。中には様子のおかしいのもいますからね。そういう輩は見つけ次第、即刻排除しますからご安心ください」
(ちょっとリチャード、排除ってどういうこと?!?)
不穏な言葉を口にしつつ、にっこりと微笑むリチャードの笑顔が怖い。
「まあ、とにかく、そんなに心配する必要は無さそうだったわよ」
レイン先生がウインク付きでそう言ってくれたので、少しだけ気持ちが落ち着いた。
まあ、幽霊でないことがわかっただけでも良しとしよう。
その後は、ブルック先生のところに行き、安否確認後に解散となった。
「それでは先生、さようならだワン」
「……くっ! 君は本当に嫌な女だな、エリザベス・フォークナー!」
最後の最後でブルック先生をからかったら、ちょっとだけ気持ちがスッキリした。
――リチャードには怒られたけど。
※※※
そして、ついに!
「すごい! すごいすごいすごい!」
目の前に広がるイチゴ畑を前にして、私は興奮のあまり大声で叫んでしまった。
いやだって本当に凄い。
前世のビニールハウス栽培と違って、露地栽培で育てられているイチゴが、見渡す限り続いているのだ。
濃い緑の葉の間から、艷やかな赤い実が沢山見えている。
「ここがエリック様の農園なのね」
「はい。そして、彼の所有するイチゴ小屋があちらです」
リチャードが指差す方を見ると。
想像していたのよりも大きな、2階建ての家がそこにあった。
「おおっ? これは、思ってたのとちょっと違った!」
「お嬢様、一体どんなものを想像していたのですか?」
「何ていうか、もっとこう、小さい平屋だと思ってたのよ。海の家とか、牡蠣小屋みたいな。ここって、誰か住んでるの?」
「ああ、2階にはイチゴ農園を管理している農家の夫婦が住んでいるそうですよ」
リチャードを先頭に、皆でイチゴ小屋に向かう。
入口には『マリー農園』と書かれた看板がかかっていた。
(…………ん? マリー農園?)
入口が大きく作られていて、どうやら中は喫茶店のような作りになっているらしい。
扉を開けると、いらっしゃいませ、という女の人の声がした。
「まあまあ、ようこそおいで下さいました。ボールド伯爵様からお話は伺っておりますよ」
少し日に焼けた、白髪のおばあさんがニコニコと微笑みながら出迎えてくれた。
「本日はお世話になります」
リチャードがにこやかに言う。
続けて私達も挨拶をした。
「これはこれは、ご丁寧に。あなたー、お客様がお見えですよー!」
おばあさんが、奥の部屋に向かって声をかけると、これまた見事な白髪の日焼けしたおじいさんが現れた。
「おお、皆様ようこそお出で下さいました。今年のイチゴはとても出来が良いのですよ。甘さも大きさも申し分ない。きっと皆さまにご満足いただけるでしょう」
ニコニコと笑顔でそう言うおじいさんの横で。
おばあさんがニコニコと頷いている。
(何ていうか、二人ともすごいニコニコしていてるから、こっちまでつられて笑顔になっちゃうな)
二人はジョンさんとエマさんと名乗った。
昔からウィンダミアでイチゴ農家をしているらしい。
1年ほど前にボールド伯爵家がこの農園とイチゴ小屋の権利を買い取ったため、今はボールド伯爵家に雇われる形で管理を任されているそうだ。
「ワシらには子供がおりませんので。この農園の跡を継ぐ者がいないのです。だからいっそのこと土地と店を売りに出して、老後の資金にしようと思いましてな」
「持ち主ではなくりましたが、管理者としてここに住み続けております」
ジョンさんとエマさんは、これまたニコニコと説明してくれた。
「あの、ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか?」
私は、さっきからどうしても気になっていたことを確かめるべく口を開いた。
「おや? 何ですかな?」
「この農園の名前は、『マリー農園』ですよね?」
「はい、左様でございます」
もしかして、エリックは。
ここが『マリー農園』という名前だから買い取ったのではないだろうか。
マリーを溺愛しているエリックならやりかねない。
いやきっとそうだ、彼ならやる。
「以前は私どもの苗字と同じ『ブラウン農園』だったのですがね。ボールド伯爵様が、買い取って頂く際に、『マリー農園』という名前に変えたいと仰って」
まさかの改名キターーーーーー!
買い取ってわざわざマリーの名前を付けるとは!!
さすがヤンデレ伯爵! 想像の斜め上を行く溺愛ぶりだな!
「マリーさんが聞いたら怖がりそうですね……」
リチャードが小声で呟いた。
確かにそうだ。
マリーには内緒にしておこう。




