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9 一難去ってまた一難

くろやぎさんからおてがみついた。

今度はあいうえお作文ではありませんでした。

そんなこんなで、リチャードに対する好感度アップに勤しむ日々を送っているわけだが。


あらためて「従者」という役割を考えてみると、前世の記憶を持つ私にとっては、少し違和感がある。

前世の常識だと、「従者」は完全な上下関係のある使()()()を指す。

だが、今世では、「婿候補」であると同時に、将来の「執事候補」でもある。


婿になった途端に令嬢を見下すことがないように。

執事になることも考えられるのだから、令嬢に対して生意気な態度を取らないように。


なので、従者は基本的に、令嬢に対しては敬語を使う。

将来同僚になる可能性がある使用人達とは、あえて親し気な、くだけた言葉で話すことが多い。

一方、使用人達は、貴族の令息である従者に対しては、きちんと敬語で応対する。


ちなみに、私は今、祖父母と共に王都のタウンハウスに滞在している。

もちろん、家令のマーカスやメイドのマリーも一緒だ。


この国では秋から冬にかけてが社交シーズンで、王都では様々なイベントやパーティーが開催される。

そこでは貴族間の交流や、政治的な交渉が行われる。

タウンハウスはその際の拠点となる一時的な住まいだが、単なる住居ではなく、社会的な地位や権力を示す象徴のようなものでもあった。

なので、領地の屋敷に負けず劣らずの広さで、豪華な内装が施されていた。


リチャードの家、ベルク伯爵のタウンハウスは馬車で10分程度の近さなので、彼は毎日のようにうちに来て一緒に過ごしている。


リチャードはとにかく凄い。

父親譲りの美しい容姿に加え、とにかく何をやらせても完璧にこなす。

眉目秀麗、才気煥発、文武両道。驚くほどのハイスペック。


年が明けて春になったら、私とリチャードは一緒に「学院」に通うことになっている。

「学院」は貴族の子女が13歳から18歳までの6年間通う、中高一貫校のようなものらしい。

前世の私は20代の社会人だったので、正直言うと、もう一度学校に通うのは面倒くさい。

だが今世の私は、12歳。

どこかでこちらの世界の一般常識を学ぶ必要があったから、まあ、ちょうど良いのかもしれない。


勉強の方はまあ、いいのだ。他の12歳に負けるはずがない。

だが、いわゆる貴族のマナーや嗜みと呼ばれるダンスなどは、練習しないと追いつかない。

とくにダンス。というかダンス!!

必死に練習しても、どうしても上手くいかなくて、ほとほと困り果てていたのだが。


(こ、これはすごい! 楽しい!)


リチャードを相手に踊った途端、思わず笑っちゃうくらい上手く踊れるようになったのだ。

身長が合う相手がいなくて一人で踊っていた時は、リズムが取れずに苦労したが、リチャードの巧みなリードで、難なくリズムに乗れる。

それでも、足を踏みそうで怖かったので、靴を脱いで裸足になった。

リチャードは驚いて、顔を赤くしながら叫んだ。


「淑女が裸足で踊るなど、はしたないですよ!」

「リチャードが痛い思いをするのは絶対に嫌だし、誰も見てないからいいのよ」


そう言い返すと、リチャードは少し考えてから自分も裸足になった。

その後は二人で、裸足でずっと踊り続けた。

リチャードとのダンスは本当に楽しい。自分がまるでダンスが上手くなったように錯覚するほど。

ターンが続いたあと、ハイになった私は、思わず叫んでしまった。


「ありがとう、リチャード。リチャードのおかげで、私、ダンスが苦手じゃなくなったわ! 楽しくてずっとこうして踊っていたいくらいよ!」


リチャードはそんな私を、目を細めて優しい笑顔で見つめながら、「僕もです」と言った。

ああ、リチャードは本当に優しい良い子だ。

願わくば、どうかこの穏やかな日々が続きますように――





※※※





そんな風に、比較的穏やかな日々を過ごしていたある日の夕方。


「お嬢様!!」

「どうしたの、マリー? そんなに慌てて」


真っ青な顔のマリーが、見覚えのある薄いピンク色の封筒を手に持って部屋に駆け込んで来た。


「お嬢様にお手紙です!」


ものすごく嫌な予感がする。

見なくてもわかるが念のため差出人の名前を確認すると――キャサリン・バートン。

案の定、妹の名前が書いてあった。


「どうしよう、マリー!! これ、絶対ヤバい手紙だよね!? 絶対何かあったんだよね!? 久しぶりにこんな手紙が来るなんて、心臓が耐えられない!」

「お嬢様、最近、キャサリン様のこと忘れてましたもんね」

「そんなことない! 忘れてたんじゃなくて、リチャード対策に追われてたの!」

「とにかく、早くお手紙をご覧になってください」


マリーに急かされ、ハサミで封を開ける。

中には、とんでもないことが書いてあった。


――あの後、周囲の勧めでもう一度会ったキャサリンとマシューは、初回を上回るほどの大喧嘩に発展。

『お前なんか、所詮エリザベスの劣化版でしかない!』と言い放ったマシューに、キャサリンが飛び蹴りをくらわす。母親(ドロシー)から酷く怒られたキャサリンは、()()使用人エリオットを連れて家出をする。そして、しばらくして家に戻ったキャサリンは、実は貴族の三男だったエリオットと婚約した――


(キャ、キャサリンが、エリオットと婚約…………!!)


「マリー、エリオットって、20代後半じゃなかった!?」

「はい、絶対そのくらいに見えました!! でも……キャサリン様、言ってましたよね? 『私はイケオジが好み』って。年の差は気にしないのかもしれません!」

「ハッ! そういえば、マーカスのこと気に入ってた!」


あまりのことに、マリーと二人で顔を見合わせてしまった。


驚いたことに、婚約に際して母親(ドロシー)は、『キャサリンを本当に好いてくれているようで何よりだわ』と言っているそうだ。恐るべし、恋愛至上主義。そうだった、倫理観とか無い人だった。

父親も、『本人がそれで良いなら』と強く反対はしなかったそうだ。

相変わらず、父親は押しに弱いというか、なんでも受け入れてしまうようだ。


「ねぇ、マリー。エリオットって、やっぱり()()()

「はい、最後まで言わなくてもわかります。絶対そうだと思います」

「イケボだったのに……残念ね」

「お嬢様……」


二人でそんなことを言いつつ手紙を読み進めていったが。

最後の最後に書かれていた文章を読んで、私は思わず叫んでしまった。


「いやあああ! マリー!! どうしよう、マシューが来る!!」

「お、お嬢様、落ち着いてください!」


手紙の最後にはこう書かれていた。


追伸。

バカマシューは、別れ際に「僕は絶対にエリザベスと婚約してみせる! どんな手を使ってでも、エリザベスを手に入れて見せる! 待っててエリザベス!」などと、とんでもないことを気持ち悪い顔で叫んでました。あれはうちの母親並みにヤバい奴です。近いうちに、お姉さまの前に現れるかもしれないので、どうか気を付けて下さい。あと何回か飛び蹴りをくらわせて、再起不能にしておけば良かった。エリオットに頼めば存在を消してもらえるかもしれませんが、未来の夫に前科がつくのは嫌なので、お力になれず申し訳ありません。


「これは、絶対にマシューが訪ねてくるよね!? どうしよう、マリー!!」

「お嬢様、大丈夫です!」


マリーがやけにキリッとした顔で言った。


「こちらにはリチャード様がいるではありませんか!」

「そうだった!!」


どんなにマシューから婚約者になって欲しいと言われても、もうリチャードという婿候補がいるのだ。

こちらには大義名分がある!


「早速、明日、リチャード様にお話しされると良いでしょう」

「そうするわ。ああ、リチャードが従者になってくれてて良かった!」


早々に従者を選んでおいて本当に良かった。

私は心からおじいさまに感謝した。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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