89 気づいてしまった
「さてと! そろそろお昼ごはんにしましょうか!」
公園内をしばらく散策した後で、ハイジ様&守り隊の皆と一緒に昼食をとることになった。
芝生広場の端の方で持参した布を広げる。
すぐそばに大きな木がたくさんあるため、強い日差しが遮られて丁度良かった。
見上げると木々の間からキラキラと眩しい日差しが覗いている。
吹く風に枝が揺れ、地面に落ちる木漏れ日が様々な形に姿を変える。
(なんて綺麗なんだろう。いつまでも飽きずに見ていられるわ……)
リチャードが運んでくれたバスケットの中には、料理長が腕によりをかけて作ってくれたお弁当が入っている。
料理長はとてもはりきって、リチャードの分も作ってくれた。
今回も、料理長からバスケットを渡されたとき、『何が入っているかは食べる時までのお楽しみですよ』と言われた。
なので、中身はまだ見ていない。
ワクワクしながらバスケットの蓋を開ける。
「わあ! 可愛い!」
色々な具が挟まったサンドイッチに、ハムで作った薔薇の花。
中身をくり抜いてポテトサラダを詰めたミニトマトのファルシーと、タコさんウインナー。
カラフルで食欲をそそるピクルスと、ウサギの形のリンゴが二つ。
あまりの可愛らしさに思わず声が出てしまった。
サンドイッチは、私のリクエストでロールパンに切り込みを入れて具を挟む方式にしてもらっている。
ロールパンの方が、普通の食パンに挟むよりも具が沢山食べられるし、こぼしにくいのだ。
よく見ると、ロールパンのサイズがいつもより小さい。
沢山の種類のサンドイッチを食べられるようにと、パンを小さめに焼いてくれたようだ。
さすが料理長。心遣いが嬉しい。
リチャードと二人分の紅茶を、水筒から持参した木のカップに注ぐ。
これはマリー特製の蜂蜜入りの紅茶だ。
別の容器に入れておいた輪切りのレモンを浮かべてから、リチャードにカップを手渡す。
「さてと、何から食べようかな」
とりあえず、手前にあったハムとレタスのサンドイッチを手に取る。
「美味しい! レタスがシャキシャキ!」
リチャードはたまごサンドに手を伸ばす。
一口食べて、目を見開いてるので、そちらも相当美味しかったようだ。
「料理長のサンドイッチ、本当に美味しいわよね」
「そうですね。このたまごサンドも本当に美味しいです」
「料理長のたまごサンドって、具の卵がふんわりしてるのよね」
「口当たりが本当に滑らかですよね」
リチャードと二人、料理長の腕を褒め称えながら次々と平らげていく。
周りをみると、皆のお弁当もサンドイッチだった。
マーガレット様とビアンカ様はバゲットサンド、アメリア様とシャーロット様は食パンのサンドイッチ。
ハイジ様とクラウス様のお弁当は、クレープのように薄い生地で野菜やハム、鶏肉などを巻いたラップサンドだ。
どれもこれも美味しそう。
「エリザベス様とリチャード様が召し上がっているのはリンゴですよね?」
「ええ、料理長が、ウサギに見えるように皮を剥いてくれたんですよ」
「まあ、なんて可愛らしいのかしら! 本当にウサギみたい!」
そう言うシャーロット様のお弁当にも、リンゴが入っているのだが。
驚くべきことに、皮が市松模様に剥かれていた。そして――。
「うわ! ハイジ様のリンゴ、凄いですね!」
ハイジ様がしゃくしゃくと美味しそうに食べているリンゴは、なんと皮を剥いて実の部分を薔薇のように彫刻したものだった。
ハイジ様のお弁当は王宮の料理人が作っているから、フルーツカービングができる料理人が作ったのだろう。
(それにしてもハイジ様って、食べ方が本当に可愛らしいな。なんていうか、一生懸命に口を動かしてて、そう……リスとかハムスターみたいなのよね)
そんなハイジ様はちょっと好き嫌いがあるらしく、クラウス様から叱られているようだ。
「肉が嫌いだとか言ってないでちゃんと食べて下さいね。好き嫌いしないでたくさん食べなきゃ、ずーっとちびっ子のままですからね!」
「クララひどい!」
――それにしても。
あらためて見ると、貴族令嬢って本当に凄い。
皆、全然こぼさない。食べ方が本当に綺麗。
マーガレット様なんて、バゲットサンドを食べてるのに、パンくずが全然下に落ちていない。
バゲットは他のパンよりパンくずが落ち易いのに。
私があれを食べていたとしたら。
鳩の大群が寄って来そうなほど、膝の上がパンくずだらけになるだろう。
そもそも、ロールパンのサンドイッチですら、具のレタスやら何やらをポロポロこぼしてるくらいなのだから。
これはもう、日頃の訓練の賜物なんだろうな。
皆、貴族令嬢としてふさわしい所作を必死に身に着けているのだろう。
それに比べて私ときたら。――うん、これからは心を入れ替えて精進しよう。
「よし! 気合を入れて頑張るぞ!」
「えっ? いきなりどうしたんですかお嬢様?」
突然叫んだので、リチャードを驚かせてしまった。申し訳ない。
そんな風に皆でワイワイ喋りながら食べていると。
美術のルシアン・ファン・レイン先生が近づいて来て、声を掛けられた。
「皆さん、楽しんでいらっしゃる? 困ったことはないかしら?」
「ルシアン先生ごきげんよう。十分楽しんでいますわ。困ったことも特にありません」
マーガレット様がにこやかに返事をした。
「先生はもう、お昼は召し上がったのですか?」
「ええ、早い時間に食べてしまって、今はデッサンをしているところよ」
そう言うと、レイン先生は手に持っていたスケッチブックを広げ、私達の方に見せてくれた。
そこには、芝生でのんびりランチを食べる私達の姿があった。
「素晴らしいですね。全員の特徴がしっかり捉えられている」
リチャードが心から感心したように言う。
そう。細部まで細かく描き込んでいるわけではないのだが、そこに描かれているのは誰がどう見ても私達の姿だった。
「本当に凄いですね。短時間でこんなに素晴らしい絵を描くことができるなんて」
思わずそう言うと、先生はにっこりと微笑み、ウインクしながら言った。
「うふふ。皆さん、私が美術教師だということをお忘れですか?」
「そうでした! 失礼しました」
公爵家の生まれで長身美形、ちょっと独特な雰囲気の先生だが。
こうして話していると、驚くほど気さくで親しみやすい人だった。
それにしても。
先生の絵は、今この時を正確に写し取っている。
(カメラやスマホがあれば、皆で記念写真とか撮ることができるのにな。あ、料理長の可愛いお弁当の写真も撮っておけたわよね。あー、残念だな)
そう思いつつ、先生の絵をじっと眺めていたら。
ふっと微笑んだ先生が、突然、その絵をスケッチブックから切り離した。
そして、私に向かって差し出して来た。
「え? 先生……?」
「これは貴女に差し上げるわ。今日という日の記念にね」
「…………っ!! ありがとうございます!」
喜びのあまり思わずリチャードの方を見ると、「良かったですね、お嬢様!」と言いながら頷いていた。
「それでは、私はこれで」
「ありがとうごさます! 頂いた絵、大事にします!」
そう言うと、先生はウインクして去って行った。
いちいち動きが絵になる人だ。
私は手の中の絵を、もう一度眺めた。
白黒だが、正確に特徴を捉えてあるし、何より周りの景色もちゃんと見たままを描いてあるのだ。
(この植え込みとか、後ろの方の木の様子とか、本当に見たまんま! 凄いな! って、あれ…………?)
ふと、違和感に気付いた。
絵を顔に近づけ、絵に描かれた木に目を凝らす。
(…………!? 何これ、し、心霊写真!? 写真じゃないけど!)
そこには、木の後ろに隠れるようにして立っている人物の絵が、うっすらと描かれていた。




