81 帰りの馬車の中で
三組中、二組が失格という、前代未聞の結果となった『永遠の愛コンテスト』終了後。
せっかくのコンテストを台無しにしやがってと、運営側から責められてしまったらどうしよう、と戦々恐々としていたのだが。
驚いたことに、商店街の店主たちは満面の笑みで言った。
「いやー、今年のコンテストは盛りあがりましたなー」
「いやはや、観客たちも大喜びでしたよー」
一体どういうことかと説明を求めたところ。
王都の人々は喧嘩っ早く、なおかつ、他人の喧嘩を見るのが大好きなのだとか。
商店会会長曰く、血が騒ぐらしい。
――江戸っ子か? 火事と喧嘩は江戸の華ってか?
どうやらフォートランの王都の人々は、江戸っ子気質のようだ。
なので、今年のコンテストは、ドキドキワクワク、ちょっとハラハラのお芝居を観ているような感じだったらしい。
しかも、このお芝居の登場人物は、美男美女でなおかつ貴族や他国の王族。
前世でいえば、王室や芸能界の揉め事を間近で見られるようなものだったので、王都の人々は大喜びしたというわけだ。
まあ、いずれにせよ、怒られなくて本当に良かった。
「お二人とも、お疲れさまでした」
帰りの馬車の中で、マリーが労ってくれた。
優しさが身に沁みる。
いやはやそれにしても、本当に疲れた。
「悔しいな。せっかく衣装も作ったし、事前準備もしたのに……」
「そうですよね、お二人とも、頑張っていらっしゃいましたのに……」
本当にそう。
宰相閣下とキャロライン様に教わったことを踏まえて、必死に事前準備したのだ。
『定番のクイズでは、お互いのことを良く知ることが大事』とのアドバイスに従って、リチャードとよく話し合い、面接対策よろしく想定問答集を作って対策したし。
『愛の共同作業チャレンジ』向けに、二人羽織の練習や、絵に描いてある物や言葉をジェスチャーで表現する練習もした。
これは本当に苦戦した。特に、ジェスチャーゲームが。
初めに、マリーに出してもらったお題を私がジェスチャーで表現し、リチャードが当てることにしたのだが。
『その動きは貴族令嬢がして良いものではありません』と二人から全力で止められてしまった。
なので、次にリチャードがジェスチャー担当、私が当てる方をやってみたのだが。
「わかった! 足枷を嵌められて歩幅が極端に狭くなっている囚人だ!」
「違います。ペンギンです。……マリーさん、次のお題をお願いします……はい、ではこれは?」
「今度こそわかった! ズボンの片方の穴に両足突っ込んじゃった人だ!」
「違いますよ、カンガルーです! そんな問題出されるはずがないでしょう!?」
とまあ、こんな具合で全く当たらなかった。
ちなみに、私が二人からダメ出しされたお題は『牛』だった。
「練習の成果を発揮することなく終わったのは悔しいわね」
「それもこれもあの馬鹿がしゃしゃり出てたせいです」
リチャードの顔が怖い。
「でもまあ、あの方も公衆の面前でキャサリン様に飛び蹴りされて恥をかいたわけですし」
「あー、まあ、そうね」
「そのくらいでは生ぬるいですよ」
キャサリンに飛び蹴りされ、尻もちをついたまま呆然としていたギルバート殿下は、その後、カイルとラウルに引きずられるように会場を後にしていった。
ちなみに、キャサリンは失格になり優勝を逃したことに腹を立てていると思いきや。
「あー! 久しぶりに大暴れしてスッキリしたわ」
「はは、良かったね、キャサリン」
と笑顔でエリオットと帰っていった。
そして、今年の優勝者であるケイトとレオこと王太子殿下はというと。
「さっき、ケイトと殿下が二人で話しているところを見てしまったのですが……」
マリーがちょっと困ったような顔で話し出した。
賞金300万レンの目録を手にし、満面の笑みを浮かべたケイトに対し、王太子殿下は笑顔で『僕は1レンもいりません。その代わりと言ってはなんですが、またこうやって僕をケイト先輩の犬にしてもらえませんか?』と言ったのだそうだ。
それに対するケイトの返事は『たまにならいいわよ』だったらしい。
「ケイト……」
「王太子殿下……」
今後、二人がどういうお付き合いをしていくのか考えると頭が痛くなってくる。
頭が痛いことは、他にもある。
差し当たって一番に考えなければならないことは、今後、ギルバート殿下に対してどういう態度を取れば良いのかということだろう。
公衆の面前で愛の告白めいたことをされてしまったのだ。
他国の、王子に。
正式な手順を踏んでの婚約の申し込みではないとはいえ、本来なら何らかの回答をするべきなのだ。
でも。
『どうか、アルドラの者が好意を示して来た時には、それが誰であっても、はっきりとした返事はしないで欲しい』
ウォルター様から、そうお願いされているのだ。
だとしたら、私はどういう態度を取るべきなのか。
「私、どうしたらいいのかな」
「はっきりと断るべきです」
リチャードが眉を顰めながら言った。
「でも、ウォルター様は、はっきりとした返事をしないでくれって言ってるのよ?」
「そんなお願いを、お嬢様が聞く必要がありますか?」
「リチャード……」
「公女を守るため、皆で力を合わせようというお嬢様のお気持ちはわかります。でも、それでお嬢様が危険な目に遭うなんて。お嬢様、あなたが犠牲になってまで公女を守ろうとするのは間違ってます。公女だって、そんなことは望んでいないはずです」
たしかにそうだ。
ハイジ様は、私にそんなことは望んでいない。
『忘却の蜜』を使われて倒れた時も、私のことを本当に心配してくれていた。
「お嬢様。お願いですから、自分のことを一番に考えて下さい」
――ああ、まただ。
またリチャードにこの言葉を言わせてしまった。
いつだってリチャードは私のことを一番に考えてくれているのに。
反省して、なんとか頑張って迷惑をかけないようにしても、気づくとまたリチャードを不安にさせている。
何度繰り返せば気が済むのだと罵られても仕方がないくらいだ。
今の私と、あの小説『星空の下の恋人たち』の我儘な伯爵令嬢、エリザベス・フォークナーと、一体何が違うと言うのか。
私はいつもリチャードを困らせてばかりだ。
確かに私は、ハイジ様を守りたいと思っている。
ハイジ様は大事な友人だ。
でも、それはリチャードの気持ちをないがしろにしてまでやるべきことなのだろうか。
かと言って、今更、全てを投げ出すわけにはいかない。
だとしたら、私がやるべきことは一体――。
下を向いて黙り込んでしまった私を気遣ってか、マリーが気を取り直して明るい調子で話しかけてきた。
「そういえば、もうすぐハイキングですね。私の時は、キャットベルズの丘に皆で行きましたが、今年はどちらに行くのでしょう」
「ああ、今年はウィンダミアに行くらしいです」
「あそこは人気ですよね」
学院の年中行事として、初年度には、親睦を深めるための遠足のようなものがある。
これは基本、現地集合現地解散。
集合場所に集まったあと、思い思いにランチをとって、その後ちょっと散策するくらいの、ごくごく軽いピクニックのようなものだ。
(新入生だけのピクニックか……。そんなのに行ったら、またとんでもないことに巻き込まれそうな気がするな……)
学院に入学してからというもの、碌な目に遭っていない。
――今回も、嫌な予感がする。
「よし! 行かない! 私は当日欠席することに決めた!」
手を握りしめ、リチャードとマリーに向かって宣言する。
すると、二人が驚いたように顔を見合わせた。
「お嬢様がウィンダミアに行かないだなんて驚きです」
「ええ、本当に。まさかお嬢様が欠席するだなんて……ウィンダミアなのに……」
リチャードとマリーの言葉に、何か引っかかるものを感じる。
二人ともやけに『ウィンダミア』を強調しているが、そこには一体何があるのだろうか。
「えっと、ウィンダミアってどんなところなの? 何かあるの?」
気になって聞いてみる。
すると、マリーが驚愕の事実を告げた。
「ウィンダミアは、イチゴの産地で有名なんですよ」
マリー曰く。
ウィンダミアは味の良い大粒のイチゴの産地として有名な所なのだそうだ。
そして、この国の人にとって、ウィンダミアに行く、イコールいちご狩りに行くということらしい。
「いちご狩り!?」
「そうです、美味しいイチゴが食べ放題なので、毎年春には沢山の人々が訪れるんですよ」
いやちょっと待って待って待って!
そんなの聞いてない。だったら私も是非行きたい。
「や、やっぱり私も行く!!」
思わず前のめりにそう言うと、マリーが吹き出した。
「ふふっ、お嬢様はイチゴがお好きですものね」
「お嬢様。トラブルを回避しようとするのは大事ですが、そのためにお嬢様が何かを我慢する必要はないと思います」
リチャードが優しい瞳で私を見ている。
――と思ったら一転、急に厳しい顔つきになった。
「あきらめるのはあいつらの方です。お嬢様、あいつらには王都で留守番していてもらいましょう」




